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招かれざる客ばかり(4)

 三年五組の喫茶店はなかなか盛況だ。用意されたテーブルには、入れ代わり立ち代わりで客が入る。回転はそこそこいい。全員が協力して仕事に当たっているため、極端に忙しくなるというようなことはなかった。

 しかし、なぜか京介は息つく暇もなかった。というのも、紗雪御前・恋歌・戎ノ宮という、タイムセールで半額になっても欲しくないくらい厄介極まりない三点セットが帰ったと思ったら、またしても予想外の客がやってきたからだ。

 最初は誰だか解らなかった。ホール担当の女子たち(柊を除く)が俄に色めき立ったのを感じて、その視線を追うと、教室に一人の男性客が入ってくるところだった。二十代そこそこくらいに見える青年は、一目で妖だと解った。プラチナブロンドの髪を持つ精悍な顔立ちの青年に、女子たちの視線は釘付けになっていた。

 人間に交じって生活する妖は多い。だから京介は、妖が目の前に現れたくらいではいちいち驚かない。驚いたのは、その青年が、黙っていれば精悍で格好よさげだったのに、それを二割ほど台無しにする子供っぽい表情になり、京介に向かって手を振ってきたからである。

「お、いたいた、京の字!」

「その呼び方……お前、周防か?」

 ビフォーが白い毛並みのちんこい狐で、アフターが女子たちの注目の的な青年。原形をとどめていなさすぎて、今日一番に度肝を抜かれた。

 周防らしき青年は席に着くと、自慢げに胸を張って言う。

「俺も、ただ人を驚かせるだけが取り柄の雑魚だと思われたままじゃあ沽券にかかわると思ってな、こうなったら幻術をとことん極めてやろうと思ったわけだ」

「その結果が、その姿か」

「そういうこった。幻術の応用で、人間の姿に変化できるところまできたぜ。これで、何かあったら京の字の力になれるぜ。頼りにしてくれよぉ」

「ちなみに、どういう感じで戦力になってくれるのか具体的に訊いてもいいか」

「二足歩行できる、以上」

「図体がでかくなった分、余計荷物になっただけじゃねえか」

「そりゃあないぜ京の字ぃぃぃ!」

 あまりに容赦なさすぎる京介の感想に、イケメンフェイスは脆くも崩れ去った。

 「俺だって頑張ってるんだぜええ」と泣き言を漏らしだした周防を宥めすかして、来たからには売り上げに貢献しろとせっついて注文をさせ、更に愚痴を零し始めそうになったところからそそくさと逃げ出してバックヤードに引っ込んだ。こっそりと覗くと、積極的な女子生徒が周防にアプローチを始めていた。その瞬間、周防はぱっとイケメンフェイスを取り戻して笑顔で応じていた。現金な奴である。

 コーヒーを淹れていると、柊が胡散臭げに思っているのを隠そうともしない顔で近づいてきた。

「あの銀髪青年は何者なのよ。日本人には見えないけれど。不破京介、お前の交友関係は謎が多すぎるよ」

「あれはちょっとやんちゃして髪を染めてカラコン入れただけの不良学生だ」

 適当すぎる説明で流そうとしたが、そうは問屋が卸さない。柊は聞こえよがしに舌打ちした。

「そんな雑な嘘で煙に巻こうったってそうはいかないよ。クラスメイトが怪しい大人に騙されていないか注意するのも学級委員の務めよ」

「心配しなくても、あいつは危ない奴じゃない」

「被害者はみんなそう言うのよ」

 勝手に京介を被害者に、周防を加害者にする柊だが、これを周防が聞いたら「どちらかといえば逆だ」と言い出しそうだな、と思わなくもない。

 まだ納得のいかなそうな柊を抑えて、京介は少女たちにおだてられてすっかり上機嫌になっている周防のテーブルにコーヒーを運んだ。この様子なら周防は放置しておいても大丈夫だろうな、と京介は判断した。

 その直後、ぽんっ、と小さく何かが弾けるような音がして、周防の体が白い煙に包まれた。周りを取り囲んでいた女子たちが唖然とする。京介も唖然とした。

 煙が晴れると、そこに銀髪の美青年はいない。突然客が目の前で姿を消したものだから、ホール係たちは目を白黒させた。

 きょろきょろと美青年の姿を探す生徒たちの死角になる足元で、白い毛並みの狐がぷるぷると震えていた。本来の姿に戻った周防は、引き攣った笑みを浮かべていた。

「げ、幻術解けちまったぜ」

「ふざけんなッ」

 すかさず京介は周防の体を蹴り飛ばした。

 「殺生なぁぁぁ」と悲鳴を上げながら周防の体は教室から放り出された。

 冷や汗をだらだらとかきながら、京介は「さーてコーヒーさげないとなー」としらじらしく棒読みしながらテーブルを片づけ始める。直後、困惑中の女子生徒たちを押しのけて柊が喚き出す。

「不破京介、ここに座っていたお前の知り合い、一瞬で姿を消さなかったか!?」

「……、実はあいつは手品師なんだ」

「とってつけたような言い訳をするな」

「いやほんとほんと、今消失マジックにものすごく凝ってる」

「ところでお前、さっき白い小動物みたいなのを蹴り飛ばさなかったか」

「野良猫が紛れ込んでいたみたいだ。飲食店にあるまじき失態だな気を付けないと」

「そういえばなんか悲鳴みたいな声が聞こえなかったか」

「幻聴だ。働きすぎだぞ、学級委員」

 絶対に釈然としていない様子の柊だったが、すぐに別の客が入ってきたので、柊を始め他の女子たちもそちらの対応に回った。このままなあなあにして忘れてくれ、と京介は心底から祈った。

 コーヒー一杯出すだけでこんなに疲れるなんて思わなかった。精神的疲労が半端ではない。この調子でもつのだろうかと、京介が本気で心配し始めた頃。

「いらっしゃいませー」

 柊の明朗な声が響き、京介はふと顔を上げる。

 そして、たった今入ってきた客と目が合い、愕然とした。

「様子を見に来てやったぞ。とりあえず酌をしろ、京介」

 上から目線な発言と共に、本日最大の難関、芙蓉姫の来店であった。



 大胆に脚を組み、優雅に紅茶を啜る美貌の女・芙蓉姫に、男子クラスメイト達は釘付けになっていた。芙蓉がいつ、夢見る少年たちの希望を木端微塵に打ち砕く非常識な行動に出るのかと、京介は気が気でなく目が離せない。

「おい、京介」

 不遜な態度で名前を呼ばれ、京介はいそいそとテーブルに向かう。芙蓉は不機嫌そうに言う。

「酒はないのか、酒は」

「馬鹿言うな。高校生が酒なんか出せるわけないだろ。酒が飲みたきゃ居酒屋にでも行け。帰れ」

「ふふん、客に向かって随分尊大な態度じゃないか」

 芙蓉は意地の悪い笑みを浮かべる。

「申し訳ありません、と土下座して謝罪するところだろう」

「文化祭の模擬店に酒を求める非常識な客に、なんで土下座するしかないんだ」

「お客様は神様だろう?」

「神は神でも生意気な式神のクレームには対応しきれない」

「私をクレーマー扱いとはいい度胸だ」

「クレーマーそのものじゃないか」

 ついいつもの調子でヒートアップしていくが、ここが三年五組の教室だということを思い出して、京介はうっかり飛び出しそうになる罵言を呑み込み、咳払いで誤魔化す。

「とにかく、大人しく茶を飲んでろ」

 しっかりと釘をさして京介はバックヤードにさがる。するとすかさず、柊の追及が始まった。

「不破京介! そろそろ私も我慢の限界よ。あの女性は何者よ。お酒飲むってことは明らかに年上よね?」

「……、実はあいつは姉で」

「お前が一人っ子であることは調査済みよ」

「なんで人の家族構成までしっかり把握してるんだよ」

「クラスメイトのあらゆる情報を収集するのが学級委員の務めよ」

 京介は何度でも言う。「この職権濫用委員め!」

「それで、いったい誰なのよ。私には悪い女に引っかかっているようにしか見えないよ」

「いいじゃないか、誰だって、だいたい柊には関係な……」

「いいわけないよ」

 いい加減柊の追及が鬱陶しくなってきて、京介は苛立ち交じりに酷い言葉を投げつけそうになった。しかし、それより先に柊が、まなじりを吊り上げて捲し立てた。

「今日のお前はおかしいよ! 変な連中がお前を訪ねてくるたびに、お前は明らかに困った顔をしている。全然楽しそうじゃない。解っているのか、これが最後の文化祭よ? 私の言葉を聞いていなかったの?」

 京介ははっとする。

 未練を残すな――学級委員・柊凛はそう言っていた。

「私は、お前がそんな顔で今日を過ごすのは、学級委員として見過ごせない。変な輩につきまとわれているなら、相談しろ。私で頼りないなら先生だっていい。あまり私に心配をさせるな」

 鬱陶しいだなんて思ったら罰が当たる。

 柊はずっと京介を心配していたのだ。

「……お前、俺が気に入らないんじゃなかったのかよ」

「気に入らないよ。いつまでたっても腹の内を見せないんだもの。だけど、気に入らないことと心配することは、両立したらおかしいか?」

 おかしい、とは言えなかった。代わりに京介は大きく溜息をつく。

 この学級委員には敵わない。横暴なだけの奴なら適当にあしらってやるのに、職権濫用で型破りな少女だが、根は仲間想いときた。隠し事だらけで挙動不審、怪しさ満載で気に入らない相手であるはずの京介のことまで心配してくれるのだ、とんでもないお人よしだ。

「……解ったよ。お前には負けるよ、柊」

 疲れたように微笑み、京介は肩を竦める。

 柊は怪訝そうに眉を寄せる。

「負けるって……もしかして、ようやくメイド服を着る気に?」

「違えよ」

 なぜそうなる。

「そうじゃなくって……」

 京介は目線で芙蓉を示し言う。

「あいつは……芙蓉は家族みたいなものだよ。お前以上に横暴で生意気で上から目線なとんでもない非常識な奴だけど、俺にとっては大事な家族だ。お前が心配するようなことは何もない」

 本当か、と柊は疑わしげな視線を寄越してくる。

「俺がつまんなそうな顔をしてお前に要らん心配をかけたなら謝るよ。つまらないわけじゃないんだ、意外な知り合いが次々来たから少し驚いただけで。ちょっと疲れてるけど、俺としては結構楽しんでるよ、文化祭」

「学級委員に嘘をつくと天罰が下るぞ」

「嘘じゃない」

 そう言い切ってやると、柊は小さく嘆息した。

「そう……お前がそう言うなら、もう何も言わない。少し安心した」

「安心?」

「お前、学校では窪谷潤平くらいとしか腹を割って話しているように見えなかったから、とんでもないコミュ障野郎なのかと案じていたけれど。お前は、学校の外にたくさん友達がいるのね」

 友達――そう言われて、今日訪ねてきた面々を順に思い出す。

 歌子、紅刃、紗雪御前、恋歌、戎ノ宮、周防、そして芙蓉姫。

 友達とひとくくりにするには、少し語弊があるように思われる。同業者もいるし、かつての敵もいるし、従者のはずの奴もいるし、だいたい人間以外が多すぎる。とりあえず、学校の中のつながりとは別の関係であることは間違いない。たいていの生徒は学校の中だけで世界が完結し、学校でのつながりが全てのような節がある一方で、京介は学校の外の世界がとても広い。それは京介の生業ゆえだ。

 まさに学校が全てかのように学級委員としての使命に燃える柊には理解しにくいかもしれない。だが、妖や魔術師たちがいる世界が、京介にとって深いつながりのある世界なのだ。

 普通の高校生としての世界と、退魔師としての世界。二つの世界とつながりながら、京介は生きている。二面性を持つゆえに、今日のように苦労することもあるが、そういう苦労は嫌いじゃない。

 不思議なつながりを持つ面々を思い返しながら、京介は言った。

「友達っていうか……まあ、腐れ縁かな」

 その答えに、柊は割と満足そうに頷いていた。

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