招かれざる客ばかり(3)
柊が京介に向ける視線はいよいよ遠慮がなくなってきた。前々から「どうにも読めない相手だなぁ」と警戒していた京介がなにやら物騒な話をしていて、その上その話をあからさまにはぐらかしたのだから、柊としても安からぬ気持なのだろう。露骨に不審げに思っているらしい視線が、ちくちくを通り越してぐさぐさと刺さり、京介はどうにも居心地が悪くなってきた。
現時刻はまもなく午前十時になるところだ。京介のシフトが終わるまであと一時間ある。どうにか乗り切らなければならない。
初っ端から歌子・紅刃という珍客コンビに襲撃されて出鼻を挫かれた形だが、あと一時間はせいぜい大人しく、妖怪だの魔術だのとは無縁に、ごく普通の高校生として乗り切ろうと、京介は固く決意する。
――その矢先の出来事であった。
「あらあら、京介さん、御機嫌よう」
「うげぇ」
予想外の客に、隠すこともなく露骨に嫌そうな声を出してしまった。
客に対する反応としては最低最悪な態度になってしまったのもむべなるかな。三年五組の喫茶店に入ってきたのは、ひらひらのフリルのワンピースを着た女二人組、京介が今は会いたくない奴トップテンくらいに入る相手だった。そして同時に、こんなところに来るなんて夢にも思わなかった相手トップテンにも入る。
紗雪御前と恋歌の二人だった。
エプロンドレスの女と、白いワンピースを着た白い髪の女の組み合わせは、コスプレ集団が闊歩する文化祭の中であってもそれなりに人目を引き、教室内のクラスメイトや他の客、はては廊下を通りすがる生徒たちまで無遠慮な視線を投げかけてくる。そして、そんな奇妙な二人組と会話する京介にも奇異の視線は集まった。
「いやいやいやいや、なんで来るんだよ、おかしいだろ!」
京介は思わず叫ぶ。動揺する京介とは対照的に、紗雪は涼しい顔だ。
「ご無沙汰しておりますわ、京介さん。こうしてお会いするのは京介さんの裸を見せていただいた時以来でしょうか」
「お前絶対確信犯だろ!」
スカートをつまんで上品にお辞儀をしながら、紗雪はこの上なく下品で卑猥なジョークをかましてきた。柊の汚いものを見るかのような視線がぐさりと突き刺さってきたが、気づかないふりをして、次いで京介は矛先を恋歌に向ける。
「というか恋歌! お前は何でこんなところにいるんだ!」
去年の九月、旧校舎で騒ぎを起こしたことで京介と敵対した妖・恋歌は、京介が撃退して魔術師中央会に引き渡した。牢屋にぶち込まれたはずの恋歌がなぜ文化祭に出没するのか。
恋歌は微かに嘲るような色を浮かべた瞳で京介を見た。
「ふふん、知らなかったの? 私、とっくに出所してたわよ。模範囚だったからね」
「中央会の連中の目は節穴かよ」
「失礼ね」
それから恋歌は少し恥ずかしそうに目線を外しながら呟く。
「それに、中央会に掛け合ってくれたし」
「?」
京介が不審に思っていると、二人の後ろからぱたぱたと足音がして、小さな子どもが飛び出してきた。
「わああ、これが文化祭ですか? 人間は楽しそうなことをしているんですね!」
否、ただの子どもではない。世間離れとか浮世離れを通り越して人間離れした台詞を吐きながら登場したのは、正真正銘の人外、土地神・戎ノ宮であった。
聞いた人間が十人中十人は疑問符を浮かべるだろう発言と共に現れた巫女服少女に、柊が目を剥いているのが解った。京介だって予想外の相手に瞠目した。せめて今日だけは妖やら魔術師やらには関わらないようにしようと思っていたのに、まさかの神様登場である。いったい今日はどうなってやがる、これが文化祭マジックか、と京介は天を仰いだ。
「待て待て、なんで戎ノ宮までいるんだ。かつての仇敵同士が呑気にお茶の約束か?」
「あの一件で誤解は解けましたの。まあ、わたくしたちが一方的に誤解していただけですので、それなりに責任を感じていましたのよ。そうしましたら、彼女は大変心の広い方で、世間知らずの自分をサポートしてほしいとおっしゃったのです。それでわたくしたち和解しまして、現在わたくし、桜城地区土地神様の補佐をしておりますの」
「私は補佐の補佐よ」とは恋歌の言。
「人間たちの営みを観察するのも神の大事な仕事ですから、今日はこうしてここまで足を伸ばしてみましたの。決して、神の役目にかこつけて京介さんを弄りに来たわけではありませんので勘違いなさいませんよう」
「もう帰れよ」
京介は疲れ切ったぼやきを漏らした。
パーテーションの奥のバックヤードで紅茶を淹れていると、同じ班の中谷――去年に引き続き今年も同じクラスになってしまった、前科ありの体育委員――が隣に忍び寄ってきて、潜めた声で問う。
「不破、あの三人のうち、どれがお前の彼女?」
「どれも違う」
「めっちゃ可愛いコたちだよなぁ、どういう知り合いだよ」
「ばあさまの仕事の関係で知り合った」
嘘ではない。
「俺、あの巫女服の子がものすごく好みなんだけど、紹介してもらえないか?」
「黙れロリコン」
相手は神だぞ。
しつこい中谷の追及をあしらい、京介は三人のテーブルに注文の品を運ぶ。紅茶とスコーンのセットだ。
紗雪は「高校生のお遊びにしてはまあまあですわね」と上から目線なコメントをし、猫舌らしい恋歌はふうふうと紅茶をふいて冷ますのに集中して、戎ノ宮は「とってもおいしいです、カフェって楽しいですね」と実に微笑ましい台詞をくれた。
純粋に楽しんでくれているらしい戎ノ宮には聞こえないように、京介は紗雪に耳打ちする。
「いいか、くれぐれも、騒ぎは起こすな。戎ノ宮があからさまに人外っぽい発言をするのにも気を付けてくれ。一部、ものすごく不審がっている奴がいる」
すると紗雪が肩を竦め、
「彼女、とても天然なんですのよ。それが彼女の愛らしいところでもあるのですが。まあ、正体が露見しない程度には気を付けますわ」
「そうしてくれ」
「それより京介さん、折角久しぶりにお会いしたんですもの、もっと楽しい話をしませんこと?」
「俺たちは元々、楽しい話をするような関係じゃないだろうが」
「あら、そうでしたか?」
紗雪はすっ呆けているが、京介は紗雪によって裸にひん剥かれた上に妖術で操られて悪事の片棒を担がされかけたのである。とんでもなく険悪な仲のはずである。
「勿論、京介さんがまだ気にしていらっしゃるなら、わたくしは体で償うことも吝かではありません」
「何で体なんだよ要らねえよ!」
「京介さんも思春期真っ盛りの男子高校生ですものね、そういう衝動があることは自然なことですので恥ずかしがることはありませんわ」
「お前は自分の発言を少しは恥じろ!」
「つきましては今夜ホテルをとろうかと思うのですけれど」
「頼むからもう黙ってくれ!」
悪ふざけの過ぎる紗雪を、京介は息も絶え絶えになりながらなんとか黙らせる。その間、恋歌と戎ノ宮は実に楽しげにティータイムを満喫している。紗雪の汚らわしいジョークが耳に入らなかったことを喜ぶべきか、呑気すぎる態度に苛立つべきか。
ちなみに、一連の応酬がきっちり聞こえていたらしい地獄耳学級委員は、鬼のような形相で京介を睨んでいた。
「まあ、冗談はこれくらいにしましょうか」
紗雪は穏やかな微笑を浮かべると、浅葱色の瞳でまっすぐに京介を見つめた。
「あなたにはちゃんと謝罪をしていなかったのを思い出しまして。今更かもしれませんが申し上げておきます。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。それと、わたくしを止めてくださった彼女には、お礼を言っておいてくださいますか」
思いがけず真面目な話をされて、京介は目を丸くする。ふざけた奴だと思っていたが、ただそれだけの妖ではないらしい。けじめをつけるべきところはつける、というわけだ。
否、ただのふざけた奴ではないことは、最初から解っていた。彼女は少々やり方が強引なこともあるが、根は仲間想いの優しい妖なのだ。彼女が起こした事件も、根底にあったのは仲間のために戦おうという意志に他ならない。
「……解った、芙蓉には伝えておく」
京介が応じると、紗雪はにこりと笑った。
「それと……ありがとう」
「……? 自分で言うのもなんですが、あなたに感謝されるようなことをした覚えがありませんが?」
紗雪は不思議そうに首を傾げる。彼女が怪訝に思うのも当然のことだ。紗雪は何もしていない。ただ、京介は紗雪の言葉に助けられた。
葛蔭悟との戦いで、憎しみに駆られて我を失いかけた京介を、紗雪の言葉は引き留めてくれた。
「もう、いったいなんですの?」
「紗雪ねえさま、そろそろ行かないと。戎さまが楽しみにしていた吹奏楽部のステージ発表が始まっちゃうわ」
「ああ、そうでしたわね」
恋歌に促され、紗雪は追及を諦めて席を立つ。
やっと帰ってくれるのか、と安堵する気持ちと、しかしなんだかんだで会えてよかったかもしれない、と嬉しく思う気持ちとで、京介は三人を見送った。
客が帰った直後、柊に激しく追及された。
「裸を見せたってどういうことよ? ホテルってどういうことよ? 不破京介、お前よもや、不純異性交遊に走っているのではあるまいね? 受験生の自覚はあるの? こんなところで停学食らう気?」
バックヤードに引っ込むやハイスピードで問い詰められ、京介はたじろぐ。
「あれはあいつの冗談だ、真に受けるな」
「クラスメイトの蛮行は学級委員として見過ごせないよ。何があったか洗いざらい白状するのよ。全部吐くまで今日は帰さないよ」
「職権濫用だッ!」




