招かれざる客ばかり(2)
職権濫用で横暴な学級委員・柊凛に対して言いたい文句は山ほどあるが、それでも、無事に文化祭当日を迎えられるのは彼女の功績に他ならない。それだけは認めなければならないだろう。彼女は持ち前のリーダーシップを遺憾なく発揮し、適材適所でクラスメイトたちを扱き使い、準備を完璧に仕上げた。
ゆきじ祭当日、午前九時の開始を目前にして、三年五組の面々、総勢四十名は教室に集結していた。
「いいかお前たち、高校最後の文化祭だよ。未練を残すな、全力で働き、全力で稼ぎ、全力で楽しむのよ。そして打ち上げは辛神飯店でタダ飯を食うのよ!」
「おおッ!!」
謎の号令に、謎の盛り上がりを返すクラスメイト達。
教室は喫茶店風に改造が施されていた。机を合わせてクロスをかけてテーブルにし、黒板には女子たちが張り切って描いたイラストが躍っている。パーテーションで仕切られた向こうでは、昨日の放課後に作った菓子類が用意されている。
柊という学級委員の凄いところは、他人の才能を見抜き、やる気を引き出すスキルだろう。菓子作りが得意な生徒にはメニューの考案と調理を任せ、被服研究部の女子に声をかけて衣装を用意させる。イラストが得意な生徒には宣伝用のポスターを描かせ、センスの良さを買われた生徒は教室内の装飾を担当した。そんな具合で、生徒たちの能力を百パーセント発揮させ、企画にしっかり参加させたわけだ。リーダーとしてのカリスマ性を持ち合わせた美貌の女子生徒に「お前の才能を生かせ」と言われれば、誰も悪い気はしないだろう。
かくして、クラスメイト達をまとめあげ、ここまでこぎつけた。あとは彼女の言うとおり、二日間の文化祭を全力でやるだけだ。
柊の評価すべき点はたくさんある。それゆえに京介は納得がいかない。なぜ自分の扱いだけ雑なんだろう、と。
他の生徒たちが柊に持ち上げられやる気を引き出されているのに対して、京介は今日まで柊に扱き使われた上に弄り倒されただけといっても過言ではない。その最たるものが、昨日のメイド服騒動である。今日はなんとか男子生徒用のギャルソン衣装を奪取したものの、危うく女装させられて店に出させられるところだったのだ。この件についてはきっちり後で文句を言わなければならないと、京介は密かに思っている。
「よし、ではあとは手筈通りに。何かトラブルがあったら連絡するのよ。では全員、散開!」
「おおっ!」
ジャスト九時、柊の号令のもと、三年五組の文化祭は始まった。
クラスメイト達はおおよそ四つのグループに分けられている。まず、調理班は昨日のうちにやるべきことを済ませ、また明日用の菓子は本日放課後に準備するため、文化祭中は完全にフリーになる。残る三つのグループは、ホールとビラ配りをローテーションで担当し、空いているときは自由に遊んできて良い、ということになっている。
調理班と当日の実働部隊を兼任させられている京介は、朝一番の時間帯、九時から十一時までのブロックにはホールを担当する。同じグループには柊もいる。
さすがに開会したばかりでは客も来ないので、京介は柊に話しかける。
柊は相変わらずの不敵な微笑みを浮かべている。
「ああ、不破京介。メイド服を着たくなったのか、予備ならあるよ」
「着ない」
まったくしつこい学級委員である。
「柊、なんで俺にそんな執拗に嫌がらせをするんだ。クラスメイトを愛し、クラスメイトから愛されることで定評のある学級委員のくせに、なぜか俺への対応だけ悪意を感じるんだが」
「ほほう、よく解ったね」
「否定しないのかよ」
あまりに堂々としているので、京介は呆れてしまう。
「まあお前も、理由も解らず嫌がらせをされるのでは気に入らないでしょうよ」
「理由が解ったって嫌がらせは気に入らない」
「特別に教えてあげるよ。最後の文化祭でわだかまりが残ってもつまらない」
柊はびしりと指を突きつけてくる。京介は思わず怯みかけた。
「お前はどうも、『読めない』……だから気に入らないのよ」
「……読めない?」
「そう。うちの家系はね、代々リーダー気質を備えているのよ。他者の才能を見抜き、引き出し、まとめあげるスキルに長けている。遺伝か教育か……ともかくそういう力が備わっている。私なんかはまだまだだけど、母の能力といったらもう、神通力レベルと言われたそうよ」
「はあ」
「私もそこそこ、人の才能を見極めるのは得意よ。そのおかげで、こうして学級委員としてやってこれている。ところがどっこい、不破京介、お前の才能はどうにも読めないのよ。読めるのが当たり前になっちゃってると、読めない奴がいるのは怖いのよね。だから、嫌がらせをして、お前の本性を暴こうとしている」
「……」
「その企ては今のところ失敗続きよ。けれど、昨日の一件ではっきりしたことがある」
「何だ」
「お前には女装の才能があるよ」
「要らねえよそんな才能!」
間違ってもそれを伸ばそうと画策してくるのだけは勘弁してほしい。
「とりあえず、卒業までにはお前という人間を読み切ってみせる……学級委員の誇りにかけてね。覚悟しておくことよ」
なぜか文化祭当日に宣戦布告されてしまった。
柊が京介の能力を見抜けないのも当然と言えば当然だ。京介の力となると、どうしても魔術方面になってしまう。神通力と呼ばれるレベルの観察眼を持っていたとしても、一般人である柊の常識の中に魔術は存在しない。存在しないものは読めないのが当たり前だ。
だから、柊が京介の魔術師としての力を暴くことはないだろう。とはいえ、あまり油断はできない。柊凛の末恐ろしいところは、どんな困難なことでも有言実行してきたところだ。今回も、柊は観察眼と行動力と職権濫用を駆使して京介の核心に近づいてくる可能性がある。
気を付けなければならない。彼女の前で、退魔師としての自分を出さないようにしなければ。
と、考えているうちに、あたりがいっそう賑やかになってきた。文化祭がいよいよ本格的に動き出している。
三年五組の喫茶店にも、早速客第一号がやってきたようだ。京介との話を切り上げ、柊が接客に出た。
「いらっしゃいませ!」
柊が明るく挨拶すると、客第一号はきょろきょろと視線を巡らせ、京介の姿を認めると大きく手を振った。
「あ、いたいた、京介君! 遊びに来たわよ!」
満面の笑みを浮かべて言ったのは、退魔師・黒須歌子。隣にはその式神・紅刃を引き連れている。
「……」
京介は思わず頭を抱える。
柊の前で魔術絡みのことに関わりたくないと思った矢先に、退魔師と式神のコンビが来襲してしまった。
「……お待たせしました、ケーキセットです」
「なんでそんなにあからさまに『帰れ』オーラ出してるの?」
隠すこともせずに渋面でサーブすると、歌子が戸惑い気味にツッコんだ。
パウンドケーキをフォークで小さくカットしながら歌子は唇を尖らせる。
「もしかして、まだ怒ってる? そりゃあ、申し訳ないとは思っているわよ、あなたがどてっぱらに風穴開けられて大騒ぎになってた時に助けに行けなかったのは」
「風穴はあいてない」
京介はまだ傷跡の残る腹に服の上からそっと触れる。風穴というほど大きな怪我ではなかった。まあ、それでも数日は入院していたのだが。
その傷を負うことになった戦いの時、歌子は神ヶ原にいなかった。だが、それは、
「まだも何も、最初から別に怒ってなんかいない。俺が頼んでたことだ。寧ろ感謝してる」
客といつまでも喋っている京介に目を光らせている柊に注意しながら、京介は声を潜めて問う。
「そろそろ決着が着きそうか?」
歌子はケーキを食べながら、首を傾げる。
「微妙ね。私も一応関係者だから、進捗は定期的に教えてもらっているけれど、肝心の当人が黙秘を続けているみたいで、目的とか、詳しいことはあまり」
もう二か月ほど前のことになる。葛蔭悟との一件の最中、京介は歌子に頼んで魔術師中央会を調べてもらっていた。中央会の厳重な警備の中、葛蔭悟が独力で脱獄したとは思えなかったからだ。おそらく中央会内部に葛蔭の仲間がいるだろうと踏んで、歌子にはその調査を頼んだ。そしてその予想は結果として当たっていたわけだが、調査のために歌子が神ヶ原を離れた時に、葛蔭が思った以上に早い反応で潤平と美波に仕掛けてきたのが計算外だった。おかげで葛蔭との戦いでは歌子を呼び戻す暇がなく、彼女を頼れなかった。もっとも、仮に歌子が近くにいたとしても、私怨交じりの戦いに彼女を巻き込むことには躊躇していただろうが。
「みっちり絞ってもらわないと……今思い出しても、赦せないわよね。そいつが余計なことしたせいで、余計な事件が起きたわけでしょ。京介君だって大怪我して……そんな時に助けになれなかったの、私すごく悔しいの」
間の悪い時に頼みごとをしたのは京介の方だ。だから気にするな、と言おうとしたのだが、それより先に歌子がフォークの先をびしりと京介の方に突きつけて宣言してきた。
「こんなヘマはもう踏まないからね。次は必ずあなたを守ってみせる。もうこんな目には遭わせないから」
はっきりと告げてから、歌子は少し慌てたように付け加える。
「ふ、深い意味はないからね? ただ、いつもいつも役立たずじゃ黒須家の娘として沽券にかかわるからってだけよ?」
捲し立てる歌子を見て、紅刃がくつくつと笑いを堪えているようだった。それをぎろりと睨みつけると、歌子はケーキを一気に口に放り込んで、「お勘定!」と叫んだ。
歌子が教室を出て行った後、紅刃がこっそりと京介に耳打ちした。
「あれで、お嬢はかなりへこんでたんだよ。ようやく調子を取り戻してはきたけどね。言ってなかった気がするから今言うけど、話を聞いて中央会からダッシュで駆けつけて、ベッドで眠ってるあんたに縋りついて超取り乱して大泣きするという一幕もあった」
「心配かけたみたいだな。悪かった」
「沽券だとか難しいこと言ってるけど、お嬢は結局のところまだ高一の女の子で、仲間が傷ついたら半狂乱になっちゃうくらい仲間想いの可愛い娘なのさ。俺はそういうところに惚れちゃったんだけど……おっと、今日の話はオフレコね」
悪戯っぽく笑って、紅刃は歌子を追いかけた。
テーブルの片づけをしていると、柊が大股で歩み寄ってきてじろりと睨みをきかせてきた。
「随分長い話をしていたようじゃない」
「ああ、友達が様子見に来てくれたんだ」
「なんか物騒なワードが聞こえたんだけど気のせい? どてっぱらに風穴開いたとか」
「気のせい気のせい」
適当に流しながら、京介は柊の地獄耳っぷりに戦慄を覚えたのであった。




