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復讐者との奇妙な縁(2)

「明らかに人外の怪物をあっさり吹き飛ばす人間がいたら、そりゃあビビるわ。あはは」

 他人事だと思って愉快そうに笑いながら、芙蓉姫はそう言った。

 学校を早退して京介が自室に戻ると、なぜか呼んでもいないのに芙蓉姫が現れた。通常、式神は主人が召喚しなければ出てこない。芙蓉も一応、その例には漏れないのだが、それは「主人の御前に、魔術的に式神が瞬間移動してくること」が不可能なだけであって、芙蓉が徒歩で京介の前に現れるのは、芙蓉の自由である。

 そうして、用もないのにやってきた芙蓉は、一応京介の腕の手当てをしてくれているのだが、手当てしながら核心を突く一言を放ってくるのだから、傷を治したいのか傷口に塩を塗りたいのか解ったものじゃない。

「だいたい、お前の詰めが甘いからこうなるのだ。先にそのクラスメイトを排除してから戦闘に入ればよかったものを」

「排除とか、物騒なこと言うなよ。……そんな暇なかったよ。あの時は――」

 どうすれば彼を守れるか、それだけを考えるのに夢中だった。その後どうなるかなんてこと、考えている暇はなかった。

「だからお前は間抜けだというのだ」

「自覚してるから言わなくていい。……痛っ、ちょ、芙蓉、もっと丁寧に……」

 消毒液をたっぷり染みこませた脱脂綿をピンセットでつまんで傷口に当ててくる芙蓉だが、大雑把すぎてピンセットががっつり傷に突き刺さって痛い。もしかしたら確信犯かもしれない。

「傷は浅い。お前の魔力なら、二日もあれば自然治癒する。傷跡も残らない」

「ん、ありがとう」

 腕に包帯を巻いて、シャツを羽織る。

「ところで、お前、ポケットに何を持っている?」

 妖である芙蓉は、京介よりもずっと、妖怪や魔術師、魔力の残滓などの気配に鋭い。すぐに気づいたようだ。京介は、拾った紙きれを取り出し、芙蓉に見せる。

 両腕両脚と頭部がある、人の形をした紙人形だ。

「憑代か」

 伊達にふだんから生意気な口をきいていない、芙蓉は一発でそれの正体を見極めた。

「つまり、お前が潰したのは妖ではなく、式神だったのか」

「ああ、そういうことだ」

 式神、といっても、芙蓉のように、主人と契約を結んだ妖とは違う。それと区別するために「人造式神」と呼ばれることもある。紙人形でもいいし、木で作った型でも、藁人形でもいい。とにかく、そういう器、憑代に魔術師が魔力を込め、作り出した自律人形。作り出した術者の命令に忠実に従うロボット。ゴーレムや使い魔とも言える。

「潤平にも見える存在だった。だが、その割に倒すのは簡単だった。奇妙だと思ったら、こいつが出てきた。人造式神だったから……純粋な妖とは違ったから、その強さに関係なく、潤平には見えた」

「人造式神というからには、これを作った術者がいるぞ。いったい何を考えて作り出し、何を命じたのか……」

「ああ……」

 人形を倒しただけでは終わらない。それを作った黒幕を叩かない限り、終わったとは言えない。

「面倒なことにならなければいいんだが……」

 もっとも、面倒なことには既になっているような気もするのだが。



 翌日、登校して下駄箱を開けると、黒い封筒が入っていた。赤い封蝋で閉じられていたそれを開けると、中には白いカードが入っている。不破家当主、竜胆からの指令書だ。

『神ヶ原市で、人造式神の目撃情報多数。全て同じ術者の手によるものとみられる。処理せよ』

 短い指令に目を通すと、封筒を鞄の中に仕舞う。処理せよ、だなんて簡単なことのように言っているが、要するにこれは、式神を潰せ、ではなく、式神を作った術者を突き止めて潰せ、という意味だ。

 どうやら術者は、京介が倒したもの以外にも、式神を大量に作って神ヶ原市に放っているらしい。おそらく、その度に退魔師たちが駆り出されていたのだろうが、いよいよそれだけではいけないと悟ったのだろう。大元を叩け、という命令が京介に下された。いや、その仕事はおそらく現当主である竜胆に対してなされた請願だったのだろう。竜胆はそれを下請けに回したのである。

「ったく、下請けはいいが、それならもっと情報を寄越せっての……これだけじゃ動きようが……」

 せめてどこでどういった式神が目撃されたかとか、そういう情報をくれてもよさそうなのに、カードにはシンプルな命令しか書かれていない。不親切である。基本的に竜胆は大雑把だから、彼女に気の利いたことを求める方が間違っているのだが。

 まあ、情報は、その気になれば自分でも集められる。竜胆に訊くより信憑性の高い情報を迅速に集めれば、問題はない。

 その時、ガタッ、と慌てたような足音がした。振り返ると、潤平が立っている。下駄箱前でのんびり指令を読んでいたせいで、彼の登校とバッティングしたのだ。

「あ……」

 潤平はあからさまに目を逸らし、京介をスルーしてそそくさと歩いて行ってしまう。声をかける暇もなかった。

 京介は嘆息し、頭を掻く。今はやるべき仕事がある。他のことに意識を割く余裕はない。

 ない、のだが。

「まいったな……」

 こういうことには慣れていたはずだ。退魔師であることこそ、今まで誰かに知られてしまったことはないものの、幼少時から、妖たちを視るせいで周囲からは気味悪がられていた。その度に向けられる忌避の視線に耐えることには慣れていたはずだ。

 最初に覚えたのは、視ないこと。

 妖怪の姿を視ないこと。そして、自分を見る、白い目を、見ないようにすることを、覚えたはずだった。

 それなのに今更、傷ついている。彼との関係は二年前にもう壊れてしまったのに、今更堪えている。

 教室へは行く気がしなかった。京介は脱いだ靴を履き直し、登校してくる生徒たちの波に逆らって学校を後にする。

 今日の授業は、サボることにした。



 神ヶ原第一高校の敷地をぐるりと回って、今は使われていない西門――旧校舎が現役だったころに正門として使われていた、錆びついた門を乗り越えた。鬱蒼と茂る草をかきわけて旧校舎に辿り着くと、建物に向かって声をかける。

「周防」

 何度か呼びかけると、建物の二階の窓がカラカラと開いて、白い狐の妖・周防が飛び降りてきた。

「おう、京の字ぃ。元気か?」

「元気に見えるか?」

「いや、全然」

「はは、お前にそう言われるんじゃ俺も重症だな」

 自虐的に笑うと、周防が少し心配そうに眉を寄せるのが解った。

「どうかしたのか、京の字」

「いや、なんでもない。それより訊きたいことがあるんだ。昨日体育倉庫で式神が暴れたのは知ってるだろう」

「あたぼうよ。俺様はこの高校のボスだ、ここで起きたことは何でも知ってるぜぃ」

 つい先月話をした時には旧校舎のボスを自称していたはずなのに、いつの間にか出世している。

「それと同種の式神が神ヶ原に跋扈しているからどうにかしろとのお達しなんだが、何か知っていることはないか」

「へへん、それなら超詳しいぜ。なにせ、夏が終わったせいで肝試しシーズンが過ぎ、『肝試しに来たリア充を驚かせる連合』は現在、期間限定で『井戸端会議連合』として活動中だからな!」

 要するに、暇な主婦みたいなことをしているらしい。ここに棲む妖怪たちは相当暇を持て余しているようだ。だが、今はその暇人もとい暇妖ぶりが助けになる。

「俺が知る限り、問題の式神は十カ所で現れた。いずれも、近くにいた魔術師が迅速に対応したおかげで一般人への被害はない。少々建造物やらに破壊の跡が残ったが、そこは不破家の根回しで上手いことごまかしてるようだな」

「竜胆ばあさまはそういうのが得意だからな」

「式神の形はいろいろだ。獣だったり鳥だったり。能力もいろいろ。ただ、後に残る憑代の解析から、全部の式神は同じ術者によって作られたものだって解ったらしいな」

「成程な……術者の正体は?」

「術者は今のところ姿を見せていない。だけどよ、妙なことだと思わないか?」

「妙?」

「一般人への被害が出ていない。たまたま近くにいた退魔師が対応したおかげってことになっちゃあいるが、これは本当にたまたまか?」

「……術者は、魔術師を狙って式神を放っていると、そう言いたいのか、周防?」

「そう考えるのが自然じゃないかぃ? 何せ敵さんに、一般人を傷つけないようにしよう、なんて気を遣う理由なんざないんだからよぉ」

「確かにそうだ。だが、目的は何だ? 戦った魔術師はバラバラなんだろう? 特定の誰かを狙っているわけじゃない。無差別に襲っているのか? いや、それにしても……魔術師を相手取るために作られたにしては、あの式神は……」

 強くない。爆破魔術三発で片がつく程度だ、決して能力は高くない。あの程度なら、他の魔術師でも、おそらく比較的容易く制圧できたろう。

 術者の狙いが読めない。

「……だが、とりあえずの対処法は解った」

「京の字、もしや……」

「もしかすると、術者も近くに潜んでいるかもしれない。上手くいけば、引きずり出せるかも」

「気ぃつけろよ、京の字」

「心配いらない。いざって時は、あんまりあてにならない味方がいる」

「……それはいざって時に使えないんじゃあ?」

 周防がかなり心配そうに呟いた。



 向かった先は、神ヶ原第一高校から少し離れたところにある工場跡地だった。

 ここに術者が現れるという確証はない。だが、周防から得た情報によれば、式神が出現した十カ所は、おおよそ神ヶ原駅を中心にした半径二キロ圏内に収まるのだという。術者の「目」がそのあたりに向いているらしい、ということが解れば、あとは術者の目当てであろう魔術師が人気のないところで待ち構えていればいい。

 京介は、術者が自分を狙って仕掛けてくるのを待っているのだ。準備万端整えているところにわざわざ釣られてくれるかどうかは不明だが、今まで姿を見せたことのない正体不明の術者を探すのだ、今のところ他に有効な手段は思いつかない。

「さて……釣れるかな」

 周りは田んぼばかりという立地にある工場跡地は、多少暴れても周囲に気づかれないだろう。中にはいくつかのコンテナが放置されているばかりで、猫一匹住んでない。まあ、隅っこの方に低級妖怪が棲みついてはいるが、騒ぎになれば勝手に逃げ出してくれるだろう。

 静かだった。時折、カタカタと風が壁を叩く音がするくらいで、他に音はない。適当なコンテナに凭れて、京介は目を閉じる。しばらく何も考えずにじっとしていると、小さな気配が近づいてくるのが解った。目を開けると、暗がりからふわふわと、綿毛のような妖が出てきた。部外者である京介を警戒しているのかもしれない。

「……悪いな、勝手に入ってきて。もしかしたらここで騒ぎになるかもしれないが、その時は……」

「いい。君、不破の当主、でしょ」

 綿毛は少女のような声で言う。

「当主じゃない。今の当主は竜胆っていう還暦過ぎのばあさまだ」

「白い、式神、追ってる、でしょ?」

「何か知っているのか」

「私の、友達、襲われた。あれ、私たちの、敵」

「そうか……」

「あれ、作った、人間、見てる」

「見てる?」

 それは、綿毛が術師を見たということなのか、と思ったが、違うと解った。

「糸、つながってる」

 術師が見ているのだ。式神と退魔師の戦いを、高みの見物しているのだ。

 不意に、カンッ、と小さな音がした。振り返ると、地面に紙人形が突き刺さっている。術者の憑代だ。

 来た、と気づいた時には、工場の天井近く、ガラスの外れた窓から、続けざまに幾枚もの紙人形が飛び込んできていた。憑代たちが足元に打ち込まれる。

 綿毛は危機を察して逃げ去っていく。京介も警戒して距離を置く。地面に刺さった紙人形たちが、直後、ぶくぶくと膨れ上がり体積を増していった。

 魔力を込められた憑代が式神に化ける。あるものは狼、あるものは蜂、あるものは鳥、あるものは蛇、とさまざまな姿に化けていく。

「釣れたな、木偶人形共」

 右手に退魔刀・刈夜叉を現し、京介は作り出された人造式神を見据える。式神たちの攻撃に注意しながら、京介は綿毛が言っていた言葉の意味を考える。

「術者は近くにいる……糸が、つながってる?」

 京介はじっと目を凝らす。稀眼のリミッターを緩める。視るものと視ないものを区別する目から、際限なく情報を取り込む幻視の瞳に近づける。

 やがて、視え始める。きらきらと光る細い糸のようなもの。それは式神たちから伸びていて、次第に一本に収束していき、工場の窓の外へ抜け、どこかへ向かっている。

「そういうことか……」

 おそらくこの「糸」の先に術者がいる。術者は魔力で式神たちと繋がっているようだった。

 この式神連中と術者、同時に叩くには頭数が足りない。

 京介は右手を掲げ、花びらの契約紋に向かって叫んだ。

「――来い、芙蓉姫ッ」


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