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復讐者との奇妙な縁(1)

 最初に覚えさせられたのは、()()()ことだった。

 不破の血が持つ退魔の力、魔術師としての才を受け継いだ京介は、しかしそれを持て余してしまっていた。それが一番顕著だったのが、彼の目だ。妖の姿、妖気の流れ、そういった見えないはずのもの視る幻視の力は退魔師にとって重要な能力だ。その力を開花させた瞳は「稀眼キガン」と呼ばれ、重宝される。しかし、身を守る術さえ覚えていないうちから稀眼を使い、妖たちを際限なく視認することは、かえって危険であると、当主・竜胆は言った。

「奴らと下手に目を合わせちゃいけないよ。こっちが視えてるってばれたら、そんでもって、こっちが激弱のジャリだってばれたら、ちょっかいかけられるからね。視たいときに視て、視たくないときには視ない――その制御ができるようにしな」

「それは、ぐたいてきにはどうすればいいんですか、おばあさま」

「あぁん? そんなのお前、あれだよ、気合」

「……」

 当主は残念ながら、師としてはあまり期待できなかった。

 稀眼による幻視の力を制御する。オンとオフを切り替えられるようにする。それが幼いころの京介にとっての喫緊の課題だった

 これがなかなか難しかった。師匠が雑な教え方しかしてくれないこともあって、難航した。京介はやたらと妖を視てしまう、目を合わせてしまう。時には精巧に人に擬態した妖を、妖と見抜けず欺かれる。それで酷い目に遭う。痛い目に遭う。それを見るたび、竜胆が、

「体で覚えるとはこういうことだよ」

 などと言うが、それはどうなんだろう、と京介は疑問に思っていた。

 京介の視ているものは、他の子どもたちには見えない。京介が妖にちょっかいをかけられても、それは周りには、京介が一人で奇行に走っているようにしか見えない。

「嘘つき」

「気味の悪い子」

「こっちに来ないで」

 心無い言葉をぶつけられることもしばしばあった。

「哀しいかい、京介?」

 竜胆は問うた。

「はい」

「そう、お前は優しい子だね」

 竜胆は紫煙を燻らせながら、優しい声で言った。今思えば、就学前の子どもに副流煙をガンガン吸わせているあたりちっとも優しくないのだが、当時の無知だった京介にとっては優しく見えていた。

「私もお前と同じように、視えすぎる力を持て余して、周囲の冷たい言葉に悩まされた時代があったよ」

「おばあさまも、ですか?」

「ああ。まあ、私はそこで傷つくような殊勝なガキじゃなかったがね。『なんだこのガキ連中、調子に乗りやがって。なんでこんな連中を私が守ってやらにゃならんのだ』とやさぐれたね!」

「……」

「けれど、私も成長して、考えを変えたのさ。『そうか、この弱小連中は私なしでは生きられないのか、ならば寛大なる私は守ってやろうじゃないか』とね」

 はたしてその思考回路に至る過程を成長と呼んでいいのかは甚だ疑問であるが、ともかく竜胆もつらい時期を乗り越えたのだということは解った。

「お前は優しい子だ、私のようにやさぐれたりはしないだろうね。周りに怒りをぶつけることなんかないだろう。他人のことは守ってやろうとするくせに、自分は傷ついてしまう」

 けれど、安心なさい、と竜胆は京介の頭を撫でた。

「いずれお前を理解してくれる人間が現れるだろうさ。友達なんか大勢いなくたっていいのさ。一人いればいい。ただ一人の理解者と、長く付き合っていければいい。まぁ、私にはその一人すらいなかったがね!」

 あっはっは、と豪快に笑う竜胆のアドバイスは、参考になったような、ならなかったような。




 今のところ、そこそこ長い付き合いの友人はいるのだが、目の前にいるそいつが、竜胆が言う「ただ一人の理解者」であるとは、ちょっと思いたくないなぁ、と京介は嘆息する。

 なにせ、

「きょーすけええ! 今日が年貢の納め時だぜぇぇ!」

 目の前のそいつ、窪谷潤平は、今日も今日とて京介に復讐しようと息巻いているのだから。

 十月上旬、空は秋晴れ。爽やかな風が吹く昼下がり、なぜか埃くさい体育倉庫の中に、京介は押し込まれていた。

 昼休みになるや、クラスの体育委員が五時間目の授業で使う用具の準備を手伝ってほしい、と頼んできた。頼まれるままに外に出て、体育倉庫に誘い込まれた。入った瞬間、体育委員のクラスメイトは「悪いな」と謝って、扉を閉めてどこかへ消えた。中には潤平が待ち構えていた。なんということはない、体育委員の彼は潤平に買収されていたのだ。

 潤平に呼び出されたなら絶対にこんなところにのこのこやってきたりはしなかったろう。相手が人畜無害で善良なクラスメイトだと思って油断した。

「どうやって買収した?」

 後学のために聞いておく。潤平はやたらと自慢げに答える。

「中谷には貸しがあったのさ。あいつが生物講義室に置き忘れて運悪く教師に見つかっちまったエロ本を、俺のものだってことにして代わりに俺が生徒指導部に絞られた」

「アホかお前ら」

 呆れかえりながら京介は後退り、後ろ手に倉庫の扉を開けようと揺すってみる。だが、外から施錠されているようで、びくともしない。

 潤平はにやりと笑う。

「残念だな、中谷に鍵を掛けてもらった。昼休みが終わるまで開けに来ない」

「ふざけんなよ潤平、俺はまだ飯も食ってねえんだ」

「はっはっは、餓死しちまえ!」

「いや流石に餓死はしないけど」

「覚悟しろ、京介! 食らえ、『黒板を爪で引っ掻く音』攻撃ぃぃ!」

 体育倉庫にあった、得点ボード用の黒板を構えて叫ぶ潤平。京介は溜息交じりに潤平に肉薄し、黒板を引っ掻こうとする潤平の腕を後ろに捻り上げる。決着は二秒でついた。

「いいい痛い痛い痛い痛いギブギブギブぅぅッ!」

 あっさり音を上げる潤平。手を離してやると、潤平はよろめきながらぜえぜえと大袈裟に息を乱す。

「お、お前、手加減なしかよ」

「手加減はしてるだろう。本気だったら腕折ってるよ」

「お前の本気怖ぇよ!」

「そんなことより、早く中谷に連絡取って鍵を開けさせてくれ。俺はもう戻って飯が食いたい」

「ちっ……解ったよ」

 潤平は渋々といったふうに、ポケットからケータイを取り出し、連絡を取り始める。それを横目に、京介は倉庫の中を見回す。

 さっさと昼食にしたい、というのもあるが、この場所が()()()()というのもある。埃っぽくて薄暗い、妖たちが好む空気だ。現に、闇に潜んで小さな妖がちらほらと。潤平の目には映らないが、京介の目はそれらを捉えていた。稀眼の制御を覚えた京介は、ふだんはその能力のレベルを、小さな妖も見逃さない程度に合わせてあるのだ。

 ボールみたいな妖が何匹か、くすくす笑いながら囁き合っている。

「コノ子ドモ、騒ガシイ、デモ面白イ」

「遊ブ? コノ子デ遊ブ?」

 この子と、ではなく、この子で、というのがいかにも怪しい雰囲気だ。京介は小さく囁く。

「ちょっかい出すなよ」

「不破ノ退魔師、ケチ」

「口ウルサイ、舅ミタイ」

「蹴散らすぞ、こら」

「ん? きょーすけ、何か言ったか?」

 潤平が訝しげにこちらを見ている。京介は妖たちとの会話を切り上げて向き直る。

「いや――それより、中谷に連絡はついたのか」

「それがよぉ、ここ圏外みたいで」

「はぁ? どうすんだよ」

「ま、昼休みが終わるころには来る約束だから心配すんな」

「昼飯抜きかよ……」

「お、きょーすけ、授業中、テキストの裏でこっそり飯を食う極意を教えてやろうか」

「要らん」

 だいたい、次の授業は体育だし。

 腕時計で確認すると、時刻は十二時十五分。昼休み終了まではまだ三十分以上ある。それまでこの狭苦しい倉庫で潤平と二人、無為な時間を過ごすのかと思うとげんなりする。陰から顔を覗かせる妖たちがこちらを見てけらけらと笑っている。

「間抜ケナ人間」

「クケケ、クケケ」

 じろりと睨みつけてやると、妖たちはきゃーきゃーと騒ぐ。反応するとかえって面白がらせるだけのようだ。まあ、笑われるだけで害がないなら、放っておくべきだろう、と京介は無視を決め込むことにする。

 その時、急に妖たちの様子が変化した。それと同時に、京介も嫌な気配がするのを感じ取った。

「何? 何ダ?」

「何カ来ル? 何ガ来ル?」

 面白がって笑っていた妖たちが一転して、怯えた様子を見せ始める。倉庫の中の闇が深く、濃くなったような気がした。

「きょーすけ?」

 京介が緊張したのが伝わったのか、潤平が怪訝そうに声を上げるが、京介は応えない。京介の意識は、ある一点に吸い寄せられていた。

 体育倉庫にある唯一の窓。嵌め殺しの窓は高校の前を通る国道に面していて、行き来する車がちらほらと見える。

 その景色を遮るように、突如、白い物体が窓の外に現れた。

「っ、何だぁ?」

 京介の視線を追っていた潤平も気づく。潤平にも、見えている。明らかに異形の存在であるそれが、普通の人間である潤平の目に映っている。

 普通の人間にも見える妖は、すなわち、それだけ強い存在であるということ。

「退がれ潤平」

 言うや否や、京介は潤平の体を後ろに突き飛ばす。

 直後、激しい破壊音が響き渡り、倉庫の壁が吹き飛んだ。

 ちゃちな造りのプレハブ小屋、といっても、そう簡単に壊れるような建物ではない。だが、まるでお菓子の家を崩すかのように簡単に、白く太い、獣のような腕が、倉庫の壁を薙ぎ払い、剥ぎ取った。倉庫の三分の一ほどが問答無用で消し飛ばされ、視界は急激に開けた。その奥に見えたのが、剛腕を持つ白い獣だった。

 熊のような体つきをしている。だが、こんなところに突然白熊が現れる道理はない。熊の姿に似た、異形だ。

「ひいぃぃっ!? な、なんだよあれッ」

 潤平がいたって通常の反応を示す。

「きょ、京介、何だか知らんが逃げよう。こりゃまずいぜ」

「逃げようったってお前、どこに逃げ道があるんだよ」

 出入口には鍵がかかっていて、吹っ飛ばされた壁の方が開いているとはいえ、その先には怪物が待ち構えている。壁のような白い巨体をスルーして逃走、というのはあまり現実的ではない。

 逡巡の間に、白い獣が腕を振り回す。それは幸いこちらに届く距離ではなかったが、腕の先の鋭い爪から、カマイタチのように斬撃が飛んでくるのが解った。

「伏せろ、潤平」

 無造作に薙ぎ払うかのように放たれたカマイタチ、その射線上にいた潤平を抱え、無理やり伏せさせる。だが、少し出遅れた。左腕に掠る。びしり、と腕の肉が裂け、血が跳ねる。

「いっ……」

「京、」

 潤平が名前を呼ぼうとして、しかし声にならなかったようで、ぱくぱくと口を動かす。京介はそれを無視して起き上がると、呪符を三枚まとめて擲つ。

 獣の頭部と両腕に呪符が貼りつく。すかさず唱える。

「烈火現界、炸裂せよ!」

 ドン、ドンッと激しい爆音を響かせ、白い獣が爆裂する。爆炎の中で、獣の低い呻き声のようなものが聞こえた。

 やがて白煙が晴れていくと、獣の頭と両腕は消し飛んでいる。胴体がぐらりと傾く。だが、それが地面に倒れる前に、さらさらと砂が崩れていくように形を失っていき、やがて完全に霧消してしまう。

 跡形もなく掻き消え、後には破壊の痕跡のみが残る。

「ん……?」

 否、他にも何か、残っている。

 妖が消えたその場所に、白い紙きれのようなものが落ちている。徐に拾い上げ、しかし、その正体を探るのは後回しにして、ポケットに仕舞い込む。それより先にすることがある。

「潤平……」

 無事か、と問おうとして振り返る。

 だが、その言葉は出なかった。

 潤平と目が合った。明らかな、恐怖の色が浮かんだ目だ。

 その恐怖する対象が自分であると解ってしまった瞬間、京介はもう、何も言えなくなってしまった。

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