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刺客は過去から来る(3)

「――つまり京介君に復讐鬼の魔の手が迫っている、ということでオーケー?」

 神ヶ原第一高校正門前で会った少女・黒須歌子に尋ねられ、元・復讐鬼の潤平は大きく頷いた。

「たぶんそういうことなんだろうと、俺たちは推測してる」

「京介さんのことですから、その復讐に周りを巻き込むまいと思って、学校から距離を置いているのでしょう」

 と、隣で腕組みをする美波が補足する。

 かつて京介に嫌がらせの限りを尽くしてきた潤平と、かつて京介に恋して玉砕した美波、現在の京介の同業者・魔術師であるという歌子。三人が集結して、京介の行方について協議していた。

 場所は高校の近くにある喫茶店「ナチュラル」。神ヶ原一高前を走る国道沿いに建つ小さな店で、四人掛けのテーブル席が二つと、カウンター席が五つあるだけである。

 テーブル席に陣取り声を潜めて会話する潤平たち。美波が徐に鞄から取り出した地図をテーブルの上に広げた。神ヶ原市の広域マップだ。

「相手はわざわざ京介さんの前に姿を現しました。宣戦布告のつもりでしょう。ということは、おそらく神ヶ原市に潜伏しています。京介さんもそう考えて、市内を捜索しているものと思われます」

「市内ってだけじゃ広すぎるなぁ」

 潤平は頭をがりがり掻いて溜息をつく。

「ツイッターも調べてみましたけれど、さすがに葛蔭悟も位置情報はオフにしてありましたから、場所の特定はできませんでした」

「葛蔭悟!? え、なに、京介君の敵って葛蔭なの?」

 そういえば、歌子には肝心の名前を教えていなかったな、と思いながら、潤平は問う。

「知ってんのか、葛蔭のこと」

「三年前に事件を起こしてとっつかまった奴よ」

「事件って、どんな」

「そんなに詳しくは知らないのよ。魔術師中央会――各地の魔術師たちを束ねてるところだけど――なら、情報を持ってるんでしょうけど、限られた人間しかアクセスできないし。凶悪な魔術事件って、模倣犯が出るとまずいから、なんの目的でどんな魔術を使って何をやらかしたのかって詳しいことは公表しないことがあるの。たぶん、中央会の一部の人間と、実際に事件に居合わせた人しか詳しくは知らないと思う。……ってことは、そっか、京介君、三年前の葛蔭事件の関係者だったんだ」

 小さく頷きながら呟いていた歌子は、不意に怪訝そうに首を傾げる。

「でも、葛蔭悟はまだ服役中のはずよ。情報統制されるようなA級事件の首謀者じゃ、どんな模範囚だって三年ばかしで出て来れるわけないわ」

 ということは、美波の推測は半分正解で半分不正解だったのだ。

 刑務所に入ってた奴が出所してきたのではなく、脱獄してきたらしい。

「脱獄となると、当然その中央会とやらは、葛蔭の行方を追っているはずですよね」

「そりゃあそうでしょ」

 言いながら、歌子は不機嫌そうな顔をしている。大事件を起こした魔術師が脱獄していたなどという重大ニュースを知らされていなかったことが不満なのかもしれない。

 美波はスマートフォンで葛蔭のツイッターを開く。

「SNSの状況から推測するに、葛蔭は一か月前には脱走しています。脱獄早々にSNSとは随分とお気楽なのかおちょくっているのか。……ですが、一か月間、追っ手に捕まらず潜伏していたとなると」

「いろんなところを転々としているのか?」

 潤平が思いついたことを言うと、歌子が首を傾げる。

「私が聞いた数少ない話の中では、三年前、葛蔭は何かしらの危険な実験をやっていたっていうのよ」

「人体実験?」

「かも。脱獄してきた葛蔭は、またぞろ同じような実験を繰り返そうとしているかもしれないわ」

「ああ……そういや、父親の葛蔭亮も実験がどーのこーの言ってる奴だったな。マッドサイエンティストだ」

 魔術師にサイエンティストという言い方が適しているかは不明だが。

「だとすれば、転々としているというよりは、どこかに拠点を置いていると考える方が自然でしょう。実験施設のような場所を作って、よほど上手く隠れているのでしょうね。そこで、歌子さんにお聞きしたいのですけれど、魔術師の、人探しのスキルというのはどの程度のものなんですか」

「うーん」

 歌子は腕を組み小さく唸る。

「えっとね、まず言っておくと、魔術ってそんな便利じゃないのよね。呪文ひとつでその人がどこにいるか解っちゃう、なんて魔術はないわ。ぶっちゃけそんなのがあるなら、京介君の居場所でこんなに悩んでないし」

 確かにそうだ、と潤平は思う。

「探査の魔術があるっちゃあるけど、これもいまいち使いどころに困るっていうか……探す相手の体の一部……髪の毛とか爪とか血液とか、そういうのを持ってなきゃダメだとか、しかも半径一キロ圏内にいないと探知できないだとか、条件がいろいろあるの。てんでダメね。街中の防犯カメラの映像ハッキングする方がずっと楽に探せると思うわよ」

「魔術も万能じゃないってことなんだなぁ」

 潤平が感想を漏らすと、歌子は苦笑交じりに肩を竦める。

「元々、私たちの魔術は退魔の術――妖と戦うためのものだから」

 つまり、人探しという、人に対して使う術は、そもそも使うことが想定されていなかった、ということだ。

「まあ、中には退魔術とは方向性の違う魔術を研究してる人もいる。それこそ、人に害をなす魔術を研究してとっ捕まってる奴とかね。けれど、少なくとも中央会の魔術師は純粋な退魔師がほとんどだと思うわ」

「人探しのプロではないということですね」

「そういうこと。だから、こういう時は魔術は頼りにならないよね」

「ならば、魔術に頼らず、私たちにできることを考えるべきですね、兄さん」

「つっても、俺らだって別に人探しのエキスパートじゃないぜ」

「大丈夫ですよ。私たちが探すのは本気で身を隠している葛蔭悟ではなく、その彼を素人なりに頑張って探している京介さんの方です。お互い素人なんですか、案外似たような思考プロセスを辿れるかもしれませんよ」

「えっと、つまり……」

「京介さんになったつもりで考えてみるんです。プロではない人間が、葛蔭悟がいそうだと考える場所」

「うーん。俺だったら、やっぱ人目につかないところだな。裏をかいて繁華街ってのもアリだけど、怪しい実験とかやるならそれなりに広くて、騒いでも怪しまれない場所の方がいいし」

「廃墟とか?」

「ああ、廃墟いいな、定番」

 歌子の意見に、潤平も乗る。美波がスマホで素早く検索をかける。

「廃墟に関してはマニアがいるんですよね。ネットで検索すれば、神ヶ原市にある廃墟が一覧で見れます」

 美波がスマホの画面を見ながら、テーブルの地図にバツ印をつけていく。

「やはり、神ヶ原市北西部……旧神峰村のあたりに多いですね」

 現神ヶ原市は、市町村合併ピークの時代に、四つの町村が合併してできた市だ。北西部分は旧神峰村で、現在は神峰地区と呼ばれている場所だ。神ヶ原駅を中心とした繁華街とはがらりと風景が変わり、見渡す限り田園・畑・森しかない、などというエリアもざらだ。駅から神峰地区方面に向かうバスは一時間に一本あるかないか程度で、交通の便は非常に悪い。

「終点の神峰中央バス停から、遠いところで徒歩一時間といったところですか。廃墟がやたらと多くて、全部回るのは骨ですね」

「あ、でも、待って、このあたりって……」

 歌子が何かに気づいたらしく、身を乗り出して地図を凝視する。

「確か、三年前に事件が起きたのも、このあたりの場所だったわ」

「え? じゃあ、このへんの廃墟のどれかが、葛蔭の旧実験場だったりしたのか?」

「そういう話だった気がする」

 潤平はケータイを引っ張り出し、カレンダーを表示する。京介の欠席は三日目。

「……そろそろ成果がなくて、初心にかえってる頃だと思わないか?」

 潤平の一言で、全員が目を見合わせ、頷いた。


★★★


「よぉ、ここにいたか――きょーすけてめえっ、なぁに勝手に学校休んで彷徨ってんだばっきゃろー!」

 などと叫びながら、潤平が木刀を振りかぶった。

 予想外の訪問者に目を剥き、泡を食いながら攻撃を避ける。

「潤平!? なんでこんなところにいて、その上いきなり襲ってくるんだよ! それに……」

 潤平の後ろから続々と、美波と歌子までやってくる。京介は頭に疑問符を浮かべまくる。なんだ、このメンツは。

 いい加減鬱陶しくなってきたので、京介は潤平が振り下ろしてくる木刀を素手で受け止めた。ようやく落ち着けたところで、改めて問い詰める。

「なんでここにいるんだよ」

「お前を探しに来たに決まってんだろ。俺の愛すべき妹・美波の名推理によってここを突き止めた」

 潤平が自慢げに言うと、美波が苦笑交じりに肩を竦める。

「ほとんど勘ですよ。結果として京介さんと会えたのは、まあ、運が良かったわけです」

 確かに悪運の強そうなメンバーがそろっているな、と京介は三人を順々に見回した。

 目が合うと、思い出したように潤平が言った。

「あ、そうそう、きょーすけ、お前が魔術師だって美波にばらしたから。悪ぃな」

「全然悪いと思ってないだろ」

 潔いほどの開き直りっぷりに呆れてしまう。責める気にもならない。

「だいたい京介君。魔術師絡みで問題が起きてるなら、まず私に一言あってしかるべきでしょう。私はあなたに全面的に協力するためにここにいるのよ。それなのに私に黙ってこんなとこまで来てるなんて、いい度胸じゃないの」

 歌子は目を吊り上げて苦情を言ってくる。しかし、怒っていたと思ったらころりと心配する顔つきになって、「あなたに危険が迫ってるってことなら、私だって力になるのに」と言ってくれる。その気持ちをありがたく思いつつ、一方で罪悪感を抱く。まさか自分の方も復讐を企てているから巻き込みたくなかったのだ、とは言えない。

「京介さん。詳しい事情は解りませんが、入学式の日に会ったあの男――葛蔭悟という魔術師が、あなたを狙っているのでしょう?」

 美波が言う。

「そこまで解ってるのか。さすがだな」

 潤平の言う「名推理」というのも、あながちただの妹贔屓というだけではないようだ。

「一般人である私にできることなどたかが知れているかもしれませんが、私も京介さんの力になりたいです。兄さんも……まあはっきりいって役には立たないかもしれませんが……」

「おい美波」

「木刀ふるうくらいはできる男です。歌子さんもこう言っています。一人で抱え込もうとしないで、私たちにも頼ってください」

「そうだぜ京介。黙って一人で対決しようだなんて水臭いぜ。だいたいな、お前が学校休んだら、俺が居眠りした授業のノートは誰が見せてくれるんだ」

「いや寝るなよ」

 図々しい発言に呆れつつ、しかし心強い言葉に励まされる。

 誰も彼も一人で背負うな、頼ってくれと言ってくれる。助けようとしてくれている。自分はこんなにも自分勝手で復讐のことしか考えていない最低な奴だというのに、集まってくる友人たちはお人よしで優しい奴ばかり。

 葛蔭悟を探してここまで来て、ずっと張りつめていた神経が、緩むのを感じた。

「なんか……」

 ぽつりと、京介は漏らす。視線が集まる。京介はゆっくりと続ける。

「勝手ばかり言うけどさ……少し嬉しい、かな。まさか、こんなところまで探しに来てくれるとは思わなかった。そうだな、少し頑なになりすぎてた……これは俺の問題だから、俺がなんとかしなきゃって。けど、一人で抱えなくていいって言われたら、気持ちが軽くなった気がする。……来てくれてありがとう」

 そう言って微笑むと、三人は面映ゆそうに笑う。

「ま、まあ、解ればいいのよ、解れば」

「京介さん、なんでも言ってくださいね。私、手伝います。兄さんのことも馬車馬の如くこき使ってください」

「おう、きょーすけ、俺の愛用の木刀を貸してやるぜ」

「それは要らない」

 即答すると、美波と歌子がそろって吹き出した。

「――さあ、今日はもう遅いし、詳しい話は明日にして帰りましょうよ。早くしないと、帰りのバスがなくなるし」

 歌子が時計と時刻表を見比べて言った。空はだいぶ薄暗くなってきていた。

「きょーすけ、明日はちゃんと学校来いよ」

「そうよ、京介君。もし葛蔭が学校にまで押しかけてきても、私だっているんだから、大丈夫よ」

「そろそろ出席日数が危ないぜ、きょーすけ」

「そんなに危なくはないけどな」

 潤平たちに促され、京介は歩き出す。廃墟に背を向け、振り返ることなく帰り道を急ぐ。

 これからのことは明日考えよう、仲間と一緒に。

 そんなふうに考えられるようになったことが、今日一番の収穫に違いない。

 歌子と美波は、今回の件でだいぶ親しくなったらしく、二人並んでずんずん歩いていく。時々振り返っては手を大きく振って「早くしないとバス行っちゃうよ!」などと言って急かす。

 男二人は急かされた一瞬だけは早歩きをするが、すぐにのろのろとした足取りに戻って進んでいく。

「なあ、京介」

 前を向いたまま、不意に潤平が口を開く。

「葛蔭って奴と、三年前に戦ったんだよな、お前」

「ああ」

「三年前ってさ、丁度俺がお前と絶交した時期だったよな」

「そうだな」

「俺は鈍いから解らなかったけど、美波は、あの頃お前に何かがあったんだって気づいてた。三年前、何があったんだ、京介」

「……」

()()()がいなくなったことと、関係あるか?」

「!」

 思いがけない言葉に、京介ははっとする。

 それからすぐに、力なく苦笑する。鈍いだなんて言って、潤平は妙に鋭いところがある。

「どうしたんだ、って訊いたら、お前は、あいつは引っ越したんだって言ってたけど、今……魔術だのなんだののことを知った今訊いたら、その答えは変わるのか」

「そうだな……この件が片付いたら、たぶん、話せると思う」

「そうか……」

 そのあたりで、前を行く女子二人が痺れを切らし始め、「早くして!」と怒鳴ったので、話はそれまでとなった。

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