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式神さんは働かない(3)

 それは、糸のように見えた。闇に浮かび上がる白い糸が幾本も束になって迫ってきた。

「きょ、京の字!」

 周防が裏返った声で叫ぶ。直後、生きているかのように蠢く糸が周防の体を絡め取った。

「助けてくれっ、京の字!」

 周防のSOSに、京介は反射的に、周防を拘束する糸を掴んだ。一刻も早く引き千切ろうとしてのことだったが、あとから思えば、正体不明の糸を素手で掴んだのは、どう考えても間違いだった。

 糸に触れた瞬間、体の力が抜けていくのを感じた。

「っ……!?」

 膝ががくりと崩れ、京介は目を見開く。直後、周防が喚く。

「気を付けろ、京の字! この糸は力を吸い取るんだ! 捕まったら終わりだぞ!」

「知ってたなら先に言え!」

 キレ気味に叫びながら、京介は糸から手を離す。しかし、致命的なほど動きが鈍った。その隙を逃さず、第二波が来る。無数の糸が京介の体に絡みつき、縛り付ける。

「ぅ、ぁ……」

 体中の力を無理やり毟り取られていく。油断するとすぐにでも倒れてしまいそうになるのをかろうじて踏みとどまる。このままではまずい、と警鐘が鳴る。

「く……来い、『刈夜叉カルヤシャ』!」

 声に応じて、京介の右手に一振りの刀が喚び出される。不破家の当主が受け継いできた退魔の刀であり、現当主・竜胆が「私、箸より重いものは持たないから」という理由で京介に押しつけてくれた得物である。

 体を捻り、まとわりつく糸を断ち切る。拘束を解くと、続けざまに周防を縛る糸を切ろうとするが、それより一瞬早く、糸が動きだし周防を引きずって連れ去っていく。

「京の字ぃぃぃぃぃ!」

 半泣きになりながら周防が喚く。

「周防!」

 京介は周防を追いかけて旧校舎の中へ深く足を踏み込んでいく。敵に誘い込まれている、ということは重々承知していたが、かといって足を止めるわけにもいかなかった。

 高速で引っ張られていく周防に追い縋りながら、京介は怒鳴る。

「お前、自称頭領ならちったぁ自分でも何とかしろよ!」

「俺様のステータスは人間を驚かせるスキルに全振りしてるからバトルは専門外だぁぁ」

「この役立たずッ」

「京の字、その言い草は……ぐべっ」

 周防が奇声を上げたのは、糸に引きずられて階段を上っていく際に、勢いがつきすぎて階段の段差で思いっきり頭をぶつけられたせいである。

「痛い痛い痛い痛いッ、頭痛い体中痛いぃぃ!」

 ボールみたいに跳ね飛ばされつつ、段差のたびに衝突を繰り返す。見るからに痛そうだ。京介は一段飛ばしで階段を駆け上がる。そして、三階――敵の領域に踏み込んでいく。

 三階廊下の突き当たり、扉が開きっぱなしになっている教室に、周防は引きずり込まれた。迷う余地などなく、京介は中に飛び込んだ。

 直後、教室の扉が激しい音を立てて閉ざされる。確認はしないが、おそらく開かなくなっているだろう。

 そこは、元は音楽室だったらしく、壁に校歌が書かれた模造紙が貼りつけられたまま放置されている。さすがに楽器類は放置されていないが、ぼろい机と椅子は壁際に乱雑に寄せてある。新校舎に移る時に、あまりに老朽化が酷い備品は引き継がれなかったらしい。

 周防は糸に戒められ、天井から吊り下げられていた。力を吸い取られたせいか、顔色が悪く、見るからに衰弱している。その割に、

「京の字ぃ、下ろしてくれぇぇ」

 騒がしく叫ぶ元気だけはあった。

「今斬る」

 刀を握り直し、上方へ向かって踏み切ろうとする。しかし、そうするより前に脚から力が抜けて、思わず膝をついてしまう。そして気づく、この部屋の床には糸が張り巡らされているのだ。部屋に踏み入れることは、すなわち相手の罠に自ら飛び込むことを意味していた。

 しゅるり、と糸が刀の柄に巻き付く。気づいた時には、力の緩んだ手の中から刀を奪い去られてしまう。そして、再び全身を糸で戒められ、力任せに引きずられ、壁に叩きつけられる。

「ぐ……」

 小さく呻き声を漏らし、京介は顔を顰める。悔しいが、完全に相手のペースだった。

「――何の策もなくここに来るなんて、よほどの愚者らしいわね」

 くすくすと笑い声が響く。部屋の奥の暗がりから、やがて敵は姿を現した。

「ようこそ、私の巣へ」

 妖艶な笑みを浮かべそう告げたのは、白い髪の少女だった。まあ十中八九、見た目通りの年齢ではないだろう。

 白いフリルのワンピースを纏った少女は、スカートの裾から、袖の中から、両手に嵌めた指輪から、あらゆる場所から糸を吐き出して操っているようだった。くい、と少女が右手を軽く引くと、宙吊りにされた周防の体が少女の元へ引き寄せられた。

「この住処で最も力があるのはあなただったわね? ちょこまかと逃げ回っていたようだけれど、ようやく捕まえた。おまけに、外からこんなに美味しそうな人間も来てくれて……今日はパーティーね」

「一人パーティーか? ぼっち妖怪は考えることが虚しいな!」

 周防がやけっぱちになりながら叫ぶ。煽るようなことを言ってはいるが、顔は完全にびびっている。それを少女は寛大に笑って流す。

「一人じゃないわ。こぉんなに、お友達がたくさんいるのが見えないの?」

 腕を大きく広げ、少女は披露する。少女の奥――教室の中に、張り巡らされた白い糸、そこに絡め取られる幾人もの人間の姿を、京介は視認した。

 見る限り、囚われているのは若い少年少女ばかりだ。おそらく、何も知らずに肝試しにここを訪れ、この少女に掴まったのだろう。いずれも力なくぐったりとしていて、気を失っている。彼らも少女によって力を根こそぎ奪われているようだ。

 抜かった、と思う。ここまで面倒な事態になっていたのに、今まで気づけなかったとは。京介は小さく舌打ちし、自分の甘さを呪いながら拳を握りしめ手に爪を立てる。

「……で、お前は何者だ? 何が目的だ」

 徐々に力を抜き取られていくのに耐えながら、京介は問う。

「ここにいるのは、人間を驚かせることしか能の無……驚かせることだけを楽しみに生きる平和集団だぞ」

「京の字、今、能の無いって言ったか?」

「超ぬるま湯集団の住処を踏み荒らして、何をしようとしている」

「え、今、超ぬるま湯集団って言った?」

「ふふ……超絶低能集団だったおかげで、ここを乗っ取るのは楽だったわ」

「超絶低能集団んんッ……お前ら言いたい放題だなぁ……」

 宙吊りの周防が泣きはらしているような気がする。きっと敵に力を吸われているせいだろう。そういうことにしておく。

「ここはもう、私の餌場よ。ここに踏み入れる馬鹿な人間どもも、有象無象の雑魚妖怪たちも、みぃんなまとめて、私の糧となるの。素敵でしょう?」

「素晴らしいくらい自分本位なぼっちパーティーだな。そこまでして力を集めてどうする気だ?」

「殺したい奴がいるの。いえ、殺さなければいけない奴、かしら。そのために私には力が必要なの。まあ、そのへんの有象無象でも、塵も積もればってね。あんまり大物に手を出すと危ないから、ちょっとずつ、地道にやっていかないとね。あなたみたいに、小物にちょっと毛が生えた程度のちょーどいい人間が来てくれたのは、ラッキーだったわね」

「言ってくれるじゃねえか、クソ女」

「いやだわ、そんな呼び方。私は恋歌レンカ。あなたが干乾びるまでの短い間だけれど、よろしくね?」

「は……干乾びるのは、お前の方だろ」

「口の減らない人間。おしゃべりはそろそろおしまいにしましょうか?」

「……ああ、そうだな」

 にやりと不敵に微笑みを浮かべ、京介は言う。

 おしゃべりはもうおしまい――時間稼ぎは充分だった。

焔々エンエン現界」

「っ! あなた!」

 右手の指、爪を立てて破いた皮膚から血が溢れている。その血で、叩きつけられた背後の壁にシュを刻み付けていた、恋歌が饒舌に喋っているその間に。

「焼却せよ!」

 血で書かれた文字が赤く光を放ち、魔術が発動する。京介を中心に紅焔が巻き起こり、拘束していた糸も、張り巡らされていた巣も、焼き尽くしていく。

「くっ!」

 恋歌は右手を振るい、新たな糸を吐き出し京介を襲うが、京介はその身に纏う炎で近づくそばから糸を燃やしてしまう。糸と炎――恋歌にとっては相性は最悪だ。

「京の字!」

 周防が叫び声を上げる。

「周防、今助ける!」

「ばっきゃろう、糸どころか全部燃やし尽くす気か! 他の人間もいるし、だいたいここは木造だぞ、こんなところで炎の魔術を使うアホがいるか!」

「あ」

 木造校舎との相性も最悪だった。

 京介は慌てて、自由になった右手で懐に持っていた呪符を繰り出し、詠唱する。

鏡水キョウスイ現界っ」

 水の塊が湧き出し、燃え盛る炎を呑みこみ、慌てたように鎮火する。黒焦げた床が水浸しになる。

 周防がげんなりした顔で言う。

「あ、相変わらずの破壊神っぷりだな、京の字。腕は確かなのになぜか五回に一回の頻度で信じられないくらいのポカをやらかす悪癖、まだ直ってなかったのかよ」

「今矯正中なんだ、それ」

 京介はばつの悪い顔で頭を掻きながら、落ちていた刀を拾い、周防を捕える糸をぷつんと切断した。解放された周防は疲れ切った顔でよたよたと歩いてきて、京介の後ろに隠れる。唖然としている恋歌は、周防がのんびりと逃げ出すのすら、止めなかった。

「な、なんなの、あなた……この状況でふつう燃やす!? それに、あれだけ力を吸い取ってやったのに、どうしてこんなにぴんしゃんしているのっ」

「こっちはな、お前らみたいに問題を起こす馬鹿妖怪共を張り倒すために三つの時から修行してるんだ、魔術の腕も魔力の量も、『肝試しに来たリア充を驚かせる連合』とは違う」

「……あなた、いったい何者なのっ」

 悲鳴のような声を上げる恋歌に、仰々しく応えて曰く、

「神ヶ原の地を守る不破家次期当主、不破京介! 喧嘩を売る相手を間違えたなぁ! ここで狼藉をはたらこうなんざ、お天道様が赦しても不破の一族が赦さねえぜい! ――なっ、京の字?」

「いや、なんでお前が勝手に偉そうに名乗ってるんだよ」

 なぜか周防が大仰に口上を述べるので、京介はすぱーんと周防の頭を引っ叩いてツッコミを入れた。

 ふう、と溜息をついてから、京介は刀を握り直す。燃やせないなら仕方がない、叩き斬ろう。

「基本的に俺は慈悲深い。小物にちょっと毛が生えた程度呼ばわりされたことくらい水に流して、八つ裂きで勘弁してやる」

「全然慈悲深くないじゃないの!」

 涙目で喚き散らす恋歌を冷たく見据え、京介は刀を振るう。八つ裂き、と言っておきながらも自称・慈悲深い京介は峰打ちで済ませたため、恋歌の体が両断されることはなく、しかし盛大に吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。

 ずるずると力なく滑り落ち、恋歌が倒れる。彼女が意識を飛ばすと、糸の拘束も効力を失い、囚われていた人間たちが戒めを解かれていく。

 刀の召喚を解き、倒れた少年の一人に駆け寄る。弱ってはいるようだが、命に別条はないようだと確認すると、京介は安堵の溜息をついた。

 旧校舎の中に光が差していることに気づく。顔を上げると、窓の向こうには外の景色が見えていて、夕陽が差し込んでいる。旧校舎を外界と遮断していた結界も解かれたようだ。

「京の字」

「ああ……元凶は潰した。これで旧校舎も元通りだろう」

「そうだな、京の字が黒焦げにしたところ以外は元通りだ」

「根に持つ奴だな」

「あったりまえよ! 俺様が止めなかったらどうなってたと思ってる?」

「狐の丸焼きができただけだろ」

「京の字ぃぃぃ」

 周防が恨めし気な声を上げる。京介は肩を竦めて苦笑する。

「悪かったよ」

「解ればいいんだぁ。それで、このあとはどうする気だ?」

「捕まってた人間たちのことは当主がどうにかするだろう。旧校舎連合の妖怪たちの方は周防に任せる」

「おう、任せろぃ。俺様はなんてったってここのボスだからな!」

 自信満々に胸を張る周防に、気負いすぎてる感じが逆に心配だなぁと思わないでもなかったが、何も言わずに任せることにする。

 こちらはひとまず竜胆に連絡を取らねばなるまい。周防が他の妖怪たちに号令をかけて動き始めるのを横目に、京介は旧校舎を出る。夕刻の空は日差しがだいぶやわらいではきていたが、薄暗い旧校舎にいたせいで、それでも眩しく感じ、京介は目を細める。

 と、不意に軽い目眩を感じる。

「あ、れ……?」

 足元が覚束ない。どうやら、思っていたより恋歌に力を吸い取られてしまっていたらしい。ふらついて、くらりと体が傾ぐのを、京介は他人事のように感じていた。

 倒れる、と思った時、その体をそっと受け止めてくれる腕があった。

「……?」

 意識が遠くなっていく。ぼやけた視界の中で、誰かが不敵な微笑みを浮かべている。

「芙蓉」

「――お疲れさん、バカ主」

 相変わらずの口の悪さに、京介は苦笑した。



 夢うつつの中で、京介は感じていた。

 頼もしい背中の温かさ、鼻先をくすぐる髪の微かなシャンプーの香り、耳元で囁かれる小言。

 ゆらゆらと揺れる揺りかごのような心地よさに、静かな眠りに誘われた。


★★★


 目が覚めると、自室のベッドだった。

 なんだかんだいってここまで面倒を見てくれた従者に感謝しながらふと鏡を見るとがっつり顔に落書きをされていて「あのクソ式神ッ!!」などという暴言が飛び出したのだが、それはまた別の話である。

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