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博愛主義者の選択肢(2)

 薄く目を開けると、知らない天井が目に入る。半覚醒のままで視線を巡らせると、見覚えのない調度、やけに白い壁、無駄に広すぎる空間と、どれをとっても知らない要素ばかり。間違いなく自分の住む安アパートの一室ではない。

 ゆっくりと時間をかけて、意識をはっきりさせていく。身じろぎすると、そこはベッドの上で、柔らかな肌触りのブランケットをかけられているのに気づく。レースのカーテン越しに差し込む陽光に、いつの間にか夜が明けてしまったらしいと知り、いったいどれだけ眠らされていたのかと、京介は自分の間抜けさにうんざりしてくる。

 頭が痛い。体が重い。ゆっくりと瞬きを繰り返し、京介は気を失う前のことを思い出す。体の調子が悪いのは、暴走したせいだろう。知らないベッドで寝かされているのは、紗雪御前に拉致されたせいだ。

 そこまでようやく思い出したところで、京介は体を起こす。

 その瞬間、絶句した。

 裸だった。

 全裸だった。

 一瞬で顔が紅潮する。ぼんやりしていた頭が冴えて、心臓が早鐘を打つ。京介は慌てて毛布を胸まで引き上げた。

「な、なんで……!」

 一応確認してみるが、やっぱり裸だ。下着まで剥ぎ取られている。一糸まとわぬ姿である。

「知らないベッドで全裸で目が覚めるって……危ない、絶対危ない奴だこれ。なんでこんなことに!」

 予想外すぎる状況に目を白黒させていると、タイミングを計ったように部屋の扉が開き、京介はどきりとする。エプロンドレスの女、紗雪御前が入ってきた。京介が目を覚ましているのと見ると、紗雪は瞬時に悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「ご機嫌麗しゅう。昨晩は楽しゅうございましたわね。京介さんったら、見かけによらずハゲシイんですもの」

「いい加減なこと言うな! 人が覚えてないのをいいことに勝手に過去を捏造するんじゃねえ!」

「あら、ちょっとした冗談じゃありませんか。そんなにムキになって否定しなくても……うふふ、初心なんですのね、可愛い」

 ふだんから芙蓉に童貞呼ばわりされて馬鹿にされていると思ったら、今度は初対面の女に初心呼ばわりされてしまった。プライドも何もあったものじゃない。

「まあ、冗談はさておき。あなたをお連れしたのは、お願いがあるからですの」

「人を拉致しておいて、お願いか。ロクな頼みじゃなさそうだな」

「ええ、自分でも解っていますわ。だからこそ、少々強引な手段を取らせていただきましたの」

 紗雪は勝ち誇ったかのように笑い、告げる。

「服を返してほしかったらわたくしのお願いをきいてくださいな」

「よりによって服を質に取んな! とっとと返せ!」

「このままではあなたは真冬の空の下を全裸で歩き、公然猥褻で捕まることになりますわよ」

「地味にリアルな脅迫をするな!」

「うふふ、冗談ですのよ。からかいがいのある方ですわ」

 まんまと遊ばれてしまっていることに苛立ちが募り、京介は舌打ち交じりにベッドの上で立ち上がる。勿論毛布でしっかり体を隠しながらという、なんとも間抜けな格好なのだが。

「来い、刈夜叉!」

 右手に退魔刀を召喚しようとする。

 だが、意に反して刀が現れない、なぜか魔術が発動しないことに呆然とする。

「無駄ですわ」

 紗雪は妖艶に微笑む。

「この部屋をよくご覧になって」

 言われるがままに、京介は稀眼の制御を一瞬だけ緩めて、部屋を観察する。部屋全体に、青白い魔力が満ちているのが視える。魔力の広がり方からして、結界の一種だろうか。

「魔封じの術をかけてあります。要するに、この部屋では、あなたは魔術が使えない、ということですわ」

 そう簡単に逃げられるようにはなっていないということだ。京介は舌打ちする。

「まあ、そうやって動く元気があるということは、回復してきているということですわね。傷もさほど深くはなく、ここにお連れした時点で血は止まっていましたし、その調子でしたらすぐにでもわたくしの役に立っていただけそうで、頼もしい限りですわ」

 言われてみると、弁天につけられた傷は塞がっている。暴走した焔で強引に焼き塞いだからだ。消耗した魔力が回復し治癒力が上がれば、体の中で壊れ気味の器官もじきに治るだろう。

 少し休めば問題なく動けるはずだ。しかし、動けるからといって紗雪の役に立ってやらなければならない義理はない。どちらかといえば、紗雪を倒してこの部屋からの脱出を試みたいところだ。だが、魔術を封じられた状態で妖相手に立ち回ることがいかに無謀かは解りきっている。幸い、紗雪は今すぐに京介をどうこうしようというつもりはないらしい。今は様子見をするべきだろう、と京介は判断する。

 紗雪が徐に部屋のクローゼットを指す。

「あなたの服は穴だらけの上に水浸しでしたので処分しましたわ。着替えならクローゼットの中に。それを着たら、しばらく大人しく休んでいてくださいな。この後の仕事に障ると困りますので、ちゃんと回復していただきませんと」

「俺に何をさせる気だ」

 よくぞ聞いたとばかりに紗雪はにこりと笑う。

「殺したい方がいるんですの。いえ、殺さなければいけない方、でしょうか」

 どこかで聞いたような台詞だった。


★★★


 時は遡り、夜中の竜胆邸。

 こたつにあたって呑気に二時間サスペンスを見ながら蜜柑を食べている竜胆を見て、芙蓉は苛立ちのあまりテレビの前に陣取って仁王立ちする。

 竜胆はちらりと芙蓉を見上げると、にっこり笑う。

「おや、芙蓉ちゃん、どうしたんだい怖い顔をして。とりあえずちょっとそこをどいてくれるかい。今刑事が犯人を追いつめる定番の崖っぷちシーンなんだから」

「今は現実も崖っぷち状態だ、どこぞの低能退魔師がな」

「あらあら、そういえば芙蓉ちゃんがいるのに京介がいないね。崖から落ちたかな」

「ぎりぎり岸壁に刀を突き刺してぶら下がってる状態だ。そろそろ真面目な話をさせろ」

 一緒についてきた歌子と紅刃がひやひやした顔で芙蓉と竜胆を交互に見ている。そんなこと知ったこっちゃないとばかりに、芙蓉は険悪な空気を醸成していく。

 やがて竜胆が肩を竦め、テレビのスイッチを切った。

 芙蓉は小さく溜息をつくと、座敷に胡坐をかく。

「紗雪御前、という妖を知っているか。京介はその妖に拉致されたようだ」

「紗雪……聞いたことがあるね」

 竜胆は記憶を探るように視線を上にやる。薄れかけた記憶を引っ張り出そうというように、こめかみを指でトントンと叩く。

「そう……九月に神ヶ原第一高校の旧校舎から、恋歌という妖をつまみ出しただろう?」

「ああ、そんな奴もいたな」

 その一件では、相手が雑魚妖怪だと判断した芙蓉は京介への協力を拒んだため、京介が一人で恋歌と対決した。ゆえに、芙蓉は恋歌についてさほど詳しくはない。喋ったことはないし、京介に伸されたところをちらりと見た程度なので、顔もうろ覚えである。本人が聞いたら泣きそうな、あんまりの認識だ。

「あの妖怪は、魔術師中央会に身柄を引き渡したんだが、その時、彼女が漏らしていたのがその名前だった。『紗雪ねえさま、ごめんなさい』ってね」

「紗雪御前と恋歌は仲間だったのか」

「そうだとすると、紗雪御前が京介を、殺さずにわざわざ拉致した理由もなんとなく解りそうだ。恋歌も、旧校舎に陣取ってやっていたことは、殺人ではなくエネルギーの蒐集だったからね。大方、京介を使って誰かを殺そうとしているんだろう。うちの孫はそこそこ有用だからね」

 のっぴきならない状況のはずなのに危機感もなくのんびり推測を述べる竜胆に、芙蓉は呆れ気味に言う。

「呑気に言っている場合か。要は、殺人の片棒を担がされそうになっているわけじゃないか」

「さて、それが本当に『殺人』かは解らないけれどね」

 言いながら、竜胆は立ち上がる。

「ともかく、そういう話なら、恋歌から何か情報が得られるだろう。私は中央会に掛け合おう。その間、芙蓉ちゃんたちはここでゆっくり休んでいるといいよ。歌子ちゃんも、その格好じゃ風邪をひくだろうしね」

 さあ久しぶりに働くぞー、などと言いながら、竜胆は部屋を出て行った。

 基本的に仕事を京介に丸投げしてばかりの現当主・不破竜胆――こんないい加減な女に頼らなければならない現状を呪いながら、芙蓉はげんなりと溜息をついた。


★★★


 妖が多く棲む土地には昔から、その土地を守る退魔師の一族がいる。それは神ヶ原市に限ったことではない。神ヶ原に不破の一族がいたように、他の場所には別の退魔師がおり、脈々とその血と術を伝えてきた。

 その退魔師たちを繋ぎ、情報交換のネットワークを確立し、妖怪への対処方法を標準化し、更に問題を起こした妖や魔術師を収容・管理しているのが、首都の地下でひっそりと活動する、魔術師中央会である。

 片道七十キロ強の場所にある中央会に、竜胆は屋敷の屋根裏部屋に拵えた専用の転移魔法陣からひとっとびし、深夜零時という時刻に嫌がらせのようなアポなし訪問をした。妖怪たちが活発化するのは夜であるため、中央会は深夜も勿論動いているが、有事以外で突撃するのはあまりいい顔をされない。だが、少々嫌な顔をされてもまったく歯牙にもかけないのが、フリーダムでマイペースを貫く不破家現当主・不破竜胆である。

 夜番の受付担当は、丁度知り合いの魔術師だった。受付カウンターにいた女性は竜胆を見るなりあからさまに嫌そうな顔をした。

「竜胆殿! こんな時間に、またぞろ厄介事を運んできたのではありますまいな!」

 竜胆イコール厄介という等式ができあがっているらしく、女性――高峰蓮実たかみねはすみは迷惑そうに喚いた。

 蓮実は三十代前半の女性で、竜胆の半分ほどしか生きていない若手なのだが、その割に外見の若さは二人ともほとんど変わらないため、蓮実は竜胆にコンプレックスを抱いているらしい。その上、竜胆が中央会に来る時はだいたい波乱を運んでくるので、余計に蓮実は竜胆を煙たがる。しかし竜胆はそんなことおかまいなしだ。その昔、蓮実の魔術訓練に付き合ったのをきっかけに、竜胆は蓮実を気にかけている、というか、なにかにつけてうざがらみするのだ。

 竜胆は豪快に笑いながら言う。

「そーんなめんどくさそうな顔しないでさぁ。今回は遊びに来たんじゃないんだよ。うちの可愛い孫が絶体絶命らしいから、情報収集に」

「孫……不破京介殿ですか」

「そう。厄介な女に捕まったらしくて。ここに収容されている恋歌って妖が何か知ってそうなんで、話を聞きたいんだけど」

 単刀直入に用件を告げると、蓮実は渋い顔をした。

「収容中の妖と面会ということですか……竜胆殿、お言葉ですが、そういうことには踏まねばならない手順というものがあります。面会希望の一週間前には申請を出す必要がありますし、面会の理由について厳重な審査がありますし、管理課長から順番に理事長まで決裁を」

「緊急事態なんだってば」

 くどくどと煩く始めた蓮実の説明をぶった切り、竜胆は肩を竦める。

「手順踏む前にこっちが地雷踏んじゃったんだから仕方ないじゃーん。大丈夫だよ、事後決裁で」

「全然大丈夫ではないのですが……」

 しかし蓮実も、竜胆が言い出したら引き下がらないことを知っているので、制止する声にも力がない。竜胆は勝手にすたすたと歩き出し、エレベーターに乗って目的の階まで降りる。諦めたらしく、蓮実は追ってこなかった。

 地下十三階。厳重に封印魔術を施されたそこは、牢獄だ。比較的危険性の少ない妖や魔術師が収容されている。

 恋歌の姿を探して歩いていると、丁度見回り中の男と行きあった。

 黒を基調とした制服をかっちりと着こなした二十歳半ばくらいの男で、爽やかな印象の笑みを浮かべている。歩いていく竜胆に気づくと、男は意外そうな顔をした。

「これは……竜胆様ではありませんか。こんな時間にどうなさいました?」

 竜胆はその男を知らなかったが、不破家当主の顔は有名らしい、相手はこちらを知っていた。竜胆が訝しげに眉を寄せると、男は、

「あ……申し遅れました。私は管理課の相馬誠そうままことと申します」

「初めて会うね」

「まだ中央会に入ったばかりの新参者なんです。よろしくお願いします、竜胆様」

「そうか。いや、ちょっと神ヶ原でトラブルがあってね、恋歌という妖に話を聞きたいんだが」

「ああ、彼女でしたらこの奥のA3ブロックですよ。管理課長には話を通しておきますから」

「それは、助かる」

 にっこり笑って竜胆は相馬とすれ違う。

「ところで、相馬君」

 ふと立ち止まって、竜胆は肩越しに振り返る。相馬は不思議そうな顔で竜胆を見返してきた。竜胆は不敵に笑い、問うた。

「なんで私が課長に話を通してないって解ったの?」

「――なんとなくですよ。竜胆様は型破りな方だと伺っていましたから」

「あら、そう」

 それだけ言うと、竜胆はもう前を見て歩き出す。

 入ったばかりの新参者のくせに、恋歌と名前を出しただけで牢屋の場所をすぐに教えてくれて、竜胆がアポなしで突撃しているのも承知している。

 食えなそうな奴だな、と竜胆は思う。

 もっとも、魔術師なんてどいつもこいつも、一癖も二癖もある厄介者ばかりだというのも事実なのだが。

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