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最後の敵は式神さん(4)

 ずがん、ずがんっ、と激しい音を響かせる。体はあちこち痛むし、銃がないせいでかなりノーコンだけれど、前に飛ばそうと思って後ろに飛ばすほどにはノーコンではない。前を狙えば、とりあえず前に弾丸が飛ぶ。それが射撃手ガンナーとしての最低限の矜持だ。魔力弾でやたらめったらにシャッターに穴を穿っていく。最後に仕上げとばかりにぼろぼろになった隔壁を叩き抜いた。道の出来上がりだ。

「隔壁突破! こんなんで足止めとかありえないっての」

 魔術師舐めんなよ、とばかりに胸を張り、歌子は穴の開いたシャッターを潜った。

 その先に広がっていた光景を目の当たりにして息を呑む。あちこちに飛び散った血の痕。激しい戦いが繰り広げられた後だということは一目瞭然だった。歌子に続いて壁を通り抜けてきた潤平と美波も同様に狼狽している。

「何があったらこんなんなるんだよ……」

「本当に……、っ! 紅刃!」

 視線を彷徨わせているうちに紅刃の姿を見つけ、歌子は駆け出す。

 手前に血まみれで倒れているのは、麻生と名乗った魔術師。その陰に隠れるように、紅刃が倒れていた。どうやら気を失っているらしい紅刃は、駆け寄り抱き起すと、胸に大きな切創があるのが解った。

「紅刃、しっかりして」

 傷に障らないように、しかし決して冷静でもいられず、震える声で呼びかける。

「紅刃」

 何度目かの呼びかけで、紅刃が苦しげに呻きながら身じろぎする。

「ん……お嬢……」

 歌子の腕の中で紅刃がゆっくりと目を開ける。揺れる瞳が歌子を捉えて焦点を定めると、紅刃は掠れた声で言う。

「お嬢、あのね」

「喋っちゃ駄目よ、傷に障るわ」

「うん、すごく痛い。早く元気になるために、お嬢に頼みがあるんだ」

「何?」

「抱きしめて」

「……元気そうね」

 とりあえず、冗談を言う元気はあるらしい。

「私、京介君を追いかけるわ。紅刃はここで休んでいて」

「俺も行くよ。お嬢を一人で行かせる方が、心配で傷に障りそうだ」

 見た目こそ派手な傷だが、妖の体は頑丈だからこのくらい平気、というのが紅刃の談だ。それが本当なのかただの強がりなのかは不明だが、確かに歌子の方も、紅刃を一人でおいていくのも心配だというのもあって、一緒に先を目指すことにした。ゆっくりと立ち上がる紅刃に肩を貸して支える。

 しかし、目指すといっても、どこへどう進めば京介に追いつけるのか。この屋敷の構造は、侵入者を阻むためか複雑になっているようで、なかなか簡単にはいかない。

「とにかく上に行く階段か何かないかしら」

「エレベーターとかあると便利なんだけどなぁ」

「流石にそんな便利なショートカットはないんじゃ……」

 などと話し合っていると、不意に、どこからか低い地響きのような音が聞こえてきた。音源を探して歌子たちは視線を彷徨わせ始める。エレベーターが動く音、ではなさそうだ。

 轟、と不吉で不穏な音は、次第に大きくなってくる。

 そして、ついに――決壊。

 激しい破壊音が背後で響き、振り返ると、天井が崩落していた。

 ショートカットがあればいいとは思ったが、こんな強引な近道は求めてない。穴を開けた天井と積み重なった瓦礫の山を見て歌子は唖然とする。

「い、いったい何が」

 上階の戦闘の影響で天井が崩れたのだろうか。しかしだとすれば、いったいどんな暴れ方をすればこんな有様になるのか。尋常ではない。危険と判断してすぐさま離れるべきか、様子を見守るべきか、歌子は逡巡する。

「な、なあ、あれ!」

 潤平の叫び声が歌子の思考に割り込む。次いで、美波が息を呑む気配。

 崩れた天井の残骸、ぼろぼろの瓦礫の山の上に倒れている人影に、歌子も遅れて気づき絶句する。どうか彼ではありませんように、と願う。まるで死体のようにぴくりとも動かず、無造作に放り出された人影が、彼ではなければいい、と思う。

 だが、願いは虚しく、土埃が晴れて露わになったのは、京介の姿だった。

「きょーすけ!」

 真っ先に我に返った潤平が弾かれたように駆け出した。しかし、それを阻むように、突風が吹く。それ以上先へは進ませまいと、明らかな圧力を感じさせる暴風に、潤平が両腕で体を庇いながら後退る。

 魔術師である歌子は、強い風と同時に凶悪な妖気も感じ取っていた。その正体は、見なくても解る。

 天井の穴から、やがて黒い影が落ちてくる。艶めく髪を風に揺らめかせ、ふわりと地に降り立った妖は、その優雅な所作とは裏腹に、死神のように見えた。


★★★


 少しの間、意識が飛んでいたらしい。名前を呼ばれてはっと目を覚ますと、すぐさま全身を襲う激痛に再び意識が飛びかけたが、どうにか繋ぎ止める。

 京介は痛みに顔を顰めながらも、軋む腕で体を支えて起き上がる。息苦しさを感じて咽る。肋骨が何本か、それと内臓ももしかしたらイカレているかもしれない。魔力による身体強化と、咄嗟に発動した焔による防御術がなければ、この程度では済まなかっただろう。

 頭が重い。左手で支えるように触れると、ぬるりと生温かい血で掌が滑った。

「きょーすけ!」

 再び呼ばれて、京介はふらつきながらも立ち上がり、声の主を振り返る。潤平が酷く青ざめた顔をしていた。傍には美波、歌子、紅刃の三人もいる。折角上まで苦労して上っていったのに、彼らがいるということは、どうやら最下層まで叩き落されたらしい。

 潤平がこちらに近づこうとして、しかし強い風圧に阻まれて立ち尽くしていた。京介は、大丈夫だ、というように手で制する。あまり説得力のある格好ではないが、大丈夫だと言うしかない。

 誰の邪魔もさせまいと、強い妖気で不可視の壁を作り上げているのは芙蓉だ。人のことを床ごとぶち抜いて叩き落しておいて、それだけでは済まさず律儀に下まで追いかけてきてくれたらしい。丁重すぎるもてなしに涙が出そうだ。

 解ってはいたが、本当に容赦がない。立っているのがやっとなくらい、体はぼろぼろだった。これ以上は、攻撃を避けることはできないだろう。

 芙蓉もおそらく、こちらが限界であることを解っている。逃げられないのが解っていて、詠唱する。

「遍く光を喰らい、ものみなすべて、深淵に沈めよ……」

 詠唱に時間がかかるため、相手が動けない状態でくらいでしか使えない妖術。しかし、その分、決まれば確実に相手を制圧できる最強の必殺技だ。

 芙蓉の手の中に黒い光が集束していく。以前、千鳥八尋に向かって放たれた時よりも、長い時間をかけてエネルギーを凝縮させているのが解る。ありったけの力をそこに込めているのが解る。この一撃で終わりにするつもりなのだろう。

「其は永久の闇……」

 紫苑の瞳が、京介を捉える。ただ無感情に、標的を見定める目だ。

「潰せ、黒天撃――!!」

 直後、芙蓉の手から黒い光が放たれた。

 逃げろ、と誰かが叫んだ。京介は逃げない。逃げることができず、迫りくる砲弾を見据えていた。

 触れたものを例外なく破壊し尽くす闇色の砲撃、黒天撃。炸裂すれば、被害は京介だけにはとどまらない。周りにいる者達も等しく押し潰されるだろう。そういう意味でも、逃げることはできなかった。かといって、受け止めきれるほどの力も残ってはいない。

 ゆえに、残された道は一つだけだ。

 京介は小さく息をつき、掠れた声で告げる。

「来い、狩修羅」

 キン、と。涼しげな音を奏で、喚び出された刀が京介の右手に収まる。

 ()()()()()()()()退()()()()

 持ち主が望めば応えてくれる退魔の刀。思えば、三年前、芙蓉と出会ったばかりの頃、格上の妖相手に窮地に陥った時にも、状況を打開したのは退魔刀の力だった。その時共に戦った刈夜叉は折れてしまったけれど、それと対をなすもう一振りの刀が、こうしてこの右手に巡ってきた。

 失敗すれば即死は免れないが、成功すれば形勢逆転。ハイリスクハイリターンの一手、しかし不思議と、負ける気がしなかった。こちとら退魔師が本業だ。魔を祓うことが専売特許、失敗などできようはずもない。

 ――俺が必ず守ると約束した奴の命も懸かっているんだ。こんなところで、負けてはいられない。

「切り裂け、狩修羅!」

 魔術でさえも切り裂く退魔の刀を振るい、黒天の砲撃を捉える。

 震えていた空気が、しん、と鎮まる。世界が息を止めたかのような静寂。一拍の後、激しい風が吹き荒れる。強大なエネルギーを集めていた殻が破壊され、堰き止められていた力が溢れだし散っていく。深い闇色で染められていた力が、無色の光の残滓となって霧消していく。破壊のために凝縮された力は、ただ髪を揺らすだけの風になって消える。

 渾身の一撃が、掻き消える。風に煽られながら、芙蓉が紫苑の瞳を見開いていた。

「退魔刀は……折れていたはずだ」

「ああ、そうだな」

 夏休みに折れて、そのまましばらく放っておいた。なにせ、折れているのを京介自身もうっかり失念していたのだから。だが、芙蓉は、刀が折れたことを忘れてはいなかった。間抜けな京介と違って、忘れるはずがない。そして、退魔刀はもう存在しないと思い込んだまま、芙蓉は京介の元を離れた。

 互いに相手の手の内を知り尽くした状態での戦闘だ、芙蓉の知らない死角から奇襲するとしたら、この部分だろうなと思っていた。狩修羅を手に入れた時から、これが切り札になると考えていた。芙蓉は自分の攻撃が祓われることは想定していなかっただろう。

 もうお互いに限界だ。そろそろ終わりにしよう。京介は刀を握りしめ、芙蓉に近づく。芙蓉は慌てた調子で右手を突き出し、妖術を使おうとする。

 だが、使わなかった。否、使えなかった。

 びくっ、と芙蓉の体が小さく痙攣する。先刻の一撃、芙蓉はそれで終わりにしようと、全力で放った。まさしく、すべての力を注ぎ込んだのだ。

 遠慮も容赦もなく強力な大技を連発して、とどめとばかりにありったけの力を注いで最後の一撃を放ったのだ。強大な妖力を誇る妖といえども、その力は決して無限ではない。戦いの途中から、芙蓉が深く溜息をつき疲労を見せていたことに、京介は気づいていた。

 芙蓉がたたらを踏む。京介はふっと微笑み告げる。

「俺の勝ちだ、芙蓉」

 京介は退魔刀を振り抜き、芙蓉を薙ぎ倒した。

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