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最後の敵は式神さん(3)

 芙蓉相手に手加減など必要ない。最初から全力だ。京介は右手に大量の呪符を広げる。

「焔弾現界」

 一枚一枚が火焔の弾丸と化す。赤々と燃え上がる火球は部屋の温度を否応なしに引き上げ肌をちりちりと熱する。

「掃討せよ!」

 炎熱の弾幕が芙蓉めがけて飛ぶ。芙蓉は表情を変えない。唇を引き結び、紫苑の瞳にはただ静かな殺意だけを宿らせている。言葉を紡ぐまでもなく、指をぱちんと弾いて、己の周りに漆黒色の球体を生み出す。大きさも数も京介の魔術より上回る。

 宣言通り、向こうも全力らしい。互いに術を撃ち合うと、焔弾と重力弾の衝突で耳を劈く轟音が響いた。灰色の煙が噴き出し視界を埋め尽くすが、見るまでもなく、ブラックホールじみた重力弾に京介の炎が丸ごと呑み込まれてしまったことは歴然としていた。そして、芙蓉の妖術は京介の攻撃を防いただけではとどまらず、爆炎を突き破って牙を剥いた。

 凶悪な色をした重力の塊が高速で飛来する。部屋を横切るように左手へ駆け避けると、腹の底に響くような重い音で空気を震わせながら、弾丸は床やら壁やらを容赦なく抉った。

 芙蓉は京介が逃げる先を確実に読んでいた。攻勢に転じようと立ち止まった瞬間、顔に陰が落ちてきたのが解り、はっと上を仰ぐと、両手で剣を握りしめた芙蓉が頭上を舞っている。切っ先を下向け、そのまま突き刺すように芙蓉が落下してくる。

 後方へと跳躍して、串刺しは免れる。芙蓉の剣は空を切り床に深々と突き刺さった。それを芙蓉は即座に抜き放ち、今度は首を刎ねようかというように横へ薙ぐ。咄嗟に身を屈めて避ける。

 芙蓉の放つ一撃一撃が、致命傷になりうるほど重い。しかし反面、外した時の隙は大きい。剣を振り抜いた瞬間を狙って、呪符を放つ。

「焔穹現界」

 効果範囲を極限まで狭める代わりに、一点集中の突破力と速度に長けた炎の矢で、芙蓉の右手を射抜く。鋭い衝撃と熱に、芙蓉が微かに眉を寄せ、剣を握る手の力が緩む。狙い通り、剣は手から零れ、振り回した勢いのままに見当違いの方向に吹き飛んでいく。

 得物を失い、芙蓉が一瞬怯む。

「焔々現界!」

 畳み掛けるように、京介は焔を纏い、芙蓉の顎先を蹴り上げる。焔の鎧を纏って威力を増した蹴撃で確実に急所を狙い脳を揺さぶった。

 微かに芙蓉がよろめく。しかし、流石に倒れるまではいかず踏みとどまり、キッと鋭く京介を睨んだ。そう簡単には膝をついてはくれない。これくらいの頑丈さは、まだ想定の範囲内だ。

 芙蓉が右手を突き出す。掌の先にエネルギーが集束していく。重力を捻じ曲げ束ねた巨大な球体は、光を歪めて闇色に濁っている。

「重力弾」

 触れるものを片端からぺしゃんこに押し潰す、圧倒的質量の塊が放たれる。触れたら終わり、ならば触れずに回避するのが利口だ。即座に判断して、術符を一枚弾く。

「烈火」

 短く詠唱し、足元で爆発を引き起こす。衝撃と爆風を推進力にして跳び上がり芙蓉の攻撃を回避し、そのまま芙蓉の背後を取る。

 芙蓉が舌打ち交じりに振り返る。しかし、京介は既に砲撃の準備を整え終えている。

 呪符をまとめてばら撒き、右手には膨大なエネルギーを充填。

「砲火現界、殲滅せよ!!」

 圧縮された火焔の砲撃が、ほぼゼロ距離から直撃し、芙蓉を吹き飛ばす。

 先刻芙蓉が放った重力弾が着弾と同時に壁を大きく凹ませる。そして一拍置いて、火焔の砲撃がその壁に芙蓉を叩きつけた。

 反動でびりびりと腕が痺れる。踏みとどまりきれなかった両脚がじりじりと後ろに滑る。それほどまでの衝撃を放った。少しは効いていてほしい。これで平然と立ち上がってくるようなら相手は本物の化け物級だ。

「――成程」

 ぱたぱたと、白い手がスカートの汚れをはたく。渾身の攻撃の直撃を喰らった後とは思えない優雅な所作だ。

「歪な契約を維持するために、お前は魔力の半分以上を喰われていた。それがなくなった今が、お前の全盛期というわけか」

 案の定、化け物級の芙蓉が、平然と、いっそ敵に感心さえしながら歩いてくる。

「そのくらいでなければな。そう簡単に潰れるようでは困る」

 再び芙蓉が指を鳴らすと、周囲には幾つもの黒い重力弾が生み出される。照準を定めるように、すっと真っ直ぐに京介を指差す。

「殄滅しろ」

 渦巻く闇が一斉に迫る。巨大な重力弾はすぐさま視界を黒一色に埋め尽くす。

「焔嵐現界、多重結界」

 避けきれないと見るや、京介は焔の壁を幾重にも折り重ねて盾とする。高密度の炎の壁に、重力弾がぶつかる。激突の衝撃だけで轟音が響く。凶悪な質量は壁を突き破り強引に押し進もうとする。小細工など何もない、強大な妖力に物を言わせる、芙蓉らしい力技だ。

「く……重ッ……!」

 京介はただひたすら、嵐のような衝撃が過ぎ去るのをじっと耐える。

 闇が押し寄せ炎が揺らめく。一瞬でも気を緩めれば、たちまち術は綻び押し潰されてしまうだろう。

 駄目だ。このまま耐えるだけでは駄目だ。防御ではなく、攻撃に転じろ。

 維持しろ。受け切れ。押し返せ――!

「ぅ、ぁ、ぁあああッ!!」

 魔力を注ぎ込む。ほんの一瞬のブースト。炎がひときわ赤く燃え上がり、膨れ上がる。氾濫する劫火が重力弾を押し退け砕き、同時に焔も砕ける。闇が霧消し、火の粉が散る。熱で歪んだ空気の向こうで、芙蓉が目を見開いていた。

 ふぅ、と大きく溜息をつき、芙蓉は不意に目を閉じる。

「これでは潰せない……ならば」

 右手を掲げる。と、床に落ちていた剣が反応し、浮かび上がる。芙蓉の操る引力に引き寄せられ、剣は右手に吸い込まれた。

 再び目を開いたとき、そこには更に色濃い殺気が宿っている。

 剣を両手で持ち直し、頭上に大きく振り上げる。

「星堕し」

 芙蓉の手から禍々しい妖力が噴き出す。濃密で膨大な妖力が凝縮され、特別な眼を用いるまでもなく見えるほどで、破壊力を帯びたそれはあたかも刃の如く黒曜の剣と一体化し、刀身は何倍にも延ばされる。天井を悠々と突き貫くほどの長剣と化したそれを、芙蓉は軽々と振り下ろす。京介は刀の延長線上から慌てて飛び退き床に転げた。

 まさしく星さえも叩き落さんばかりの威力だった。巨大なギロチンが落ちるかのように、刃は天井を切り裂き、反対の壁まで届いてそれを削り取り、床に叩きつけられる。冗談みたいな破壊力に、思わず表情を引き攣らせる。

「全力なのは解ったが、こんな反則級の大技……建物ごとぶっ壊す気かよ……!」

 妖力によって截断力とリーチが無駄に増大した剣は危険極まりない凶器だ。こんなものを涼しい顔で振り回されたのではたまったものではない。

「焔刃現界、溶断せよ!」

 立ち上がりざまに呪符を繰り出し、焔を凝縮させて剣を形作る。目には目を、剣には剣を。妖力の塊には、こちらもエネルギーの塊で剣を生み出し、鍔迫り合いを演じるまでだ。

 黒い刃が横薙ぎに振るわれる。京介は紅焔の剣を以て受け止める。

 重力の刃はその質量を以て炎を削り、焔の刃はその熱を以て妖力の塊さえも焼き焦がし灰にする。互いの刃は激突と同時に周囲に暴風をまき散らしながら敵の刃を力ずくで砕いていく。互いに一歩も譲ることなく、剣を押し返し弾き飛ばそうとする。

 やがて、動力を削られ均衡を保てなくなり、同時に剣が弾かれる。焔は掻き消され霧消し、付け焼刃の黒刃は砕け散り、衝撃で黒曜剣は芙蓉の手から再び零れ落ちた。

 それを拾うべきか否か、芙蓉の視線が迷い揺れる。今が好機、と京介は走る。生半な攻撃は芙蓉には通じない。懐に潜り込み、もう一度ゼロ距離からの砲撃をぶち当てるくらいでなくては。

 京介が肉薄するのに芙蓉は眉を寄せ、牽制するように重力弾を放つ。二発、三発と正確に照準されるそれを止まることなく躱し切り、右手では呪符を鷲掴む。

 間合いに飛び込む。

「砲火――」

 唱えた、瞬間――足元から黒い光が放たれた。

「っ!?」

 光は幾何学な模様で円を描いている。魔法陣だ。敵が踏み抜くと同時に発動する、地雷型のトラップ。

 慌てて飛び退こうとするが、逃げるより先に魔法陣から鎖が伸びて京介を捕えた。ただの鎖ではない。絡みつかれた瞬間に、体がずしりと重くなる。術の施された鎖は錘となって幾重にも体に巻き付く。とても背負いきれる重さではない。堪らずがくんと跪く。

 いつの間に罠を仕掛けられたのだろう、と焦燥の合間に分析する。おそらく、大量の重力弾が放たれた時だ。あの時、視界が塞がれた。芙蓉は重力弾で片が付くとは思っていなかったのだろう。受け止められるのを前提にして、裏で罠を仕掛けていたのだ。

「漸く捕まえた」

 深く息を吐き出し、芙蓉が微かに笑う。

「勝負を急いで不用意に近づいたのが間違いだ。もっとも、罠はいたるところに仕掛けておいた。落ちるのは時間の問題だったが」

 床に縫いつけられてしまったかのように、手を動かすのでさえ満足にいかない。酷く緩慢な動きでなんとか呪符を掴み直す。

「焔々、現界……焼却せよ……!」

 体から炎を放ち、纏わりつく錘を焼く。一刻も早く拘束を抜けて逃げなければならない。しかし、そう考える一方で、おそらくもう遅いだろう、とも悟っていた。まんまと罠にははまってしまった以上、逃げ道が用意されているとも思えない。芙蓉に限って手抜かりはないだろう。

 びりびりと空気が震え、肌がちりちりと不穏な気配を感じ取る。地震の前触れのような感覚には覚えがある。

 実際にはほんの数秒のことだっただろう、しかしやたらと長くもどかしく感じるほどの時間をかけて、鎖を焼き尽くす。それとほぼ同時に、それまでの錘程度とは比べ物にならないほどの重圧が京介を襲う。

 とても立つことなどできない。体を起こしているのでさえ困難だ。強制的に這い蹲らされる。それだけではとどまらない。びしびしと厭な音を立てて床が軋む。亀裂が走る。

 一つの例外も許さず、地を這わせ、押し潰す重圧。逃れることのできない重力爆撃。

「黒鎚よ、叩き潰せ」

 激しい破砕音が響かせ、重力の嵐は床をぶち抜き京介を踏み潰した。

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