それぞれの戦闘開始(5)
月花羅刹を構え、狙うは安達の急所、胸と頭。続けざまに引き金を引く。通常、エネルギーを凝縮させた魔法弾は、殺傷能力こそのないものの、急所に当たれば衝撃と魔力ダメージで妖怪や魔術師を制圧することが可能だ。歌子愛用の銃・月花羅刹は特注品であり、通常よりも強力な魔法弾を放つことができる。当たれば痛いでは済まない程度には、強力だ。
しかし、どんなに強力な弾丸でも、敵に当たらなければ意味がない。そう示すかのように、安達は手にした箒を回して盾代わりにし、光弾を跳ね飛ばしてしまう。
尽く見切られ防がれてしまう、ならばやり方を変えるまで。月花羅刹の特徴は、普通の銃と違って、いちいち弾丸を装填し直さなくても、術者の意思通りに魔力を弾丸に変えてくれることだ。ノーモーションで、通常の攻撃弾から別の弾丸へと切り替えることもでき、多様な攻撃を可能にする。こちらの攻撃をきっちり受け切ってしまう面倒な奴相手は、結界弾で処理する。
結界弾はターゲットに触れると同時に術を発動し、相手の動きを止める。かつて京介の退魔刀でさえ、結界魔術を無効化することはできなかったのだから――もっとも、京介が弾丸の効果を見極めた上で本気を出していれば、あの退魔刀は結界弾でさえも切り裂きそうだが――威力は折り紙つきである。
初見ならまず間違いなく、結界弾を無効化はできないだろう。動きさえ止めてしまえば後は蜂の巣だ。歌子はヘッドショット狙いで結界弾を撃った。
しかし、勘がいいのか運がいいのか、安達は今度は弾かずに避けた。着弾しなければ結界弾は意味がない。歌子は舌打ちしたくなるのなんとか耐える。
敵のブーツが力強く床を蹴る。こちらが拳銃を使うと見るや、瞬時に距離を詰めるべきと判断したか、安達が素早く肉薄してくる。近づけまいと歌子は弾丸を放つが、敵はそれを難なく躱す。せめて掠りでもするか、そうでなければ受け止めてくれればいいものを、安達は完璧に、危なげなく完全回避する。歌子が避ける先を読んでも、それを更に上回るように的確に先読みされて、何度追いかけ照準しても攻撃が外れてしまう。こんなにも当たらないのは初めてのことで、射撃手としては屈辱だ。
安達がいよいよ間合いを詰める。だんっ、と大きく踏切り、両手で持ち直した箒を振り下ろす。重厚な金属製の箒の柄は、当たれば痛いでは済まなそうだ。軽々振り回してはいるものの、明らかに凶悪そうな鈍器の一撃を、歌子はバックステップで避ける。落とされた箒が床を打ちつけ激しい金属音を響かせた。
歌子はちらりと背後を気に掛ける。潤平と美波には充分に下がってもらったが、この調子で攻め込まれ続けたら危ない。今のところ安達は箒を使った近接技以外を見せていないが、中距離射程以上の魔術を使うとすれば、そろそろ二人が敵の射程圏内に入ってしまう。これ以上は踏み込ませられない。
多少強引にでも押し返すべく、歌子は魔力を充分に込めてトリガーを引く。
「砲華掃射!」
今までの弾丸よりも遥かに威力を上げた砲撃が、敵を吹き飛ばさんと放たれる。凝縮された高密度の魔力砲撃は、ほぼゼロ距離まで近づいてきていた安達を一気に押し返すカウンターとなるはずだった。だが、本能的に危機を察したのか、安達はすんでのところで身を翻し射線から逃れていた。歌子は苛立ちのままに舌打ちする。対する安達は無表情のまま、再び距離を詰め懐に潜り込み、箒を振るう。
横薙ぎに振るわれた箒の柄が歌子の側頭部を打ち、そのまま横合いに吹き飛ばす。思った以上に凶悪な鈍器で殴られた上に壁に叩きつけられ、鈍痛に唸る。基本的に射撃を得意とする歌子は、近接戦に持ち込まれるとどうしたって不利だ。いつもなら、懐に潜り込まれたとしても、近接戦を得意とする紅刃のサポートがあったから問題がなかったが、こうして一人で戦うとなると、使える魔術と戦法の脆弱さが露呈する。
「思ったよりも手応えがないわね。私としてはラクでいいけれど」
「言ってくれるじゃないの」
安達の挑発を受け流しながら歌子は態勢を立て直す。
その時、安達に向かって横手から銀色のアタッシェケースが投げつけられる。潤平が持っていたものだ。建物の対魔術師用術式を破壊するための武器を仕舞っていた箱だが、その役目が終わって空っぽとなった今はただの鈍器としてしか使い道がないと思っていたところであり、潤平がまさに鈍器として攻撃に使うためにぶん投げたようだった。
安達の意識は完全に歌子に向いていた。意識の外側、死角からの奇襲である。グッジョブと叫んでやりたい気分だった。
だが、
「無駄よ」
安達は潤平の方に見向きもしないまま箒を振り回し、奇襲攻撃を叩き落してしまった。
「おいおい、今のを防ぐのかよ!」
潤平が唖然としている。歌子も同感だった。防げるはずがないと思ったのに、あっさりと攻撃を見極められた。直撃を受けて頭蓋骨骨折しろとまで言う気はなかったが、ちょっと掠ってダメージを負うとか、もう少し驚いて隙を見せるとか、何かあってもいいだろうに。
これは流石におかしい、と歌子は不審に思う。攻撃は尽く防ぐし、結界弾を放った時に限って避けてしまうし、死角からの奇襲も難なく躱す。凶器を振り回すのが得意な近接戦専門かと思ったが、もしかするとそうではないのかもしれない。何か魔術を使って、こちらの攻撃を完全に防御しているのだとしたら。
「そうか、解ったわ……!」
一つの可能性を閃き、歌子は名探偵よろしく安達を指差し推理を披露する。
「あなた、さては背中にもうひとつ目玉がついているのね!」
「違うわ」
「……」
即座に否定された。格好がつかない。潤平と美波が目を逸らして何も聞かなかったことにしてくれようとしていた。大人な対応に涙が出そうだ。
安達は呆れた様子で溜息をつく。
「別にばれたところでどうなるわけでもないから、種明かしをすると、私の魔術は一定範囲内にいる人間の思考を受信できるもの……馬鹿なあなたにも解るようにざっくり簡単に言うと心が読めるってこと。だから、あなたがどこを狙っているのかもばればれだし、結界弾を使って拘束しようとしてたのも解ったし、そっちの坊やの奇襲もあらかじめ解っていたってわけ」
「そ、そんなのズルい! 人の心を覗き見するなんて、破廉恥だわ!」
破廉恥かどうかはともかくとして、安達の魔術が読心術だというのが真実なら、どうやって攻撃を通せばいいのか見当がつかない。無暗に術を撃っても無駄に消耗するだけとなると、引き金を引き続けてきた指も躊躇いで硬直する。
どうしたものかと思案し、しかし考えたところで、その考えさえも読まれてしまうのだと思い始める。とはいえ無策で突っ込んでも勝てないだろう。思考がぐるぐると堂々巡りになってきて進展しない。
そんな歌子の焦燥をよそに、不意に潤平が不敵な笑みを浮かべた。
「馬鹿め、調子に乗ってネタバレなんかしたのが運の尽きだぜ。俺にはお前の読心術の攻略法が見えたぜ」
「……」
安達は無表情に潤平を睨む。既に潤平の心を読んで、彼が言う「攻略法」が解っているはずの彼女が何も言わないのは、図星であるせいか、はたまた呆れて物も言えないからか。
「一定範囲内にいる人間の思考を受信、ってことは、魔術の効果範囲には限界がある。遠く離れた奴の心までは読めないってわけだ。つまり、俺が遠く離れたところから攻撃すれば当たるってわけだ!」
「馬鹿ですか、兄さん」
敵より先に味方である美波が冷酷にツッコんだ。
「そんな離れたところから、兄さん、どうやって攻撃するんですか。そんな方法あるんですか」
「……お、おう。それは考えてなかった。あ、じゃあ、歌子ちゃんが離れたところから銃で撃てばいいんじゃないか」
「魔術の効果範囲外まで退避するのを、敵が黙って見物してくれているとでも?」
「…………おおぅ。それもそうだな」
「繰り返しますが、馬鹿ですか、兄さん」
「すみません俺が馬鹿でした」
「ちょっと、もう少し頑張ってよ! 期待しちゃったのに!」
潤平はあっさり自分の愚かさを認めて諦めた。一瞬潤平の閃きに期待してしまった歌子はがっくりと落胆する。
「酷い茶番だったわ。もう終わりにさせてもらうわよ」
溜息交じりに、安達が箒を握り直して動く。歌子は咄嗟に銃を構えるが、命中させられるイメージが全く湧かなかった。思わず指が止まる。と、安達が振るった箒で歌子の手から銃を弾き飛ばした。
得物を奪われ呆然とする歌子の鳩尾に、突きが繰り出される。息が止まるような衝撃。次いで、鋭い回し蹴りが体を抉り吹き飛ばした。
「ああッ!」
「歌子ちゃん!」
床を転がる歌子に、潤平と美波が駆け寄る。二人の手を借りながら起き上がるが、体中がずきずきと軋んだ。このままではいけない、どうにか反撃しなければ、と思うが、愛用の拳銃は安達の足元に転がっている。
「一撃すら食らわせることもできないなんて、拍子抜けもいいところだわ。当てられない拳銃なんて、要らないわよね」
愚弄の言葉を吐き捨てながら、安達は箒をくるりと回転させ、拳銃に向かって柄の部分を勢いよく突き下ろした。
「!」
がしゃん、と激しい音。月花羅刹が砕かれる音だった。
パーツがばらばらに飛び散り、どう見ても再起不能、完膚なきまでに叩き壊されていた。敵にとってはたかが道具かもしれない、だが歌子にとってはそうではない。そのあまりに残酷な光景に、歌子は愕然とする。
「わ、私の銃……」
思いがけず声が上擦る。ずっと一緒に戦ってきた、愛用の銃が、無残な姿に変えられてしまった。それは、武器である以上に、自分の一部であるような、大切な宝物だったのに。
ひどい喪失感。寂しくて、悲しくて、しかしそれ以上に、怒りが沸き起こった。
耐えるようにぐっと唇を噛み、立ち上がり、敵を睨みつける。
「よくも……よくも人の大事なものを壊してくれたわね!!」
この女のことは許さない。絶対ぶちのめしてやる。
歌子は安達に向けて右手を突き出す。
右手そのものが銃身であるかのように。
『ところで、歌子はどうして銃を使うんだ?』
いつだったか、京介に訊かれたことがある。
『普通の銃と違って、魔法銃は弾丸装填の手間がなく連射できるし、術者次第で弾丸の効果を自由に設定できるから便利なのは解るけれど、銃を使わなくても術は使えるだろう』
確かに京介の言うとおりだった。京介のように呪符を使うのでも、呪文を詠唱するのでもいい。魔力エネルギーをそのまま弾丸に変えるだけのシンプルな術であれば、慣れれば無詠唱でも魔法陣を展開して撃つことも可能だろう。魔術を上手くコントロールするコツの一つはイメージがしっかりしていることだと言われているので、最初のうちは銃を使うのも解るが、熟達してくればいつまでも拳銃という形にこだわることはない。京介の疑問はもっともであった。
いつかは訊かれるだろうな、とは思っていたことだが、やはり答えるのは気恥ずかしいな、と歌子は頬をかいた。
『ええっと……この銃は、私が小さい頃、魔術師として、ほんとに修行し始めた頃に、父から賜ったものなの。そう、丁度、紅刃と初めて会った頃にね』
それからずっと共に在った武器だ。
『私の一番の相棒は勿論紅刃だけれど、この銃は、まあ第二の相棒ってところなわけ』
『そうだったのか』
『……とまあ、それも一つの理由なんだけど。実はもう一つ、割と深刻な理由があって』
実はね、と打ち明けると、京介は唖然としていた。
想像する。己の手は銃そのものとなり、紡ぐ呪文は引き金だ。
右手に魔力を集束させる。掌から銃口の代わりに魔法陣を展開させる。
「光を束ねし弾丸以て、眼下の敵を撃ち貫かん!」
光の粒子が集められ、巨大な砲弾へと変わる。安達は一瞥すると冷笑した。
「無駄だって言っているのが解らないのかしら」
狙いは全部解っている、と安達は見くびってくれる。歌子は構わず砲撃を放った。
発射と同時に、安達は回避行動を起こす。砲撃が狙う場所を解りきっているが故に、瞬時に判断して動いたのだろう。
だが、直後、安達は目を瞠る。まっすぐに敵を射抜かんと放たれた砲撃は、数歩横に跳ぶだけで簡単に避けられるはずだった。ところが、放たれた魔力砲は、途中で軌道を曲げ、安達の方へ向かっていった。
「なっ……!」
思考を読んで完璧に避けたはずの攻撃に追われ、安達は硬直した。その一瞬の思考停止のため、術の直撃を免れることができなくなった。光の渦が安達を呑み込み跳ね飛ばす。
耳を劈く衝撃音と共に、嵐のような砲撃が突き進む。安達はそれに押し流されて床を転がり、一方それを放った方の歌子まで、反動で後ろに吹き飛び転がった。
「あうっ」
いささか間抜けな呻きをあげながら転げ、少々頭を打った。派手に打ちつけてずきずきと痛みだした頭を抱えながら起き上がると、敵の方はそれ以上に全身を殴打して吹き飛んでおり、完全に沈黙していた。
「……あ、当たった。すげえ、一撃必殺!」
一拍置いて潤平が歓声を上げる。興奮した調子で飛び跳ねながら駆け寄ってきて、歌子が立ち上がるのに手を貸してくれる。
「勝った、んだよな」
「そのようね。なんとか」
自分でもよく勝てたものだと歌子は信じられない気分になった。
「どうして読心術者相手に攻撃を直撃させることができたんですか?」
美波が訝しげに問うてくる。潤平は「勝ったんだから細かいことはどうでもいいじゃん」とばかりに能天気に笑っているが、美波の方は気になるらしい。
正直に種明かしをするのは気恥ずかしい話なのだが、頑なに隠すことでもないので打ち明けることにする。
「彼女は私の思考を読んでいたわ。私が大型の直射砲でぶっ飛ばするつもりでいるのを。読み切って、しっかり避けた」
「では」
「なんていうか……月花羅刹は術者の意思通りに照準と威力を調整してくれる優れモノでして……要するに、銃がないと、私、ノーコン過ぎて思った通りに撃てないのよね」
そろそろ克服したと思ったんだけどやっぱ駄目だったか。まあ、結果オーライだけど。
歌子はあっけらかんと笑い、潤平と美波は反応に困って苦笑していた。




