我らが将を救出せよ(6)
それから、ああでもないこうでもないと作戦会議をして、一時間ほどが経った。
初めに反応したのは恋歌だった。はっと目を見開いて顔を上げると、鋭い声を上げた。
「まずいわ、もう勘付かれた」
「恋歌?」
「私がかけた旧校舎の結界、その周りを囲むように誰かが結界を張ったわ。事を構える気ね」
その意味するところは瞬時に解った。旧校舎は、グラウンドを挟んだ向こうに新校舎があり、潤平と美波はサボってしまったが、現在その新校舎では一般生徒たちが授業の真っ最中だ。おかしな騒ぎが起きればすぐに気づかれる。魔術師中央会がひっそりとこちらを始末しにかかるなら、周りから気づかれないように結界術を施す必要があったのだろう。
無論、そうすれば中にいる敵に、自分たちが来たことを教えるようなものだが、そのデメリットよりも、一般の人間を巻き込まないことを選んだのだろう。そういった配慮をするあたり、魔術師中央会はやはり善玉組織なようだ。だが、今回ばかりはどうしようもなく敵である。
攻撃の第一波が来ることを予期してか、恋歌が叫ぶ。
「伏せて!」
潤平の行動は早かった。窓から離れてベッドの向こうに回り込む。美波がこちらの意図を察してくれて、京介を床に下ろして庇うように抱きかかえると、潤平はパイプベッドを九十度倒して壁がわりにする。周防もちゃっかりと壁のこちら側に避難した。
直後、轟音が響く。耳を劈くような砲撃音に、潤平はびくりと心臓を跳ねさせ、反射で耳を塞ぐ。空気が震える。がらがらと、何かが壊れ崩れる音。壁の向こう側で何が起きているのか、気になる、だが見たくないような気もする。爆心地にいるみたいな激しい音が間近で聞こえる。だが、不思議と潤平たちに攻撃が当たることはなかった。
やがて音が止むと、潤平は恐る恐るベッドの向こう側を覗く。潤平たちを庇うように、紗雪と恋歌が立っている。どうやら、彼女たちが障壁か何かで守ってくれたようだった。
だが、彼女たちでも守りきれなかったらしい――保健室の窓ガラスは全部粉々に割れ、壁も一面が取り払われて吹きっ曝し状態になっている。
「正面から突撃とは、随分と荒々しいご登場ですこと」
紗雪はスカートの埃を払うようにぱんぱんと手で叩く。彼女の体越しに、旧校舎前に進軍してきていた連中を見据える。
いつぞや見た制服を纏った男たちが、ざっと三十人ほど。多勢に無勢にもほどがある。こちらは弱小パーティだというのに、容赦なく手勢を送り込んできたものだ。
先頭に立っている男が隊長らしく、声を張り上げる。
「私は魔術師中央会、捜査課捜査第三係長、志麻猛である! 不破京介、並びにその逃亡を幇助した妖怪共に告ぐ。私たちは中央会の精鋭魔術師だ。この人数差、勝てる見込みがないことは一目瞭然。投降すれば命までは取らない!」
潤平はとりあえず、時間稼ぎのつもりで叫び返してみる。
「命までは取らないって言って、ほんとに命まで取らなかった奴なんていねえんだよ! もっとマシな呼びかけを考えてから出直せー!」
すると、少しは効果があったのか、志麻が暫時黙り込む。
やがて、志麻がもう一度叫んだ。
「妖怪共に告ぐ。今すぐ投降しろ! ただし、投降しても命の保証をするわけではないことを予め了承した上で降伏しろ!」
状況が悪化した。もう黙ろう。
精鋭魔術師三十人。対するこちらは、まともな戦力が紗雪と恋歌の二人だけときた。潤平は圧倒的不利な状況に、ごくりと息を呑む。
すると、紗雪が鈴のような綺麗な声で言う。
「大変申し訳ありません」
それを懺悔の言葉と受け取ったのか、志麻が僅かに表情を緩ませる。
が、次の瞬間、
「わたくし、豚の言葉は理解できませんので、ちゃんとわたくしにも解るように人語を話してくださいます?」
志麻の顔が引きつった。
後ろで聞いていた潤平もこの上ない挑発に青ざめた。恋歌は能天気にけらけら笑っていて、美波まで「あの方、やりますね」などと感心している。
先程よりも怒りを含んだ声で志麻が叫ぶ。
「十数えるうちに投降しろ! さもなければ一斉攻撃を始める! 十! 九! ……」
早くも始まったカウントダウンに、潤平があたふたとしていると、紗雪が肩越しに振り返り、短く告げる。
「わたくしたちがあの豚共を引きつけている間に、あなたがたは廊下の方から逃げてくださいまし」
「紗雪たちは大丈夫なのか?」
「大丈夫かどうかは微妙ですが、どちらにしてもあなたがたがここに留まる理由はありませんわ」
要約すれば戦力にならないんだからとっとと逃げろ、ということだ。辛辣だがまったくその通りだし、この場は彼女の言うとおりにするほかない。
「お前ら、無茶すんなよ!」
周防がそう言って先導する。当たり前のように逃げる組に入っているが、とりあえず誰もツッコんでいる暇がないので何も言わない。廊下側の扉を開けて逃げようとする。が、その瞬間、周防が悲鳴を上げた。
「っひいぃぃ!?」
「!」
逃げようとした扉の先、そちら側に魔術師が待ち構えていたのだ。
校舎の外では志麻のカウントダウンがまだ続いている。カウントが終わる前に、忍び寄っていた魔術師がこちらに近づいてくる。投降を待つ気など最初からなかったのだ。派手な攻撃で腕の立つ用心棒たちを引きつけ、本命の手はこちら、そそくさと逃げようとする戦力外の潤平たちから何の苦も無く京介を掻っ攫う作戦だ。
「そ、そうはさせるかぃ!」
一瞬前まで怯えていた周防だが、それを振り払って、果敢にも魔術師に飛び掛かる。が、魔術師はハエを払うがごとく手を振って、あっさりと周防を弾き飛ばした。
紗雪たちが僅かに焦った調子で、こちらに助けに入ろうとする気配。しかし、直後、結局カウントダウンを無視して一斉攻撃を開始した志麻たちのせいで、それができなくなった。
杖から放たれる魔力砲撃。それを防ぐために、紗雪と恋歌は障壁を張ることに集中しなければならなくなった。そちらが破られれば全員まとめて砲撃の餌食だ、気は抜けないだろう。そうしている間にも、背後では思惑通りに尖兵が事を運んでいる。
「みなさん、なんとか気合で逃げてくださいな!」
役に立つアドバイスを放棄して、紗雪がついに根性論を訴え出した。これは相当ヤバそうだぞ、と潤平は直感する。
「大人しくしていろ、ガキども」
野太い声で威圧される。竦みそうになる体、しかしそれに鞭を打って、潤平は己を叱咤するように吠える。
「誰がお前らの言いなりになんてなるか、バーカ!」
そして、背中に手を伸ばす。生半可な気持ちで魔術師の世界に足を突っ込みはしない、こんなこともあろうかと、ベルトに差してシャツで隠していた銃を取り照準する。勿論、本物の銃ではなく、殺傷能力などありはしないが、高校生がいきなり銃を取り出したことで、魔術師は僅かに面食らったようだった。
その一瞬の隙に引き金を引く。
ぱんっ、と乾いた音が響く。直後、特製の真っ赤な弾丸が男の額にヒットして赤い汁を弾けさせる。その様は、さながら脳天をぶち抜かれたがごとくだ。
虚仮脅しか、と笑おうとしていたらしい男の顔が、すぐさま歪んだ。
「な、なんだ、これは、ぎゃ、あああっ!」
痛みで開けていられないらしく目をギュッと閉じて顔を覆い悶える男を見て、潤平は作戦成功を確信してふっと笑う。
「改良に改良を重ねたジョロキアボール・ガン! 普通の高校生と思って侮ったな!」
「こんな、物騒な物を持って、『普通』を自称するな……!」
男がもがきながらも律儀にツッコんだ。
「兄さん、今のうちに逃げましょう!」
言いながら、美波が容赦なく男に金的を喰らわせた。
がくがくと震え悶絶し床に沈没した男を尻目に、逃亡を図ろうとする。しかしその瞬間、男の姿がさらさらと砂のように崩れ、霧消していった。そして、その向こうから、悠然と歩いてくる男。今ぶちのめしたはずの魔術師が部屋に入ってきた。
「な、なんで……」
驚愕する潤平に、男は得意げに笑って言う。
「残念だったな、今お前たちが倒したのは私が作った人造式神、つまり偽物だ」
「オイふざけんなよ、今完全に俺たちが出し抜いた流れだったじゃねえか! 俺の感動を返せ!」
いきりたって、潤平は再び銃を構える。しかし、最初は上手く虚を突けたから通用したが、二度目ともなれば不意打ちは効かない。照準するより先に、魔術師は手に持っていた杖を振るって潤平の手から銃を弾き飛ばした。
「手詰まりのようだな」
魔術師がにやりと笑う。
男が勝利を確信し、潤平がここまでかと凍りつく。
その時、
「うっ!?」
男の体が突然揺れ、小さく呻き声を上げる。驚愕に目を見開き、男の体がぐらりと傾いで床に沈んだ。どうやら後ろから攻撃されたらしい。
男は小さく震えながら、苦しげに言う。
「ふ、ふざけるな……今完全に俺が一本取った流れだったじゃないか……!」
そんな嘆きを、男の背中をローファーでげしっと踏みつけ黙らせた上で、一蹴する声があった。
「んなこと知らないわよ、馬鹿じゃないの?」
「みんな、無事?」
容赦ない一言で魔術師を倒した少女と、その後ろから顔を覗かせた青年――黒須歌子と紅刃の二人組だった。




