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我らが将を救出せよ(3)

 神ヶ原大学でまことしやかに囁かれる都市伝説がある。曰く、地下には秘密結社のアジトがある、とのこと。冗談みたいな噂だ。なんでも、神ヶ原大学の構内では、前を歩いていた人間が角を曲がった直後や建物の影に入った途端に消えてしまう、などということが時々目撃されたのだという。悪ノリした学生たちは面白がって「地下に何かある」「秘密結社がある」などといい加減なことを言いだすようになった。本気で信じている奴はいないだろう。要はそういうネタなのだ。

 そのネタを隠れ蓑に、ひっそりと、というかむしろ堂々と、地下施設は存在していた。秘密結社ではなく、魔術師中央会神大地下支部である。



「馬鹿なあなたでも解るようにもう一度言ってあげる」

 疲れたような、それでいてどこか楽しんでいるような、女の声が響く。

「私たちが知りたいのは、三年前の事件の詳細。王生樹雨の式神を奪った動機とか、契約を横取りする魔術の仕組みとか、その情報がどこまで広がっているかとか、ね。少なくとも、千鳥八尋の魔術はあなたから漏れた情報を元に完成させているんじゃないかっていうのが私たちの見解なの。卑劣な略奪の魔術を、あなたがどうやって作り上げて誰に教えたかは、特に大事なところ」

 女――葛城麻耶かつらぎまやは、かつん、かつんとヒールを鳴らして、狭い部屋をぐるぐると歩き回る。

「そろそろ素直に話してくれる気になったかしら」

「……芙蓉は、俺の式神だ。何度言わせる気だ」

 京介は掠れた声で吐き捨てた。

 狭苦しい部屋に閉じ込められ、休む間もなく尋問される。もう時間の感覚もない。京介は椅子に座らせられたまま、ぐったりと項垂れる。両手は椅子の後ろで手錠をかけられ、その錠には魔封じの術がかかっているらしく、当然魔術で脱出することはできない。葛城に何度も繰り返し同じことを問われ、疲弊しきっていた。

 意識が飛べば、すぐさま叩き起こされる。失神と覚醒を繰り返し、精神が擦りきれそうになっていた。

「どうして王生樹雨がそんな嘘をつくの」

「知らない」

「じゃあ王生を刺したのは誰」

「知らない」

「芙蓉姫が王生を主だと言ったのはどうして」

「知らないって、言ってるだろ」

 葛城は聞こえよがしに溜息をつく。

「あのね、あれもこれも知らないって、それでいて『私は何もしていません』って、そんなのが通用すると思っているの? 否認したって無駄なのよ、王生樹雨と芙蓉姫、二人の証言が揃っていて、契約紋という証拠もある。こうやって尋問しているのは、あなたが白か黒かを判断しているんじゃないの、あなたは真っ黒って決まっているんだから。ただ、きちんと裁くためにあなたの罪がどの程度かを判断しなきゃいけないし、二次被害を防ぐ目的もあるし、そういうわけで事件の詳細を訊いてるわけ」

「話せることなんてない」

「学習しない子ね。いいわ、そういう子に自白させるのが私の仕事だし」

 くすりと愉悦を浮かべると、葛城は腰のベルトに差していたナイフを抜いた。銀色に光る刀身をぺろりと舐め、どこから切りつけてやろうかと見定めるような視線を向ける。

 京介は衝撃に備える。両手を戒める呪符には、魔封じの他にもう一つ、厄介な術が施されているのを、今までに嫌というほど思い知らされていた。

「いつまで耐えられるかしら」

 楽しそうな声と共に、ナイフが降って来た。びっ、とシャツを切り裂かれ、露出した肌には青痣が浮かんでいる。戯れるように、あるいは恐怖を煽るように、冷たい刀身で肌を撫でていた葛城が、ゆっくりと胸にナイフの切っ先を立て、皮膚を薄く裂いた。

「っああああ!」

 たったそれだけで、京介は全身を引き裂かれるが如き激痛を感じ悲鳴を上げる。赤い血の珠が噴き、肌を伝って落ちていく。傷は浅い、ただの引っ掻き傷程度のものだ、しかしその痛みは思考を真っ白に灼くほどに深い。

「はぁ……はぁッ……」

「切られるのはキツいでしょうね。痛覚が鋭敏になっているからなおさら」

 魔術封じと共にかけられているのは、痛覚を引き上げる術だ。掠り傷程度の傷でさえ、致命傷を負ったかのような激痛を感じる。何倍にも膨れ上がった痛みに襲われ、体は限界を訴えるようにがくがくと痙攣する。

「はい、じゃあ、簡単な質問からしてあげる。三年前、あなたは王生樹雨を襲撃した、そうね? ほら、首を縦に振って認めるだけ、それくらいできるでしょう?」

 痛みで屈服させて望む証言を引き出そうとする。一昔前の横暴な警察みたいなやり方だ。こんなやり方で自白をさせたところで、現代の裁判では証拠にはならないだろう。だが、お互いが魔術師である以上、公正な法廷での裁判にかけられることはない。

 弁護士が味方についたり、黙秘権が認められたり、暴力により脅迫されることがなかったり、そんなやり方は、人間相手ならそれでいいだろうが、魔術師や妖怪相手ではヌルい。なまじ力があるから、罪を犯した魔術師や妖は、平気で嘘をつくし、反省なんてしないし、甘さを見せれば逃げられる――というのが、魔術師中央会での認識だ。

 ゆえに、捕えられた時点で、人道的な扱いをしてもらえるとは思ってはいけない。ある程度覚悟はしていたが、ここまでキツいとは。

 だが、ここで強引な尋問に屈して身に覚えのない罪など認めようなら、あとからの弁明は聞いてもらえなくなる。どうにか耐えなければならない。混濁とする意識で、京介はかろうじて首を横に振り、葛城の言葉を否定する。

「……あら、そう。まだ足りないみたいね」

 葛城は呆れたように言うと、ナイフの先端で傷口をつつく。

「っく――ぁ、ああッ」

 脂汗の浮く白い喉を仰け反らせて苦痛に喘ぐ。痛みを逃そうと身を捩るも、手錠が手に食い込み余計な痛みを生み出すだけで甲斐はない。

 ぶつん、と糸が切れるみたいに、何度目かの失神をする。だが、それも一瞬のことで、すぐさま葛城に引き起こされる。

 葛城が前髪を引き掴んで強引に顔を上向かせ、首筋にはナイフを突きつける。焦点の合わない目で見返すと、葛城は相変わらず愉快そうな色を浮かべた瞳をしている。真正のサディスト、との噂に間違いはないらしい。

「まだお寝んねには早いわよ。口を割らないって言うなら、素直になれるまでたっぷり可愛がってあげる」

 葛城がぺろりと赤い舌を覗かせて舌なめずりをした。


★★★


 神ヶ原大学の特徴を挙げるなら、二つ。豊富すぎる学部と、それを支える無駄に広い敷地である。

 十の学部と三十の学科があり、学生たちが学部を跨いで幅広い授業を受講可能、というのが一つのウリになっている。「やりたいことが何でもできる!」とのキャッチフレーズで宣伝されているが、学生たちの間では「何でもできすぎて、逆に何をすればいいのか解らなくなる」との生々しい声も聞こえてくるという。

 広すぎる敷地は柵で囲まれているわけでもなく、学生以外でも入れてしまう。建物も、パソコンがある部屋や図書館等の一部施設を除けば、学生証の提示も特に必要ではなく、部外者も簡単に立ち入りできてしまう。開けた場所なのだ。

 実際、図書館前の広場はちょっとした公園みたいに芝生が広がっていて、その前には噴水もあるから景色も悪くない。母親が小さな子供をつれてきている光景も見られるらしい。また、食堂は一般の方も歓迎、といった具合。

 潤平と美波は、誰に怪しまれることもなく、神ヶ原大学の敷地に足を踏み入れていた。誰かに咎められた場合は、進学希望の大学を見学に来たと言い訳すればいい――実際、嘘ではない――と思っていたが、その必要も、どうやらなさそうである。

 時刻は十時半を回ったくらい。おそらくは授業の真っ最中であろう時間だが、大学生は高校生までと違って時間割に融通が利くから、当然ながら、授業の行われている時間帯に全ての学生が拘束されているわけではない。潤平たちが通りかかった図書館前の広場には、休憩中らしき学生たちがちらほらと見受けられるし、なぜかジャグリングの練習をしている学生もいた。

「どうやらこの地下にアジトがあるらしい、と解ったまではいいですけれど、よりによって神大とは……広すぎて、どう地下に行けばいいのか」

 美波がぼやく。潤平も同感だった。どこかには入り口があるのだろうが、虱潰しに探すには、この場所は広すぎる。

「周防、ここまで来たんだからさ、怪しい場所の気配とか解んねえのか?」

 潤平の肩の上が気に入ったらしくずっとそこに陣取ったままの周防は、潤平の問いに力なく首を振る。

「俺様の感知能力はさほど有能じゃねえんだぃ。重要なアジトなんだから、きっと結界術でもかけて、うっかり普通の奴が紛れ込んだり、敵に侵入されたりしないようにしてるんだろうさ。京の字の眼ならその術の痕跡を見つけられるかもしれないが、俺にはさっぱりだぁ」

「くー、ここまで来たのによ」

 潤平は悔しさに拳を固める。

「まだ諦めるのは早いですよ、兄さん。とにかく、どこか怪しい場所を探してみましょう。効率は悪いかもしれませんが、じっとしているよりはマシです」

「あ、ああ、そうだな」

「手分けしましょうか」

 美波はそう提案したが、潤平は少し考えて首を横に振る。

「もし魔術師たちに見つかったらヤバい。俺たちがこんなところにいるって時点で、俺たちが記憶を取り戻して京介を探しに来たことはばれるだろ。そうなったら、奴らが何をするか解らねえ」

「……確かに、そうですね」

「迅速に怪しい場所を探す。だが、向こうに気取られないよう、慎重に、だ」

「ええ。きっと向こうも、地上の全部のことを逐一監視しているわけではないでしょうから、極力目立つ動きを避けていきましょう」

「ああ、基本的には普通の学生に紛れる方向でさりげなく……」

 と、言おうとした潤平だが、肩の上にのっている狐を思い出して天を仰ぐ。どこに妖狐を引き連れた普通の学生なんぞが存在するというのだ。

「ま、まあ、なんとかなるだろ……」

 最終的には周防の存在という致命的な不自然さをスルーする方向になる。

 そうして、二人と一匹は、手始めに図書館近辺を捜索しようか、という話でまとまる。

 そんな彼らは、背後に忍び寄っていた女の存在に、寸前まで気づかなかった。

「――こんなところで、何をしているのかしら?」

 そう声を掛けられて初めて存在に気づき、潤平は身を強張らせた。

 ここで潤平たちに声をかけてくるのは、間違いなく敵――そう判断し、潤平は慌てて懐に隠していたスタンガンに手を伸ばす。だが、それより早く、肩にがしりと手がかけられた。

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