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真鏡

作者: 出島優

「それがお気に召しましたかな?」

しわがれた老人が話しかけてきた。


ただの暇つぶしだったのに...。やっぱり一人で店に入ったら絡まれるなー。こんな古臭いデザインの鏡、気に入る人なんていないでしょ。

「それは”真鏡”というものでしてな、普通の鏡ではないのですよ。」

「? 手鏡じゃないんですか? 真鏡?」

「ええ、真鏡の手鏡です。ためしに覗いてごらんなさい。」


鏡を見ると、まぁ中の上(と私は信じている)顔が映っていた。...が何かがおかしい。前髪と、あとペンダントの形が...?


「そう、”真鏡”は持ち主を本来の向きで見せてくれるのです。鏡は逆に映ってしまいますからね。便利でしょう?」

「へぇぇ、そんなのがあるんですね。」

「私の年だったらもう気になんてなりませんが、お客様くらいのお年の方でしたらほかの方からの視線も気になるでしょう?これでしたらいちいち反対にしたら、なんて考えなくてもいいですし。」

「いいですねこれ。おいくらなんですか?」

「そんな高いもんじゃございません。なんせ鏡ですからね。500円がいいところでしょう。」


カフェでコーヒー1杯我慢すればいい金額だ。


「すいません、これいただきます!」




「―だから、―であってだね、―なんだよ。」

「ふーん、そうなんだ。」

不思議な手鏡を買って一週間くらい経った。今日はデート、というか定期的な会合みたいなもの。

もともと周囲がはやし立てたせいで付き合うことになった関係だ。特に別れる理由もないから付き合っているものの、この人にドキドキしたことはない。いい加減やめた方がいいのかな?時間とお金ももったいないし。デート場所もいっつもカフェだし。

「―だから、―だと思うんだけど、岬はどう思う?」

「え、あ、うん。そう思うよ私も。」

「だよな、やっぱ俺たち愛し合ってはないよな。」

「へ?」


そんな重要な話、いきなり始めたのこの人?!

「―お互いの友達が言うから付き合ってたけどさ―」

しかもあの退屈な世間話の後に?

「―こういうのってよくないと思うんだ。だって不誠実だし―」

しかもなんかこっちが気づいてなくて、わざわざ言ってやったみたいな言い方で...

「―だから俺たち、もう別れた方がいいんじゃないか?」

鈍感で堅物で、話つまんないダメ男のくせに!!


「うっさいわね!あんたみたいな男、こっちから願い下げだわ!!」



部屋のベッドに倒れこんだ。

気のいい友人たちは朝まで付き合ってくれた。みんな仕事にいけるだろうか。

飲みすぎたのか、頭がくらくらする。気が付かないうちに泣いてたみたいで目もしょぼしょぼする。髪もべたべたで、タバコと炭のにおい。

きっとひどい顔だろうな。鏡で見たら、ちょっとは笑えて来るかな。

かばんから鏡を取り出した。


「なにこれ」

鏡には、わたしの顔は映っていなかった。

その小さな鏡面には、なぜかスーツ姿で本を読んでいる彼がいた。

『一志、何読んでんだよ?って女との話し方の本?!お前が?!』

『うん、俺話うまくできないから。彼女にちょっとでも、楽しんでもらおうと思って。』


『工藤君、なに見てるの。』

『明日、彼女が大きな仕事が終わるらしいので、どっか飯でも行こうかなって。』

『彼女の仕事の予定とかまで把握してんだ...』

『だって忙しい時に会いたいって言っても迷惑だろうし。本当は、毎日一緒にいたいくらいですけど。』

『ふーん、じゃあまずカフェじゃなくてレストラン探すとこから始めましょうか。』


『飲みすぎだぞお前。』

『岬は、俺のことを愛してないんです...このままだと岬に悪いから...俺よりももっといい人は絶対いるから...どうしてもダメなんです、俺じゃあ...』



鏡にはもう彼は映っていなかった。

代わりに髪はぼさぼさ、肌も荒れて、...そして真っ赤な顔をした私がいた。


なるほど、たしかにあのおじいさんは言っていた。「持ち主の他人から見た視点を映す」とは言わず、「持ち主を”本来の向き”で見せてくれる」と。


『ほかの方からの視線も気になるでしょう?』

友達からの視線が気になっていた。だからなあなあの関係から抜け出せなかった。


『いちいち反対にしたら、なんて考えなくてもいいですし。』

もうそういうのを言い訳にして、好きじゃないなんて思う必要はない。本来の、向きに。




コーヒー一杯分の値段の鏡は、一緒にコーヒーを飲む人を連れてきてくれた。

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