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はい、こちら黄泉国立図書館地獄分館です  作者: 日野 祐希
第一話 ~春~ 再就職先は地獄でした。――いえ、比喩ではなく本当に。
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分館長はゴリラでした。

「ようこそ、地獄裁判所へ! 待っていたよ!」


 シンデレラ城改め地獄裁判所へ辿り着いた私達を出迎えたのは――着物を着た熊のような大男でした。


「石上さん、見てください。でかいゴリラが一丁前に着飾って、偉そうに『ようこそ!』とか言っていますよ」


「え~、宏美殿。こちらが閻魔大王様です。地獄裁判所の筆頭裁判官にして、地獄分館の分館長です」


 生い茂った眉毛をピクピクさせていた大男を、石上さんが引きつった笑みで紹介してくれました。

 石上さん、とても居心地が悪そうですね。どうしたのでしょうか?

 まあ、よくわからないですので、気にしないようにしましょう。


 それにしても、この方がファンシー趣味のキモオヤジであるところの閻魔様ですか。

 石上さん曰く、地獄裁判所の筆頭裁判官で、地獄分館の分館長。つまりは私の上司というわけですね。

 ふむふむ……。


「初めまして、閻魔大王様。お会いできて、光栄ですわ。私は天野宏美と申します。本日からお世話になります」


 一級秘書のように完璧な営業スマイルを浮かべ、一部の隙もない所作で閻魔大王に挨拶をします。

 メルヘンゴリラとは言え、一応上司ですからね。礼儀、大事!


「無理矢理やり直した……」


 横で石上さんが信じられないものを見るような目で呟きました。

 あらあら、一体全体何のことでしょう? さっぱりわかりません。オホホホホ!


「あ~、オホン! 如何にも、儂が閻魔だよ。君が就職希望を出した、黄泉国立図書館地獄分館の分館長だ」


「これからよろしくお願いしますね、メルヘンゴリラ!」


 おっと、いけない。「閻魔様!」でしたね。つい本音が出てしまいました。

 これは失敬と思って見上げると、閻魔様は顔に笑顔を張り付けたまま固まっていました。


 あれ? もしかして、気に入ったのでしょうか?

 それなら、気にする必要なかったですね。いやはや良かったです、閻魔様が頭のおかしい人で。


「……君、宏美君と言ったかな? なかなかいい性格をしているね」


「お褒めに預かり光栄ですわ、閻魔様」


「………………………」


 おやおや、いきなり褒められてしまいましたよ。さすがは私。できる女は違います。ただ普通にしゃべっているだけで、褒めたくなるオーラを放ってしまうようです。

 何やら閻魔様が唖然としていますが、望外に優秀な人間がやって来て言葉が出ないのでしょうね。


 なんてことを考えていたら、閻魔様が石上さんに顔を寄せて、私に聞こえないように小声で話し始めました。――私はとても耳が良いので、すべて筒抜けですが。


「――だから儂、この城の意匠は嫌だって言ったんだ。なのに、獄卒みんなで面白がって結局多数決で……。儂の威厳、丸潰れだよ」


「閻魔様、気を確かに持ってください。大丈夫ですよ。建物の意匠一つ位で、閻魔様の威厳は潰れたりしません」


「ありがとう、石上君……。ところで儂、この子を御せる自信がないのだが……」


「そうは言っても閻魔様、この機会を逃しては、次にいつ司書をやってくれるという方が現れるかわかりませんよ。天国の方でも一年間公募をかけてきたのに、応募が一件もなかったのですから。やはり皆さん、仕事とはいえ地獄へ行くことに恐怖があるようで……」


「だったら、とりあえず天国本館で雇って、こちらに送り込んでくれれば……」


「今の御時世、そのようなことをしたら契約違反で即訴えられてしまいますよ。閻魔様、裁く側から裁かれる側に回ってみますか?」


「…………。ぐぬぬ……」


 被告人席に座る自分の姿でも想像したのか、閻魔様の顔が真っ青になりました。白仙さんもそうですが、あの世の住人は顔芸が得意な方が多くていらっしゃる。


「獄卒達は()()()()()を起こした手前、司書に据えるのも体裁が悪いしなぁ~。かと言って、いつまでも地獄分館を司書なしで放っておくわけにはいかないし……。これは我慢するしかないかな……」


 石上さんとのひそひそ話を終えた閻魔様が、「はあ……」と溜息をつきました。

 我慢だなんて、閻魔様は本当に素直じゃないんですから~。正直に、「宏美君のような優秀な美人司書を迎えられて超幸せ!」と言えばいいものを。

 まったく、閻魔様はツンデレさんですね。吐き気を催すだけで、全然萌えませんけど。


「あれ? 何か急にものすごい寒気がし始めたんだけど……」


 天国庁でいただいた鋏を無意味に弄びながら流し目に見ていると、閻魔様は体を掻き抱いて震えだしました。

 急にお風邪でも召されたのでしょうか。似合いもしないのに、ツンデレなんて装った天罰ですね。ウフフ……。


「まあいいか。確かにここまで来てくれる人がいただけでも、有り難いことだ。それに獄卒達を相手にするのなら、これくらいの胆力があった方が良いかもしれんしな。――おーい、兼定(かねさだ)君、兼定くーん!」


 大きな手を打ち鳴らし、閻魔様が城の奥に向かって声を張り上げます。

 すると、カツカツという規則正しい足音と共に一人の男性――いえ、男性の姿をした鬼が出てきました。

 オールバックにした黒髪に、清潔感のある端正で優しげな顔立ち。身に付けた執事服がとてもよく似合う美青年です。

 見た目はほとんど人間と変わりませんけど、さらけ出された額に生える一本角と尖った耳が、彼を人外の者であると示していますね。


「お呼びですか、閻魔様」


 涼やか笑みを浮かべた執事さんは、定規で測ったかのように綺麗な礼をしながら、閻魔様に問い掛けます。

 今の所作一つ見ただけで、彼がいかに有能な人材かを推し量ることができますね。あれは、一朝一夕でできるものではありません。


「おお、兼定君。新しい司書の子が決まったのでな。これから地獄裁判所の案内と仕事の説明に行くから、付き合ってくれ」


「御意」


 もう一度閻魔様にお辞儀をした執事さんは、颯爽と私の方へやってきました。

 閻魔様の隣に立っていたので気づきませんでしたが、なかなか背が高いですね。百八十センチくらいはありそうです。


「あなたが、地獄分館の新たな司書ですね。初めまして、兼定と申します。閻魔大王の秘書官を務めております」


「ご丁寧にどうも。私は天野宏美と申します。この度、こちらの図書館の司書に就任させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします、兼定さん」


「ハハハ。あなたのような礼儀正しくお美しい方と仕事ができて、身に余る光栄です。こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」


 兼定さんが差し出した右手を、しっかりと握り返します。嫌味や下心を感じさせずに女性を褒めるとは、さらにポイントが高いですね。やはりこの人、かなりのやり手です。

 ――などと私が一通りの分析をしていたら、キラリと白い歯を見せた兼定さんが付け足すように言いました。


「それと宏美さん、私のことを呼ぶ時は、どうぞ気軽に『豚』もしくは『ポチ』とお呼びください。蔑んだ風に言っていただけると、さらにうれしいです」


「花も恥じらう清廉潔白な乙女に、あなたは何を強要しているのです? そんなSMプレイじみたこと、恥ずかしくてできるわけがないじゃないですか。そこの煮えたぎる温泉で頭を煮沸消毒してきなさい、サノバビッチ」


「イエスッ! 喜んで!」


 輝く笑顔で小首を傾げながら返答してあげたら、兼定さんは躊躇わずに熱湯へダイブしました。

 とりあえず先程の分析は撤回することにいたしましょう。

 この執事、ただの残念変態イケメンでした。それも、超弩級のM。もう地獄に落ちればいいのに……。――って、ここが地獄でしたね。もうとっくに落ちていましたか。残念です。


 どうやら変態は、地獄でも治せないようですね。

 いえ、むしろ地獄に来ると変態をこじらせてしまうようです。なんたって、地獄のトップとその秘書官が揃ってメルヘン&ドMという度し難い変態なわけですから……。

 いやはや、勉強になりました。


(仕方ありません。私だけは地獄の良心として、常にまともであり続けるようにしましょう)


 心の中で固く誓います。

 その時、話の流れを見守っていた石上さんが、私の肩をポンポンと叩きました。


「話はまとまったようですね。では、小生は天国の方へ戻ります」


「ええ。ご案内いただき、ありがとうございました」


「いえいえ、お礼を言うのはこちらの方ですよ。――それでは宏美殿、御武運を。またお会いしましょう」


 最後に握手を交わし、石上さんは天国庁へ続くエレベーターの方へ去っていきました。

 思えば、あの世に来てから出会った人の中で、あの方が一番まともでしたね。 首輪でもつけて、使えるコマとして拉致っておくべきだったかもしれません。


 小さくなる石上さんの背中を見つめながら、私は惜しい人を帰してしまったと悔やむのでした。


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