爆弾発言です。
大会議室内にいる全員が、固唾を呑んで伊邪那美様の一挙手一投足を見守ります。
全員が一気に黙りこんだこともあって、大会議室はまるで誰もいなくなったかのように静まり返りました。
唯一壁にかけられた時計だけが、コチコチ……と時を刻むリズミカルな音を立てています。
「ふう……」
一日千秋の思いで私達が見つめる先、伊邪那美様がゆっくりと一息つきます。
次いで持っていた本とレポート用紙を机に置き、彼女は大会議室全体を見渡すように顔を上げました。
――どうやら、結果が出たようです。
「宏美、久延毘古……。まずは二人とも、よくやった。近年稀に見る、なかなかの珍――ああ、いや、名勝負であったぞ」
盛大に本音を漏らした上で、取り繕うように言い直した伊邪那美様。
それまで高まり続けていた緊張感の反動で、私と久延毘古氏以外の全員がズッコケました。
本当に単細胞――いえ、明け透けな――でもなく、裏表のない神様です。まったく締まりません。
「では、ちゃちゃっと勝負の結果を発表しようかのう」
緊張感の欠片もなくなった大会議室内に、伊邪那美様の飄々とした声が響きます。
この流れはお笑いでも、結果は笑い事ではすみません。私は表情を引き締め直し、結果発表とその後の対応に意識を集中します。
(万が一の時は乱闘でうやむやに……。――いえ、ここは分館長の引責辞任で丸く収めるという手もありでしょうか。何ならリアルに閻魔様の首を飛ばして……)
「あれ? 何だか底知れぬ悪寒が……」
私の考えに気付いたのか、閻魔様がブルリと大きく震えました。
このゴリラ、最近妙に勘がいいのですよね。これが野生の勘というやつでしょうか。順調に人類から退化の一途を辿っているようですね。嘆かわしい。
「オホン! まず、第三の依頼は両者ともに正解じゃ。よって、これも引き分けじゃな!」
閻魔様の野生化を嘆いている内に、伊邪那美様が事務連絡か何かのようにあっさりと結果を発表してしまいました。
情緒も何もあったものじゃありませんね。もうちょっと場の雰囲気を盛り上げるための工夫を要求したいところです。
「宏美も久延毘古も、本当に良い出来じゃったぞ! 宏美は現物を持ってきた上で、利用者が提示したあらすじと合致する部分に付箋をしてあったから、精査がしやすかった。対して久延毘古も、現物を持って来られなかったというマイナス点を同じ本を持つ分室に確認することでカバーしておった。両者ともあっぱれじゃ!」
ご機嫌な様子で講評を述べる伊邪那美様。
ただ、彼女はすぐに眉をハの字にして、「うーん……」と唸り始めてしまいました。
と言っても、唸り始めた理由は大体想像つきますけどね。
「ふーむ。これは、困ったことになったのう。こうなると、両者同時ゴールで三問ともクリアじゃ。はてさて、この勝負、どうしたものか……」
どうやら私の予想通り、勝負の決着について悩んでいたようです。
ここはレファレンス歴五十年のベテランと引き分けたことを評価して、私の有用性を認めてもらえると万々歳なのですけどね。伊邪那美様は開始前にはっきりと、「勝った方の意見を通す」って仰っていましたし、そう都合よくはいかないでしょう。
(さて、それではこの先、どう立ち回るのがベストですかね……)
と、私が先の展開と対策を考え始めた時です。
ずっと「うーん、うーん……」と唸っていた伊邪那美様が、やれやれといった表情で顔を上げました。
「これはもう、仕方ないのう。今回の勝負は引き分け無しょう――」
「――待ってください」
伊邪那美様の「引き分け無勝負」という声を遮るように響いた、低くてよく通る声。
誘われるように全員の視線が、声の主――久延毘古氏に集まりました。
「……やはり、納得できませんね」
「あん? どういう意味じゃ、久延毘古」
伊邪那美様も胡乱気な目で久延毘古氏を見ます。
このおっさんは、突然どうしたのでしょう。納得できないとは、一体何のこと……?
(――あっ! まさか、勝負の判定に異議を申し立てる気では……)
十分にありえることです。
伊邪那美様は流していましたが、こちらは一問目と二問目について『回答の裏付けを取る』といった確認の手順を行っていません。回答自体は問題ないにしても、レファレンスとして付け入る隙はいくらでもあります。
(くっ! これはまずいですよ。何とかしなければ……)
久延毘古氏が抗議して、伊邪那美様がそれを認めてしまったら、私達にとって大惨事です。
引き分けならいざ知らず、負けとなってしまってはバッドエンド直行。これだけは何としても避けねばなりません。
(背に腹は代えられませんね。ここは全員で飛びかかって、一気に久延毘古氏を……)
早急に実行可能な暗殺プランを頭の中で練り上げます。
ただ……久延毘古氏が伊邪那美様へ行った進言は、私の予想の斜め上を行くものでした。
「この三つ目の依頼は……引き分けと言えません。――私の負けです」
「「「「「……………………。……はい?」」」」」
何とこの鉄面皮、これまで通りのポーカーフェイスと感情を感じさせない声で、自身の負けを宣言したのです。




