最後の大勝負です。
「受けて立ちましょう!」
伊邪那美様の提案に、即決で頷きます。
まさか合法的に久延毘古氏を血祭りにできるチャンスが来るとは思いませんでした。
フフフ。この神様、なかなか話のわかる方です。
「あ~、一つ言っておくが、勝負と言っても決闘じゃないぞ。司書としての能力を競うものじゃから、勘違いするなよ」
「なんだ、そうなのですか。……残念です」
ゴングを待ちきれずに構えた金棒と釘バッドを、すごすごとしまいます。
てっきりあのいけ好かない澄まし面に、一発カマさせてくれるものと思っていたのですが……。――本当に残念です。
「待ってください、伊邪那美様。なぜ私がこの娘と勝負せねばならないのですか」
「お前も一々うるさい奴じゃのう、久延毘古。この件はわらわが預かるということで、お前も合意したじゃろうが!」
「確かに今回の件はあなたに委ねましたが、今更この娘と勝負する意味がどこにあるのですか。この娘が過去に行ってきた所業を見れば、勝負をするまでもなく結論は明らかなはずです」
「じゃが、それらのマイナス点を考慮した上でなお、宏美をこの図書館に置いておく価値があるとなれば話は別じゃろう。今回の勝負はそれを図るためのもの。ならば、初代筆頭司書であり、宏美と最も敵対しているお前は絶好の対戦相手じゃろうが。わかったらすべこべ言わず、さっさと戦え! これ以上ごねるようなら、お前の不戦敗とするぞ」
「……なっ!」
面食らった様子で目を剥く久延毘古氏。
私としては、このまま不戦勝でも良かったのですけどね。さすがに、そうは問屋が卸しません。
最後には彼も渋々といった表情で、「わかりました。今回はお付き合いしましょう」と勝負に同意しました。
やっぱり久延毘古氏って、伊邪那美様には強く出られないようですね。聞く限り初代館長と初代筆頭司書という間柄もあるようですし、何かしらの弱みでも握られているのかもしれません。
……よし。今度伊邪那美様に、その弱みを教えてもらうことにしましょう。今後、何かと使えそうですし。
「よし、話は決まったな。では、勝負の内容を説明しよう。勝負の内容は……レファレンスじゃ!」
どういう手品か、ドドンという効果音付きで伊邪那美様が勝負内容を発表しました。
ちなみにレファレンスというのは、利用者の探し物の手伝いです(夏の研修の時にも言いましたかね)。司書としての能力を競うということでしたら、妥当な題目ですね。
――ただ、気になることが一つ。
勝負内容を聞いた瞬間、久延毘古氏が仏頂面から一転して、不敵な表情を浮かべたのですよ。これ、明らかに何かあります。
(一体どういうことでしょう? 何だか嫌な予感がします……)
と思っていたら、久延毘古氏がほくそ笑んだまま、伊邪那美様の前へ進み出ました。
「その娘を気に入ったという割には、あなたも随分と酷な勝負を提案していらっしゃいましたね」
「ぬふふ。神は時に人の子へ試練を与えるものぞ。それにこの勝負で負ければ、貴様とてぐうの音も出せんじゃろう?」
「確かにそうですが、この勝負はいささか私に分が良過ぎませんかな?」
「……さて、それはどうかの?」
伊邪那美様がニヤリと口の端を持ち上げます。
けれども、伊邪那美様の表情と言葉の意味を考えている場合ではありません。今の会話、何だか私にとって、とても不穏当でしたよ。
「伊邪那美様、試練というのはどういう意味ですか?」
「うん? ああ、気にするな。ただ単に、この男はレファレンス歴50年以上のベテランというだけじゃ。こやつ、レファレンスという仕事をえらく気に入っておってな。司書の職を退いて久しいというのに、今でも暇を見つけては本館でレファレンスの手伝いをしておるのじゃ」
「ちょっと待ってください! それ、思いっきり私に不利じゃないですか」
ジト目で伊邪那美様を睨み付けます。
この神様、一体何を考えているのでしょう。片や経歴50年、片や経歴1年。こんなの勝負になるわけありません。
(これは断固抗議して、勝負の内容を別の分野――いえ、むしろ私の得意分野に変えてもらわねば……)
思い立ったら即行動。
早速、異議申し立てをしようとしたら、不意に伊邪那美様が私に顔を近づけ……、
「安心せい。わらわもバカじゃない。やり方によってはお主が互角以上に戦えるよう、ちゃんと考えてあるわい」
と、耳打ちしてきました。
ん? 互角以上の勝負になるようにしてある?
それは一体どういう意味でしょう? 先程、久延毘古氏に向かって浮かべていた笑みと合わせ、わからないことだらけです。
しかし、伊邪那美様の真意を問い質すことは適いませんでした。
彼女は言いたいことを言ったらさっさと私の傍を離れ、ルール説明を始めてしまいましたので……。
「ルールは簡単。ここにレファレンス担当である参考調査係から受け取ってきた、対応中のレファレンスが三問ある。どんな手段を用いてもよいので、先にこの三問を解決した方の勝ちじゃ。宏美が勝った場合は地獄分館の閉鎖と職員の解雇を撤回し、今回の件は不問とする。久延毘古が勝った場合は、その逆じゃ。――双方、異論ないな?」
「いいでしょう。あなたがそれで満足されるのなら、異論はありません」
「…………。……わかりました。それで大丈夫です」
久延毘古氏に続き、私も少々考えてから頷きます。
なるほど。どんな手段を用いてもよい、ですか。
伊邪那美様が先程掛けてきた言葉の意味、ようやくわかりました。
周りを見渡せば、商議員共も余裕綽々な表情です。レファレンス勝負なら、久延毘古氏が私のような小娘に負けるわけはないと高をくくっているのでしょう。
当の久延毘古氏も、レファレンスに絶対の自信があるのでしょうね。自分の勝ちを疑っている様子はありません。
つまり、誰も細かいところにまで気を配っていないご様子。
私のことを調べたと言う割には、揃いも揃って随分と甘いことで……。
(ならばやってやろうじゃないですか、私流レファレンス。私を甘く見た代償、きっちりと払ってもらいますからね。ウフフフフ……)




