舞台裏:名誉館長と商議員長の会話
「――ぬふふ♪ この図書館に来るのも久しぶりじゃな。いやはや、心が躍るのう」
鼻歌まじりに、天国本館の廊下を歩く。
ここに来るのもおよそ五年ぶり。ああ、懐かしいこの知識の臭い。建物は変わっても、わらわが館長だった時からこの臭いだけは変わらないのう。
「さてさて、せっかくお忍びできたのじゃ。道真や商議員共を驚かせてやるとするか」
今日この時間帯に商議員会が行われていることはリサーチ済み。
というわけで、これから会議が行われている大会議室に乱入しようという算段じゃ。
(あやつらの驚く顔を思い浮かべると、顔のにやけが止められんわい。これだからドッキリは止められないのう。ぬふふふふ!)
数十秒後に目にするであろう光景を想像しながら、大会議室につながる廊下をスキップするように歩く。
いや~、ドッキリは心が踊るの~♪
――すると、その時じゃった。
「ウフフ、それはありがとうございます。感謝のあまり、この場であなたに御礼参りしたい気分です」
「わぁああああああああああ! 宏美君、タンマ、タンマ! それはさすがにマズ過ぎる!」
当の大会議室の中から、何とも面白い話声が聞こえてきた。
会話の内容から鑑みるに、どうやらケンカのようだのう。しかも声からして、当事者の一人は若い女じゃな。
(ここの連中は昔から、真面目一辺倒で面白味に欠ける奴らばかりじゃったが……。――これは遂に、わらわ好みの骨のある輩が入ったということかのう?)
さすがはわらわじゃ。なかなか良い時に帰ってきたものよのう。これなら、ドッキリよりも楽しい余興が見られそうじゃわい!
――って、およ?
「きょ、今日のところは、これで失礼いたします。お騒がせしました~」
「ちょっと何を言っているのですか、閻魔様! 私の話はまだ――モガッ!」
わらわが大会議室に着くより早く、バンッと勢いよく大会議室の扉が開かれ、ゴリラのような大男が飛び出していった。
うーむ……。あのクマみたいな髭面にバカでかい図体。あれは、地獄の閻魔大王じゃな。
おっ! よく見ると、あやつ、小脇に二十代くらいの小娘を抱えておるわ。
さっきの声の主はあの娘じゃろう。あのような小娘が商議員にケンカを売るとは、時代も変わったものじゃ~。
惜しむらくは、現場をこの目で見られなかったことだのう。
(じゃが、先程の雰囲気から察するに火種は燻ったままという様子。あれなら、近々もっと面白いものが見られる可能性は十分ありそうだわい)
ぬふふ。これなら、しばらくは退屈せんで済みそうじゃ。
それでは早速、この件に首を突っ込むとするか!
「さて、問題も片付いたところで会議に――」
「その会議、ちょっと待つのじゃ!」
開け放たれたままの扉の前に仁王立ちし、大会議室の中を見渡す。
おうおう! 皆一様に目を見開き、口をポカーンと開けておるわ。
ぬふふ。普段澄まし顔ばかりしている連中が呆ける様は、いつ見ても心地よいのう。
「はあ……。まったくあなたはいつもいつも突然現れて……。――で、今日はどうされたのですか、名誉館長。我々は今、大切な会議中なのですが」
「固いことを言うでないわ、久延毘古。そもそもここは図書館じゃぞ。いつ来ようが、わらわの勝手じゃ」
ニシシと笑いながらそう言ってやると、久延毘古はもう一つ大きく溜息をついた。
大方、図書館へ来るのと会議に乱入するとでは話が別だ、とでも考えておるのじゃろう。こいつは本当に、何百年経っても頭が固いままじゃな。
「まあ、わらわも最初はお前達の驚く顔を見て、悦に浸りながら帰ろうと思っておったのじゃがな。――ただ、つい今し方面白そうな会話を耳にして、少しばかり気が変わった」
わらわの言葉を聞いて、久延毘古が眉をひそめる。
ぬふふ。そんな顔をしても、もう遅いわい。
わらわ、もう聞いたし見ちゃったもんね。面白そうな気配を察知しちゃったもんね~!
「さあ、観念して話すのじゃ。久延毘古、先程の小娘との間に一体何があった――?」




