第二戦、開始です。
時が過ぎゆくのは早いもので、あっという間に2月10日。今年に入って二度目の商議員会の日となりました。
「姐さん、一発カマしてきてください!」
「正直、これ以上付き合いきれないからな。ここで決めてくれよ」
「宏美さん、御武運をお祈りしておりますよ」
一カ月ぶりに地獄分館へ戻ってきた聖良布夢さん、タカシさん、兼定さんが激励の言葉と共に署名ノートを渡してくれます。先程、閻魔様からも一足早くノートを受け取りましたし、これで集めた署名はすべて揃いました。
あと、これはどうでもいいことですけど、兼定さん、本当に無事でしたね。
こちらにいる普通の鬼では、完全防寒でも三日持たないと聞いていたのですが……ホント、どういう身体をしているのだか。
とはいえ、今回はその変態性のおかげで、八寒地獄の獄卒達から署名を集められたわけですしね。素直に感謝しておくとしましょう。
ノートを見る限り、元不良コンビも豊富なツテを駆使して、こちらの予想以上に署名を集めてくれた様子。これも実に素晴らしい!
「皆さん、今日まで頑張っていただき、どうもありがとうございました。皆さんの頑張り、決して無駄にはしませんよ」
皆さんの努力の結晶を胸に抱き、深々と頭を下げます。
本当に今回は、皆さんに助けられました。このお礼は必ずさせてもらいますよ――閻魔様の財布で。
「あれ? 何だろう。スナイパーに狙われているような、そこはかとない恐怖にも似た悪寒が……。――って、いつものことか。宏美君、そろそろ行くよ」
「わかりました。それでは皆さん、行ってきます」
聖良布夢さん、タカシさん、兼定さん、『ししょー、がんばれ~!』と手を振ってくれる子鬼三兄弟に見送られ、私は再び戦地へと赴くのでした。
* * *
「地獄分館の閉鎖と私達の解雇見直しを求める署名です。地獄で働くほぼすべての獄卒、その他地獄の住人、加えて天国の住人の一部が署名してくださいました。どうぞお納めください」
商議員会に乗り込んだ私は、早速、久延毘古氏に署名ノートの束を叩きつけました。
「……君も懲りないな。まだ諦めていなかったのか」
私と署名の束を交互に眺め、久延毘古氏がこれみよがしに溜息をつきます。
ですが、どこかのチキンゴリラと違い、私はこの程度のことで怯みません。
「前回の商議員会の時に言いましたよね。『これで終わるとは思わないでください』と。あなた方が決定を覆すまで、私は決して諦めません。地獄の底まで追いかけ回してでも、首を縦に振らせてみせます」
「地獄で働く君が言うと、冗談に聞こえないな」
「当然です。冗談ではありませんから」
署名が書かれたノートの束を挟み、久延毘古氏とバチバチ火花を散らします。
久延毘古氏は前回と同じ鉄面皮ですが、放つ雰囲気からはどことなく苛立ちを感じますね。
(フフフ。久延毘古さん、とても不愉快そうですね。あの表情を見ていると、心が浄化されるようです)
今の久延毘古氏を見ているだけで、肌の艶が良くなってしまいそうです。
ああ、このいけ好かないインテリオヤジを、もっと苛立たせたい……。
「……ゴホン! ――わかった。これも大切な利用者からの意見だ。拝見させていただこう」
自分が苛つくことで、私を喜ばせていると気が付いたのでしょう。咳払いをすることで気分を落ち着け、久延毘古氏は署名ノートに目を落としました。
彼は私の前で、確認するようにノートのページをパラパラとめくっていきます。
ウフフ。これだけ地獄分館の存続を望む人がいるとわかれば、さしもの冷血インテリ豚野郎も決定を引っくり返さざるを得ないでしょう。
私は勝者の貫録を持って久延毘古氏を見下ろします。
すると、すべてのノートを確認し終えた久延毘古氏が、私の方へ視線を戻しました。
「なるほど。これだけの署名を集めるとは、確かに恐れ入った。まさか君がここまでするとは思わなかったよ」
おや? 意外なお言葉ですね。悔しがるならまだしも、まさか見直されるとは思いませんでしたよ。
「まあ、私が本気を出せば、ざっとこんなものですよ」
「そうか、そうか。どうやら私は、君を少し見くびっていたようだ。済まなかった」
「神様だって時には間違いを犯すこともありますよ、久延毘古様。地獄分館の閉鎖と私達のクビを取り消してくだされば、広い心で許してあげますよ」
「……本当に心が広いなら、交換条件のようなもの付きつけない気が――ぐふっ!」
私の背後で、腹に釘バッドをめり込ませた閻魔様が床に倒れ込みました。
雉も鳴かずば撃たれまいに……。
「で、久延毘古様。地獄分館の閉鎖と私達の解雇の決定、見直していただけますか?」
「そうだな。……確かにこれは、見直しが必要かもしれない」
ふむふむ、良い心がけです。褒めて遣わす。
「――ああ、そうだ。その前にいくつか聞かせてもらってもよいだろうか?」
「ええ、何なりと」
「ありがとう。では、聞かせてくれ。――このページに書かれているこれは、どういうことだろうか?」
そう言って久延毘古氏が、署名ノートの一冊を開きました。
あれは、聖良布夢さんとタカシさんのノートですね。「どういうことか」とは、何のことでしょう。
久延毘古氏の言葉に意図を測れないまま、彼が指し示す箇所を覗き込んだ私は――笑顔を顔に張り付かせた状態で、石像のように固まってしまいました。




