商議員会に乗り込みました。
1月15日。
年が開けて二週間ほど経ったこの日、遂に最初の戦いの時がやってきました。
「まさかこんな形で、またここに来ることになるとは……」
閻魔様に同行した私はおよそ半年ぶりに天国本館の門をくぐり、商議員会が開かれる大会議室に入りました。
円形に並んだ机には、すでに商議員の神々――平たく言えば、偉そうにふんぞり返ったオッサン共が集まっていらっしゃいます。
ウフフ……。連中、揃いも揃って威圧感バリバリですね。
相手にとって不足なしです。
「それでは、一月度の商議員会を始めさせていただきます」
会議は石上さんの司会で定刻通りに始まり、まずは前回の議事録の確認。続いて議事次第に従い、各種報告などが行われていきます。
「――続きましては地獄分館の案件についてですが……本日は商議員会の決定に異議申し立てがあるとのことで、地獄分館の代表がいらっしゃっています。――では天野宏美殿、どうぞ」
「地獄分館の司書、天野宏美と申します。本日は会議への列席を許可していただき、誠にありがとうございます」
私にとっては退屈な報告事項も滞りなく終わり、遂に地獄分館閉館についての議題がやってきました。
石上さんに促され、商議員の神様方にぺこりと頭を下げます。
私を一瞥した神様方は興味なさそうな雰囲気を漂わせたまま、形だけの拍手を送ってくださいました。
あらあら、素敵な歓迎ぶりですね。本当に何様のつもりでしょうか、ここのオヤジ共。
「ひ、宏美君! 話し合いだからね、は・な・し・あ・い」
何やら焦った様子の閻魔様が、私の服の裾を引っ張りながらひそひそ声で忠告してきました。
いやですね、閻魔様。私は冷静ですよ。ええ、冷静ですとも!
私の頭はすでに三十二通りの商議員抹殺プランを考案し終えているくらい冷えていますし、キレています。
ちなみに道真館長だけは、目を閉じたまま我関せずといった感じですね。
閻魔様曰く、道真館長は今回の決定に対して反対の立場――つまりは私達の味方なのだそうです。ただ、神と人間という立場の違いから、道真館長は商議員会へ強く意見を言うこともできないとのこと……。
そこで館長はすべてをこの会議の結果に托し、御自身は中立という立場を取ることにしたのだそうです。
まあこの際、敵にならないだけでも良しとしましょう。潜在的に味方というなら、抹殺プランからも除外して差し上げます。
さて、館長の立ち位置についてはこのくらいにして、話を戻しましょう。
「地獄分館長、それと……天野君といったかな。我々も忙しい身の上でね、茶番に付き合っている時間はないのだ。商議員会の下した決定に意見があるというのなら、手短に済ませてくれたまえ」
私のちょうど真正面。議長席に座っている神様――確か久延毘古様と言いましたか――が付き合いきれないという口調で言いました。
なるほど、なるほど。これは、なかなかの圧迫感です。さすがは神様というだけのことはあります。私の横にいる、図体ばかりでかいゴリラとは大違いです。
「では手短に申し上げます。――地獄分館の閉鎖と私達のクビを取り下げなさい」
「ちょっ! 何で命令形? ――ぐほっ!」
先程から私の耳元でうるさく喚いていた閻魔様が、バッタリと机に突っ伏しました。
年末年始は、地獄も忙しかったですからね。ここに来て、急に疲れが出てしまったのでしょう。お労しや……。
何やらお腹を押さえてピクピクしていますが、そこは気にしない方向で。
「商議員会の決定を取り下げろというからには、撤回させるに足る言い分は用意してあるのだろうね」
「いえ、特にありませんが……。強いて言うなら、あそこがつぶれると私が困るので、すべこべ言わずに取り下げろというところでしょうか」
私がそう言った瞬間、大会議室にざわめきが生まれました。私の潔さに、会場中の神々が感心しているのでしょう。
「君は……本当にそのような手前勝手な主張で、商議員会の決定を覆せると思っているのかね?」
ただ一人、動じた様子もなく質問を重ねてくる久延毘古氏。
閻魔様なら、ここら辺で折れてくれるのですけどね。さすがにそう簡単には行きませんか。
「では言わせてもらいますが――まず、図書館に必要性について。確かに地獄分館を破壊してしまったことは、あの薄らバカ共が全面的に悪いと思います。ですが、地獄分館の修理は費用を含めてすべて地獄裁判所が持っており、黄泉国立図書館に迷惑はかけておりません。また、最近は利用者数・貸出冊数ともに増えてきており、本を読む習慣がないとは言えなくなってきています。よって、図書館が必要ないという結論は納得できかねます」
理由を述べるとともに、今年度の入館者数と貸出冊数の統計データを商議員へ配ります。
それを見た神様方の間で、またもや軽いざわめきが起こりました。
よしよし。良い傾向です。
「なるほど。確かにこれを見る限り、君の言うことも一理あるかもしれない」
レジュメから私へ視線を移し、久延毘古氏が素敵なワードを口にしました。これは、案外楽にケリがつくかもしれませんね。
「そうでしょう、そうでしょう。では、地獄分館の閉鎖を取りやめてくださいますね」
「その前に一つだけ聞かせてほしいことがある。このデータを見る限り、入館者数と貸出冊数が増えたのはここ二カ月のことのようだが、これはどうしてかな?」
「ああ、それは十月の終わりから十一月の頭にかけて行われた、読書週間の影響ですね。あれ以来、獄卒達は命の危機――いえ、読書への意欲に目覚め、足しげく地獄分館に通うようになったのです」
「今、聞き逃せない言葉が聞こえた気が――」
「気のせいです」
久延毘古氏の言葉を速攻でぶった切ります。
危ない、危ない。せっかく良い流れだったのに、ここで妙な言質を取られては元も子もありません。私は言葉巧みにここにいる神様達を誘導し、一気に判を押すところまで持っていかねばならないのですからね。
さあ、流れはこちらにあります。一気にケリをつけてしまいましょうか。




