おはなし会は大盛況でした。
「――おしまい」
三本目のおはなし、『恐山のおどり鬼』を読み終え、私は本を閉じました。
次いで一度目を閉じ、朗読で強張った肩の力を抜くように「ほう……」と一息。
やり切った充足感を胸に、私は閉じていた目を開き、会場中へ向けて微笑みました。
「本日のおはなし会は、これにて終了です。ご清聴いただき、ありがとうございました」
――パチパチパチパチ!
一礼する私を、盛大な拍手が迎えてくれます。
ただ、音量的には『泣いた赤鬼』を読み始めた時よりも幾分か控え目といった感じでしょうか。やや寂しくはありますが、音読で少し疲れた体には心地よい音量ですね。
ちなみに、拍手が少なくなった原因は一目瞭然だったりします。
顔を上げて見回してみれば、多目的室は一部を除いて、阿鼻叫喚の地獄絵図といった様相を呈していました。
電気ショックで頭を愉快なボンバーアフロに変貌させた赤鬼。
タライを十段重ねで頭に受け、コブだらけになって泡を吹いている青鬼。
くすぐり攻撃を受け過ぎて、悶絶している餓鬼。
椅子の亜音速回転に耐えきれず、目を回している天邪鬼。
椅子のロケット噴射で天井に首をうずめている、多分サラリーマン風の人型の鬼(首から上が見えないので判別できません)。
etc.etc.……。
無事におはなし会を切り抜けられたのは、三分の二といったところでしょうか。
ちなみに、子鬼さんたちは全員無事です。実に素晴らしい。
(ふむ。それにしても、これは予想以上に残りましたね)
私の見立てでは、半分以上脱落すると思っていたのですけどね。皆さん、意外と粘りました。これは、うれしい誤算です。
「皆さん、やればできるじゃないですか。この調子なら、自分で本を読めるようになる日も近いですよ。これを機会に頑張りましょう! えい、えい、おーっ!」
「「「お~っ!」」」
子鬼さん方、よくできました。彼らは本当に、徹頭徹尾いいお返事ですね。これは、本当に芽があるかもしれません。成長の一番の鍵は素直さですからね。いっその事、全員各部署から召し上げて、私の部下にしたいくらい有望です。
――だというのに……。
「ハハハッ……。オレ、今度『読書地獄』の新設を上司に進言してくるわ。きっと地獄史上稀に見るすごい地獄ができるぜ。――だってオレ達、今こんなに苦しんでいるんだもん……」
「俺、生きて読書ができたら、彼女にパイナップルサラダを作ってもらうんだ……」
一部の鬼共が、失礼な地獄を考案したり、死亡フラグを立てたりし始めました。
まったく前向きさが感じられませんね。こんな後ろ向きな考えが蔓延しては、他の社蓄や乗り気な子鬼さん達に悪影響を与えかねないです。
はあ……。仕方ないですね。
「がふっ!」
「ぐえっ!」
私からの直接的制裁(高速ピッチャーライナー砲丸バージョン)を食らい、憐れな子羊二人が天へ――いや、私の努力を無に帰そうとしたのですから、天ではないですね。ついでに言えば、子羊というのも可愛過ぎるので訂正の必要がある気がします。
では言い直して……自業自得な畜生二匹が奈落の底へ召されました。
その光景を見てどよめく社蓄共に向かって、私は輝く笑顔でただ一言……。
「さて皆さん――頑張りましょうね?」
「「「イエス、サー! 僕達、全身全霊命がけで頑張ります!」」」
会場中の鬼さん達が、軍隊のように統率された動きで最敬礼。
椅子から解放された彼らは、私が用意したブックスタートセット(追加予算と閻魔様の善意の寄付で買った童話集と読書記録手帳)を手に、一糸乱れぬ行進で帰って行ったのでした。




