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はい、こちら黄泉国立図書館地獄分館です  作者: 日野 祐希
第一話 ~春~ 再就職先は地獄でした。――いえ、比喩ではなく本当に。
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毟ってもいいですか?

「――と、天国の説明はこんなところなわけじゃが……。宏美さんとやら、何か今の内に聞きたいことはありますかな?」


 私の回想が済むと同時に、ハゲ――ではなく、白仙さんの天国説明も終わったようです。

 似非仙人は、それがお仕事モードなのでしょう。好好爺然とした雰囲気で、私に質問がないか尋ねてきました。


「そうですね……」


 口元に指を当て、何か言いたいことがないか考えます。

 そしたら、はたと一つ名案を思いつきました。


「では、一つ聞かせてくださいな」


「うむ! 何でも聞きなさい」


 張り切った様子で胸をたたく白仙さん。

 何か聞いてもらえることが余程うれしいみたいです。


(普段、人からまったく相手にされていないのでしょうね。お可哀想に……)


 心の中で、静かに合掌。

 よく見たら白仙さん、心なしか肌がツヤツヤになっている気がします。

 加えて意気込みゆえか、顔が赤くなっていますよ。

 意気込みの高さが、より一層哀愁を誘いますね。何だかもう泣けてきます。

 ホロリ……。

 まあ、薄幸老人を憐れむのも大概にして、さっさと先へ進めましょう。


「ええとですね、白仙さん。とりあえず今の私、色んな理不尽の所為で感情が言うことを聞かない状態になっているところなんですよ。せっかく念願の司書になれたのに、何と初日で死んでしまいまして……。私の無念、わかってもらえるでしょうか?」


「ああ、よくわかる。儂にはよくわかるよ……。君も辛かったんだね、苦しかったんだね……」


 ハンカチを目元にあてた白仙さんが、コクコク頷きます。

 歳食ったおじいさんですからね。涙腺もスカスカコンクリート並に脆いようです。若干ウザい……。


「なので、このやり場のない感情を少しでも落ち着けたいんです。で、そのためには白仙さんの力が必要なんですよ。だから……私を助けると思って、少し力を貸してくれませんか?」


「ああ、いいよ。儂にできることなら、何だってしてあげよう」


 私の不憫を思ってか、とても優しい眼差しを向けてくれる白仙さん。


「そうですか。なら――」


 慈悲深い白仙さんに向かって、私も天使の微笑を浮かべながら、


「なら、この理不尽に対するいら立ちへの腹いせとして、その長くて立派な白髭を根こそぎ毟りとらせてください」


 自分の要求をさらりと言ってのけました。

 死んでしまった以上、色々取り繕う必要性もありませんからね。もうド直球です。


「ああ、わかったよ。それくらいのことなら、お安い御用…………じゃない!」


 鷹揚に頷いていたのから一転。

 血色の良かった顔を真っ青にして、白仙さんが激しく首を振りました。

 対して私は唇を尖らせて、約束を反故にした耄碌(もうろく)ジジイに可愛らしく抗議します。


「えーっ! 白仙さん、さっきは『何でもする』って言ってくれたじゃないですか。白仙さんがパチンコ玉のようになるまで髭を毟れば、この苛立ちも少しはスッキリする気がするのですよ」


「で、できれば、儂で死んだ腹いせをするのはやめてもらえないかな? いや、ほんと、マジで……。この髭、儂の大事な『あいでんてぃてぃ』だから……」


 白仙さんの顔が真っ青を超え、真っ白になりました。

 なかなか面白い顔芸です。この顔芸だけで、溜飲が少し下がった気がします。

 仕方ありません。このくらいで許してあげましょう。


「あはは。安心してください、白仙さん。ただの冗談ですから」


「な、なんじゃ、そうでしたか。いやはや、お嬢さんの冗談は冗談に聞こえないから焦ったわい。ほっほっほっ」


「ええ、冗談ですよ。……三割程は」


 ニヤリと口を三日月型にして笑ってみます。

 白仙さんがものすごい勢いで5メートルほど後退りました。

 御老体とは思えない、素早い動きですね。素晴らしい。


「あはは。白仙さん、本当に面白いですね。なんか、怒っていたのがバカらしくなってきましたよ」


「いや、儂は君を面白がらせる『りあくしょん』を取りたいわけではないのじゃが……」


 先程の『あいでんてぃてぃ』と言い、白仙さんは横文字が苦手みたいです。すべて平仮名に聞こえます。


「まあまあ。――ほら、もう髭を毟ろうとはしませんから、こちらに戻ってきてくださいな」


「むう。それでは……」


 チョイチョイと手招きすると、白仙さんがいそいそとカウンターまで戻ってきました。

 まだ警戒しているのか、いつでも逃げられるように椅子から腰を浮かせていますが。


「でも、司書の仕事をもっとやりたかったというのは本心なのですよ。それができなかったことに対する無念も本当です。せっかく美人司書として、歴史に名を残すチャンスでしたのに……」


「むう……。動機はアレじゃが、確かにそれは可哀想じゃのう……。――って、ああ、そうじゃ!」


 何か大事なことを思い出したのか、急に立ち上がった白仙さん。

 彼は「ちょっと待っておれ!」と言って、カウンターの中に引っ込みました。

 カウンターの奥を覗いてみると、白仙さんは電話でどこかと連絡を取っていました。


「――ああ、宅嗣(やかつぐ)殿? 先日はどうも。時にな、この間飲みに行った際に分館の司書を探しているという話をしていたと思うのじゃが……。あれ、まだ探とるかの? ――ああ、そうか。なら、うってつけの人材が今ここに――。え? 今からこっちに来る? ではお待ちしておりますのじゃ」


 ――ガチャリ。


 電話を切った白仙さんは、「ほう……」と一息ついて、私の方を見ました。


「宏美さんや。あんた、要は司書として働きたいのじゃろ?」


「え? ええ、そうですね」


「そんなあんたに、打ってつけの話があるのじゃが……。受けてみんか?」


「…………。ふむ。話を伺いましょう」


「ならば、今しばらく待たれよ。あんたに合わせたい人がおるでな」


 意味深な笑みを浮かべる白仙さんに、私はゆっくりと頷きました。

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