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はい、こちら黄泉国立図書館地獄分館です  作者: 日野 祐希@既刊8冊発売中
第二話 ~夏~ 地獄にも研修はあるようです。――え? 行き先は、天国?
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名保護司、再びです。

 その声が聞こえてきたのは旧館の四階、第二閲覧室の入り口に差し掛かった時でした。


「――ですから、他の利用者さんもいらっしゃいますので、もう少しお静かにお願いしますと……」


「ああ? オレら、普通に本読んでただけだぜ。なあ?」


「そうそう。せっかくいい気分で読書を楽しんでいたのにな~」


「あ~あ、白けちまったな~」


「てか、お前、何様よ? オレら、お客様だぜ。何いちゃもん付けてくれちゃってんの?」


「あんま調子こいてると、温厚なオレらも怒っちゃうよ?」


 怯えた女性の声と威嚇するような男性の声×5。何やら不穏な雰囲気の漂う会話ですね。きな臭い臭いがプンプンします。

 と言いますか、この男共の頭悪い感じの会話……。発している人は違いますが、どことなくデジャヴを感じますね……。

 具体的に言うと、何だか一月半くらい前、同じような会話を間近で聞いた気がします。

 いやはや、まさか天国までやって来て、またこのような光景を見ることになるとは思いませんでしたよ。


(名探偵が事件に行きあうように、名保護司兼名司書である私は、この手の事態に行きあう運命なのでしょうかね……)


 なんてことを考えながら閲覧室の中を覗くと、案の定です。柄の悪い鬼五人(十中八九、地獄の学生か何かでしょうね)が、本館の職員さんを取り囲んでいました。

 だぼっとした服をだらしなく着こなし、髪を明るい金色に染めた鬼達。

 もう、これでもかという程わかりやすくチンピラですね。

 大方、天国まで来たはいいけれど、行くところがなくて天国本館へ流れ着いたのでしょう。ここならタダで涼めますしね。


「いえ……。私はただ、少しお願いをさせていただいただけで……」


 大柄のチンピラ鬼五人に囲まれ、職員さん(若い女性)は涙目です。お可哀想に……。

 同じか弱い女性として、お気持ちはよくわかりますよ。こんなチンピラどもに囲まれたら、恐怖のあまり身がすくんでしまいますよね。ええ、私も非力な女性ですから、よくわかります。


 ――さてと……♪


「……いけませんね。皆さん、申し訳ありませんが、少しお待ちください」


 私達受講生に交じって閲覧室の中の様子を窺っていた石上さんが、すぐさま閲覧室に踏み入ろうとしました。

 ――ですが、残念。一足遅かったですね。


 なぜなら……。


「ジャーマンスープレックス」


「「「はい!」」」


「ぐえっ!」


 一足早く閲覧室に踏み込んだ私と子鬼さん達(あとついでに、なぜかまだいる兼定さん)が、すでに肉体言語による説教を始めていたからです。

 今回の不良さん達は、すでに手を出しているみたいですからね。有罪、即指導(エクスキュージョン)開始です。


 フフフ……。研修でたまったストレスの憂さ晴らし――あ、違いました。久しぶりの不良少年達の利用者教育兼更生請負、つまりは私の領分ですよ。腕が鳴りますね。


 で、記念すべき最初のターゲットとなったのは、一番入口の近くにいた方です。面倒なので鬼Aさんと呼称しましょう。

 私の愛すべき部下・子鬼三兄弟の連携ジャーマンを食らった彼は、潰れたカエルのようなくぐもった悲鳴を上げました。


「「「だ~いせ~こ~!」」」


 ブリッジ体勢になった鬼Aさんの下から這い出て、とまとさん・ちーずさん・ばじるさんがハイタッチを交わして喜びます。

 皆さん、大変よくできました。グッジョブです。


 しかし、三人による今の一撃はただのジャブ――挨拶でしかありません。ここからが、本当に心のこもったお説教です。


 というわけで……。


「ぐふっ!」


 思いの強さを物理的な質量に変え、彼にぶつけてみました。

具体的に言うと、ブリッジ状態になった彼の股間へ砲丸玉(一般男子用、約七キロ)を落としました。弱点を責めるのは……以下略。


 私の思いが色々なところに染み入ったのでしょうね。鬼Aさんはすっかり大人しくなりました。泡吹いて白目になっていますが、これが彼なりの反省手段なのでしょう。善きかな、善きかな。


 ――って、おや? 何だか周りが静かですね……。


「「「……………………」」」


 どうしたのかと思って周囲を見回してみたら、この場にいる全員が目を丸くして、口をあんぐりと開けていました。

 どうやら我々の華麗な説法に、開いた口が塞がらなくなってしまったようです。


「……ハッ! て、てめぇ、ヤスオに何しやがる!」


 最初に回復したのは、鬼Aさんの隣にいた長髪の鬼Bさん(仮名)でした。

 なるほど。さっきの鬼Aさんの名前は、ヤスオさんというのですか。おそらく元服前の幼名(?)なのでしょうが、何だかがっかりするくらい普通の名前ですね。聖良布夢(せらふぃむ)さんの時のようなインパクトは皆無です。


 まあ、名前の件は置いておくとしまして……。

 今はあの世一の名保護司として、彼の質問に答えるとしましょう。


「うーん、何をしたのかと聞かれれば、そうですね……。一言で言えば、『言葉のキャッチボール』でしょうか。誠意と愛情あるお説教というやつですよ♪」


「ちょっと待て! これのどこが『言葉のキャッチボール』だ! 思いっきり、デッドボールじゃねえか! 誠意どころか悪意しか見えねえよ!」


 懇切丁寧に応えてあげたら、何が気に入らなかったのか、鬼Bさんが噛みついてきました。

 キャンキャンうるさいですね。

 私のどこに悪意があるというのでしょうか、このチンピラ。

 いい加減なことを言うのは、よしてもらいたいものです。


「よく見てくださいな。ほら、ここ。ちゃんと砲丸に、『図書館では静かにしてください!』って書いてあります。バッチリ説得です!」


「そこはちゃんと口で言えよ! 大体、何で砲丸なんだよ。キャッチボールなら、せめて野球ボールを使え!」


「私がこのお説教にかける思いの強さを、『質量』という形で表現してみました」


「だから! 何で表現方法がことごとく物理的なんだよ!」


 この鬼Bさん、私が何か言う度に的確なツッコミを返してきますね。芸人体質なのでしょうか。若干ウザいです。

 と、私が呆れ気味の視線を鬼Bさんに向けた時です。帽子をかぶった鬼Cさんが、鬼Bさんの肩に手を置きました。


「おい、落ちつけよ、タカシ」


「あ? 何だよ、シゲキ! ヤスオがやられたのに、黙ってろって言うのか!」


「んなこと言ってねえよ。だが、よく見ろ。多分こいつら、獄高の聖良布夢一派を再起不能にした奴らだぜ」


「な! こいつらがあの『漆黒の堕天使』を……」


 おや? この方々、聖良布夢さんのお知合いですか。世間というのは本当に狭いものですね。

 あと聖良布夢さん、知り合いに『漆黒の堕天使』なんて呼ばせていたのですね。これはちょっと、憐れになるくらいイタ過ぎますよ。私、次に彼と会ったら、思わずドン引きしてしまうかもしれません。


「へっ! つまりこいつらを倒せば、地獄にオレ等の敵はないってことだよな、シゲキ」


「そういうこったな。――おい、ケンジ、マサシ」


「おうともよ!」


「任せとけや!」


 五人組の中でもとりわけガタイの良かった残りの二人――ええとケンジさんとマサシさんですか? が、バキバキと拳を鳴らしながら他二人の前に出ました。

 見た目通り、この二人は一味の荒事担当というところなのでしょう。これでもかという程、やる気満々です。


 ウフフ。『飛んで火にいる夏の虫』とはこのことですね……。

 さあ、ショータイムの始まりです♪


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