名保護司、再びです。
その声が聞こえてきたのは旧館の四階、第二閲覧室の入り口に差し掛かった時でした。
「――ですから、他の利用者さんもいらっしゃいますので、もう少しお静かにお願いしますと……」
「ああ? オレら、普通に本読んでただけだぜ。なあ?」
「そうそう。せっかくいい気分で読書を楽しんでいたのにな~」
「あ~あ、白けちまったな~」
「てか、お前、何様よ? オレら、お客様だぜ。何いちゃもん付けてくれちゃってんの?」
「あんま調子こいてると、温厚なオレらも怒っちゃうよ?」
怯えた女性の声と威嚇するような男性の声×5。何やら不穏な雰囲気の漂う会話ですね。きな臭い臭いがプンプンします。
と言いますか、この男共の頭悪い感じの会話……。発している人は違いますが、どことなくデジャヴを感じますね……。
具体的に言うと、何だか一月半くらい前、同じような会話を間近で聞いた気がします。
いやはや、まさか天国までやって来て、またこのような光景を見ることになるとは思いませんでしたよ。
(名探偵が事件に行きあうように、名保護司兼名司書である私は、この手の事態に行きあう運命なのでしょうかね……)
なんてことを考えながら閲覧室の中を覗くと、案の定です。柄の悪い鬼五人(十中八九、地獄の学生か何かでしょうね)が、本館の職員さんを取り囲んでいました。
だぼっとした服をだらしなく着こなし、髪を明るい金色に染めた鬼達。
もう、これでもかという程わかりやすくチンピラですね。
大方、天国まで来たはいいけれど、行くところがなくて天国本館へ流れ着いたのでしょう。ここならタダで涼めますしね。
「いえ……。私はただ、少しお願いをさせていただいただけで……」
大柄のチンピラ鬼五人に囲まれ、職員さん(若い女性)は涙目です。お可哀想に……。
同じか弱い女性として、お気持ちはよくわかりますよ。こんなチンピラどもに囲まれたら、恐怖のあまり身がすくんでしまいますよね。ええ、私も非力な女性ですから、よくわかります。
――さてと……♪
「……いけませんね。皆さん、申し訳ありませんが、少しお待ちください」
私達受講生に交じって閲覧室の中の様子を窺っていた石上さんが、すぐさま閲覧室に踏み入ろうとしました。
――ですが、残念。一足遅かったですね。
なぜなら……。
「ジャーマンスープレックス」
「「「はい!」」」
「ぐえっ!」
一足早く閲覧室に踏み込んだ私と子鬼さん達(あとついでに、なぜかまだいる兼定さん)が、すでに肉体言語による説教を始めていたからです。
今回の不良さん達は、すでに手を出しているみたいですからね。有罪、即指導開始です。
フフフ……。研修でたまったストレスの憂さ晴らし――あ、違いました。久しぶりの不良少年達の利用者教育兼更生請負、つまりは私の領分ですよ。腕が鳴りますね。
で、記念すべき最初のターゲットとなったのは、一番入口の近くにいた方です。面倒なので鬼Aさんと呼称しましょう。
私の愛すべき部下・子鬼三兄弟の連携ジャーマンを食らった彼は、潰れたカエルのようなくぐもった悲鳴を上げました。
「「「だ~いせ~こ~!」」」
ブリッジ体勢になった鬼Aさんの下から這い出て、とまとさん・ちーずさん・ばじるさんがハイタッチを交わして喜びます。
皆さん、大変よくできました。グッジョブです。
しかし、三人による今の一撃はただのジャブ――挨拶でしかありません。ここからが、本当に心のこもったお説教です。
というわけで……。
「ぐふっ!」
思いの強さを物理的な質量に変え、彼にぶつけてみました。
具体的に言うと、ブリッジ状態になった彼の股間へ砲丸玉(一般男子用、約七キロ)を落としました。弱点を責めるのは……以下略。
私の思いが色々なところに染み入ったのでしょうね。鬼Aさんはすっかり大人しくなりました。泡吹いて白目になっていますが、これが彼なりの反省手段なのでしょう。善きかな、善きかな。
――って、おや? 何だか周りが静かですね……。
「「「……………………」」」
どうしたのかと思って周囲を見回してみたら、この場にいる全員が目を丸くして、口をあんぐりと開けていました。
どうやら我々の華麗な説法に、開いた口が塞がらなくなってしまったようです。
「……ハッ! て、てめぇ、ヤスオに何しやがる!」
最初に回復したのは、鬼Aさんの隣にいた長髪の鬼Bさん(仮名)でした。
なるほど。さっきの鬼Aさんの名前は、ヤスオさんというのですか。おそらく元服前の幼名(?)なのでしょうが、何だかがっかりするくらい普通の名前ですね。聖良布夢さんの時のようなインパクトは皆無です。
まあ、名前の件は置いておくとしまして……。
今はあの世一の名保護司として、彼の質問に答えるとしましょう。
「うーん、何をしたのかと聞かれれば、そうですね……。一言で言えば、『言葉のキャッチボール』でしょうか。誠意と愛情あるお説教というやつですよ♪」
「ちょっと待て! これのどこが『言葉のキャッチボール』だ! 思いっきり、デッドボールじゃねえか! 誠意どころか悪意しか見えねえよ!」
懇切丁寧に応えてあげたら、何が気に入らなかったのか、鬼Bさんが噛みついてきました。
キャンキャンうるさいですね。
私のどこに悪意があるというのでしょうか、このチンピラ。
いい加減なことを言うのは、よしてもらいたいものです。
「よく見てくださいな。ほら、ここ。ちゃんと砲丸に、『図書館では静かにしてください!』って書いてあります。バッチリ説得です!」
「そこはちゃんと口で言えよ! 大体、何で砲丸なんだよ。キャッチボールなら、せめて野球ボールを使え!」
「私がこのお説教にかける思いの強さを、『質量』という形で表現してみました」
「だから! 何で表現方法がことごとく物理的なんだよ!」
この鬼Bさん、私が何か言う度に的確なツッコミを返してきますね。芸人体質なのでしょうか。若干ウザいです。
と、私が呆れ気味の視線を鬼Bさんに向けた時です。帽子をかぶった鬼Cさんが、鬼Bさんの肩に手を置きました。
「おい、落ちつけよ、タカシ」
「あ? 何だよ、シゲキ! ヤスオがやられたのに、黙ってろって言うのか!」
「んなこと言ってねえよ。だが、よく見ろ。多分こいつら、獄高の聖良布夢一派を再起不能にした奴らだぜ」
「な! こいつらがあの『漆黒の堕天使』を……」
おや? この方々、聖良布夢さんのお知合いですか。世間というのは本当に狭いものですね。
あと聖良布夢さん、知り合いに『漆黒の堕天使』なんて呼ばせていたのですね。これはちょっと、憐れになるくらいイタ過ぎますよ。私、次に彼と会ったら、思わずドン引きしてしまうかもしれません。
「へっ! つまりこいつらを倒せば、地獄にオレ等の敵はないってことだよな、シゲキ」
「そういうこったな。――おい、ケンジ、マサシ」
「おうともよ!」
「任せとけや!」
五人組の中でもとりわけガタイの良かった残りの二人――ええとケンジさんとマサシさんですか? が、バキバキと拳を鳴らしながら他二人の前に出ました。
見た目通り、この二人は一味の荒事担当というところなのでしょう。これでもかという程、やる気満々です。
ウフフ。『飛んで火にいる夏の虫』とはこのことですね……。
さあ、ショータイムの始まりです♪




