研修、二日目です。
二日目第一講義:レファレンス論 講師:ダンタリオン氏
日付変わって、新人研修二日目。午前中の講義はレファレンス論です。レファレンスとは、司書が利用者の探しものや調べものをお手伝いするサービスのことです。
この講義を担当されるのはアメリカ天国議会図書館からやってきた特別講師、ダンタリオン先生。
名前を聞いてピンときた方もいらっしゃるかもしれませんが、この方、リアル悪魔です。現在はアメリカの天国住まいですが、昔は七十二の魔神の一柱とか呼ばれていた、れっきとした悪魔さんなのです。
そんな彼がアメリカ天国議会図書館で働いているのには、当然ながら理由があります。
何とこの方、悪魔界の派閥争いに敗れ、公爵位やら悪魔パワーやらを剥奪されてしまったのだそうです。
さらに首まで取られそうになったから、移民ウェルカムなアメリカ天国へ這う這うの体で亡命。今は唯一残った豊富な知識を活かし、アメリカ天国議会図書館でレファレンス部門のトップを務めているとのことでした。
昔はソロモンさんに呼ばれてブイブイ言わせていたそうですが、こうなってしまうと色々形無しですね。
ただ、当の本人は息苦しい社交界から解放され、自由を謳歌しているみたいです。悠々自適なセカンドライフというやつですよ。人生、何がどう転ぶかわかったものではありませんね。
――さて、そんな没落悪魔が行う講義。その内容がどんなものだったかと言えば……悪魔らしくなかなかに鬼畜外道なものでしたね。
「レファレンスは実践が一番!」
と、流暢な日本語(日本のアニメを週に百時間程見ていたら、自然と覚えたとのこと。この悪魔、いつ仕事をしているのでしょうか)で宣った彼は私達を三班に分け、『何この無茶振り!』的な課題を出してきました。
探す本はそれぞれ違いますが、課題内容はすべての班で同じです。A4用紙を一枚だけ渡し、「この本を探してきなさい」と、それだけです。
渡されたA4用紙には、本の見開き二ページ分の内容が印刷されていました。 しかも、ご丁寧なことにページ番号は消されています。
つまり、渡された二ページに書かれた内容だけを頼りに本を探して来いというわけです。蔵書数一千万冊オーバーを誇るこの本館から、たった二時間で。
しかも見つからなかった場合は、メイド服か執事服で先生の買い物(アニメDVD、フィギュア、ゲームなど)に一日付き合うという罰ゲーム付きです。もう最悪です。
まあ、さすがに黒歴史確定な罰ゲームは皆さん御免だったらしく、全班見事に本を見つけ出しましたけどね。
で、みんな本を見つけられて、めでたし、めでたし。――といけば良かったのですが、そうは問屋が卸さなかったわけで……。
何とあのオタク講師、私達が必死に本を探している間、多目的室のプロジェクターを使って、一人でアニメ鑑賞会を開いていたのです。
それを知った受講者一同は大激怒。私の扇動と指揮に従った受講者達は、ダンタリオン先生にメイド服を着せた上で、ニューハーフメイドカフェなるものに売り飛ばしました。
先方も初の外国人メイドに野太い雄叫びを上げて喜んでいましたし、先生も日本のサブカルチャーが堪能できて本望だったことでしょう。
いやはや、良いことをした後というのは、大変清々しいものですね。
今度こそ本当に、めでたし、めでたし。
二日目第二講義:図書補修学 講師:黒仙氏
研修二日目の午後は、二コマ分の時間を使って図書補修学です。文字通り、本の修理について教えてくれる講義でした。
この講義における最も驚くべき点は、やはり講師でしょうね。
何と図書補修学の講師は――。
「「「くろいはくせんさんだ~!」」」
そう。うちの子鬼さん達の言葉通り、講師として現れたのは白仙さんと瓜二つの容姿をした御老体だったのです。
唯一の違いは、白仙さんの髭と眉毛が白かったのに対し、彼はそれらが真っ黒ということでしょうか。――ああ、いや、今の白仙さんは見事なパチンコ玉ですから、首から上に毛があるかないかの違い、という方がわかりやすいですね。
――え? この人、何者かって?
どうやらこの黒仙さん、白仙さんの双子の弟さんらしいです。講義が終わった後に確認したら、あっさり教えてくれました。
ちなみに私のことは、白仙さんから色々と聞いているとのことでした。その所為か知りませんが、黒仙さんは私と話す間、常に目を泳がせ、冷や汗を掻きまくり、喧々諤々と震えていらっしゃいました。
あの似非仙人、黒仙さんに一体どんな説明をしたのでしょうか。今度、地獄裁判所でじっくりと聞かせていただくとしましょう。
さて、最高級のおもてなしをするために、まずは拷問――いえ尋問部屋の予約をしておかねば。ウフフ……。
――と、それは横においておくとしましょう。
話を戻して肝心の講義の方はと言いますと、職人さんによる実演及び体験教室といった風情のものでした。
図書館内でできる簡単な本の修繕を、まず黒仙さんが実演。それが終わったら、受講者である私達が同じ修繕を体験するという形です。
ただ……修繕体験自体は、正直言って今更感しかありませんでしたね。
どこかのアホ獄卒達のおかげで、私や子鬼さん達はその手の実体験に事欠きませんでしたから。
兼定さんが半分以上修理してくれましたが、私達だって百冊単位で本の修理を経験したのです。もはや、そこらの司書には絶対負けないレベルと言ってよいでしょう。
ですが――そんな修復の大家たる私から見ても、黒仙さんの実演は見応えのあるものでした。
例えるなら、そうですね。
兼定さんの修理が速さ重視の大量生産とするなら、黒仙さんの修理は職人によるオーダーメイドといった感じでしょうか。速さでは兼定さんに軍配が上がりますが、黒仙さんの修理は本のことを第一に考えた修理と言えます。
さすがは、この道二千年余り(黒仙さんの自己申告)のキャリアを誇る修繕のプロフェッショナルです。あのパチンコ玉仙人の弟でなければ、今すぐにでも誘拐――もとい地獄分館の職員として招聘したいくらいでしたよ。
何はともあれ、どこぞの武勇伝パワハラ講師やアニオタ講師と違い、実にまともで為になる講義でした。
グッジョブです、黒仙さん。
ご褒美にあなたの髭は毟らないであげましょう。感謝してくださいね!
* * *
――はい!
以上で二日間にわたる講義のダイジェストは終了です。お付き合いいただき、ありがとうございました。
さて、これらの講義を無事に修了した私達受講者一同は、いよいよ本館での業務実習に臨むのでした。
果たして、どうなることやら……。




