地獄分館は今日も閑古鳥が鳴いています。
七月中旬。
私が地獄で再就職して三か月半、地獄分館がリニューアルオープンしてから二か月半が経ちました。
この二か月半、私はまざまざと思い知りましたよ。なぜこの図書館が司書一名、司書補三名と規模の割に少人数での運営なのか、その理由を……。
「……地獄の鬼達って、本当に必要最低限しか本を読まないのですね」
カウンターから閑古鳥の鳴く図書館を見回し、私は「はあ……」と溜息をつきました。
最初は少数精鋭なのかとも思いましたが、何のことありません。単純にこの人数で仕事が回ってしまうからでした。
この地獄分館の利用資格を持つ者は、基本的に地獄の住人すべてとなっています。
地獄の住人すべて――つまりは獄卒を始めとする、地獄に住む鬼達全員です。(獄卒とは地獄の公務員であるため、地獄には獄卒でない鬼もたくさん住んでいらっしゃいます)
つまり館当たりのサービス対象者数だけ見れば、現世にある大抵の市町村立図書館よりもよっぽど多いのです。
なのに――ですよ。分館長あるところのヒゲゴリラ曰く、元来鬼には読書という習慣がないそうなのです。おかげで利用者なんか、ほとんど来やしません。
ちなみに、書架に余裕があったのも、今まで必要最低限しか本を買わなかったからのようです。(あと、鬼共の本の扱いが雑で、本自体がすぐ使用不能になるのも一因……)
何だかもう、騙された気分ですよ。利用者が来なければ、せっかくの有能美人司書も宝の持ち腐れです。
まあ、そういった事情もあって本の購入リクエストなんてほとんど来ませんから、必要最低限の専門書以外、私の好きに選書が行えますけどね。読みたい本を、予算の限り買い放題です。この点だけはラッキーでした。
これもここ二カ月で知ったことなのですが、あの世では過去の文豪も現役で作品を書き続けています。
紫式部がBL小説を書いたり、吉田兼好がコミックエッセイを描いたり、太宰治がライトノベルを書いたりしているのです。
もう、読みたい本だらけですよ。素晴らしいですね、あの世。
あと、文豪達がやたらとサブカルチャーに傾倒していますが、気にしたら負けです。彼らも色々とはっちゃけたいのです。察してあげましょう。実力は折り紙付きなので、面白いですしね。
……………………。
すみません。脱線しました。鬼が本を読まないという話でしたね。
もちろん仕事上必要とあれば、獄卒達も法学や政治学の専門書を読みますし、中には読書好きの鬼もいます。
ええ、いることはいるのです。確かにいるのですが……本を読む鬼が絶対的に少ないことには変わりありません。
よって、この図書館を訪れるのは日に数十人程度の利用者、たまに公文書を持ってくる記録部署の獄卒、そして……。
「チワーッス! 姐さん、今日もお勤めご苦労様ッス!」
「……聖良布夢さん、いい加減その『姐さん』というのは止めてくれませんか? 私を呼ぶ時は『天野さん』か『司書さん』で、とお願いしたはずですよ」
「すみません、姐さん!」
「はあ……」
そして、この元不良少年鬼くらいなものです。『元』とは言っても格好は長ラン(裏地に刺繍入り)に学帽、高下駄と、初めて会った時の時代錯誤な番長スタイルのままですけどね。
兼定さんと同じく人間に近い姿をした鬼な所為か、何度見てもイタい格好です。彼も私の部下のようにファンシーで愛らしい子鬼さんタイプであったなら、あの格好も可愛らしいで済んだのに……。
――え? 彼、何者かって?
この少年鬼は獄卒養成高等学校に通う学生で、元札付きの不良です。
ちなみに『聖良布夢』というのは、彼が自身に与えたソウルネームだそうです。本人曰く、日本の地獄という世界に逆らうイカした名前――らしいですよ。
こんなダサ――いえ、エキセントリックな名前を名乗れるのも、若さ故ですかね。ある意味ものすごい勇者ですよ、彼。
格好だけでなくネーミングセンスまで本当に残ね――愉快な子です。
彼は将来、このソウルネームとコスチュームを思い出す度にどんな顔をするのでしょうね。
大人になった彼が悶え苦しむ姿を想像すると、それはそれで心が洗われるようです。
ああ、彼の将来が楽しみですね♪
「では自分、今日も読書に励んでくるッス! 失礼するッス!」
そう言って、彼はいつものように書架の中へと消えていきました。彼は学校が終わると毎日のようにやって来て、読書に励んでいるのです。
黒歴史を絶賛作成中の彼ですが、今のところ一番のお得意様と言えるでしょう。多分にウザいところがありますが、定期的に通ってくれる利用者の存在は有り難いものです。
(――そう言えば、聖良布夢さんがこの地獄分館に通うようになって、もうそろそろ一カ月ですか。早いものですね……)
聖良布夢さんが初めてこの図書館を訪れたのは、六月半ばのことでした。
あの頃の彼は、まだ元不良ではなく現役バリバリの不良さんでしたね。
閲覧席で読書に勤しむ聖良布夢さんをカウンターから眺めつつ、私は休憩がてら、彼と初めて会った日のことを思い返しました――。




