要求します。
「――で、結局のところ、君はここまで何しに来たのかな?」
部屋の片付けが終わったところで、閻魔様が唐突の話を振ってきました。
何しに来たのかって――あっ! いけない、いけない。私としたことが、悪を成敗するのに夢中で、肝心の用件を忘れるところでした。
「今日は地獄分館のことに関して、報告とお願いに来たのですよ。人間大砲は、あくまでついでです」
「ついでで人間大砲をぶっ放された方は、たまったものではないのだが……」
閻魔様が再びうなだれてしまいました。
うーむ……。欠片も可愛くありませんね。
「私も実際にぶっ放すつもりはありませんでしたよ。本来は脅しに――じゃない、交渉に用いようと思って持ってきただけですので」
「今、『脅し』って言ったよね! 君、上司を脅しに来たわけ?」
泡を食った様子で閻魔様が捲し立ててきました。
まったく、キャンキャンうるさいですね。だからちゃんと『交渉』と言い直したのに。
「そこはお気になさらずに。とりあえず、まずは報告ですね。――地獄分館ですけど、片付けが一通り完了しました。破損した本の修理はこれからですが、とりあえず図書館としての体裁を保てる状態にはなっています」
「上司を脅そうとしたという事実は、十分気にすべきことだと思うけど……。ともあれ、ご苦労様。一カ月弱で片づけ終わるとは思わなかったよ。ありがとう」
「いえいえ。私だけでは、これほど早く終わらせることはできませんでした」
そう言って私が子鬼三兄弟を前に出すと、彼らも喜び勇んで仕事の報告を始めました。
「ぼくらもがんばった~!」
「がんばった~!」
「いいしごとした~!」
「うむうむ。君らも良く頑張ってくれた。ありがとう」
閻魔様が子鬼さん達の頭を順番に撫でていきます。
ただ、閻魔様の手が大き過ぎて、彼らの頭だけでなく顔面まですっぽりと覆ってしまっています。――子鬼さん達、若干苦しそうですね。
「ああ、そうだ。それで、『お願い』とは何かな?」
「ええと、ですね……。――では、まず一つ目。図書事務室内を拝見させてもらったところ、いろいろと足りない物品があることがわかりました。なので、ここに書いてあるものを買い足したいのですが、よろしいでしょうか?」
私は書き出してきた欲しいものリスト(A4用紙二枚分)を閻魔様に渡します。
リストを受け取った閻魔様は、そこに書かれた内容を確認しつつ、「ふむふむ……」と頷きました。
「なるほど、なるほど。本の背に貼る請求記号ラベルの補充に、あとは中性紙にでんぷん糊、楮紙――本の簡易補修用の道具か……。ふむ。これくらいなら通常の経費として落ちるから問題ないよ。注文の仕方は、後で兼定君に確認してくれ」
「承知いたしました。で、あともう一つお願いがあるのですが……」
「うん? 何かな?」
首を傾げる閻魔様に、私は持っていたもう一つの紙束を差し出しました。
「今回のピタゴラ騒動で、破棄せざるを得ない本が多数出ています。そこで、いくらか本を買い足したいと思いまして、追加予算をいただけないかと……」
「むう……。それはちょっと厳しいかな。三月の決算期なら予算の余ったところから融通とかもできるかもしれないが、今はまだ四月だしね」
紙束を眺めつつ、閻魔様が難しい顔で唸ります。
「何なら、閻魔様が自腹で出してくださっても一向に構いませんよ。紛いなりにも、地獄分館の館長さんですからね。わあ! 閻魔様、とってもクール!」
私が笑顔で催促する後ろで、子鬼三兄弟がテキパキと人間大砲兼定の第二射を準備し始めました。兼定さんも嬉々として砲門に転がり込んでいきますね。
「「「じゅんび、お~け~!」」」
「イエス! 砲弾、アゲイン! いつでも行けます!」
「だそうです。どうしますか、閻魔様?」
「ああ、もう! わかった、わかった。仕方ない。今回は地獄裁判所内における失態だしね。特別に図書費を一カ月分上乗せするようにしておこう。とりあえず、それで破棄したものと同じ分野の図書をいくらか賄っておいてくれ。あと、年末に予算の余裕ができたら、優先的に地獄分館へ回すようにする」
獄卒達が地獄分館を破壊したという負い目もあってか、閻魔様はあっさり折れました。
従順なのは良いことですね。
「ありがとうございます。――ところで閻魔様、地獄分館における本の購入方法は発注ですか? それとも見計らい?」
「ん? ああ、もちろん発注もできるし、娯楽書なんかは書店に見計らいを頼んでも構わないよ。何なら、自分で書店へ出向いて選んできてくれてもいい。前の司書もちょくちょく天国の大型書店に出向いていたからね」
「そうですか……。わかりました。とりあえず買わなければいけない本のリストを作ってから考えるようにします」
天国の本屋とは、なかなか魅力的なお出掛けスポットです。仕事とは別に、今度のお休みにプライベートで行くのもいいかもしれませんね。
「さてと、君からの報告と要求は以上だね? なら、儂も一つ聞いておきたいことがあるのだが……」
「はい。私に答えられることなら何なりと」
私が頷くと、閻魔様は「オホンッ!」と一つ咳払いをし、期待するような口調でこう言いました。
「地獄分館だが、いつ頃から開館することが可能かを教えてもらいたい」
ああ、そう言えば地獄分館って、現在は臨時休館ということになっていたのでした。去年の春に前の司書がいなくなってからは開店休業、年末からは完全休業です。
期待した様子で聞いてきたということは、閻魔様も現状を憂いていたということでしょうか……。
――このゴリラ、ちゃんと分館長としての自覚があったのですね。少し見直しました。
「実は黄泉国立図書館の商議員会から、『どんな形でもいいから、さっさと開館しろ!』とせっつかれていてね。片付けが終了したのなら、できるだけ早く開館してほしいところなのだが……。――でないと儂、来月の商議員会でまた怒られちゃうし……」
前言撤回。このヒゲ、単に商議員会が怖いだけでした。見た目は超強面のくせに、何と情けない。
「で、宏美君、どうだろうか?」
「そうですね……」
確かに片付けは終了しましたが、開架である地下一階に置いてあった資料の内、一割少々は廃棄や要修理で利用不可。
正直なところ、今の状態で開館するのは如何なものかという気もします。
けれど……。
「そういうことでしたら、今日からでも開館しますよ」
私ははっきりと、そう答えました。
ここは、お偉いさんと分館長の要望を叶えるのを優先すべきでしょうからね。
それに――すぐ使える本は若干少ないですが、せっかく整えた私の城です。できることなら、早く人に見せて自慢したいですしね。
どうだ、これが私の図書館だぞ、と……。
本の修理やその他もろもろの作業は、追々なんとかしていけば良いでしょう。
幸い、私には可愛く優秀な部下がいます。立場上は地獄分館の人間ではありませんが、高圧的に命令すれば喜び勇んで飛んでくるハイスペック変態執事もいます。彼らの助力があれば、意外とすぐに片が付くかもしれませんしね。
「おお、そうか。ならば、区切りよく三日後、五月一日から開館としよう」
「わかりました。では、早速開館の準備を進めるようにいたします」
私の返事を聞いて、閻魔分館長も大喜びです。
商議員会で、よほどいびられていたのでしょうね。このセクハラ親父、私の手を握って「ありがとう、ありがとう!」と何度もお礼を言ってきました。
痴漢行為で本当に檻の中へ放り込んでやりますかね、このゴリラ。ウフフ……。
まあとりあえず、自慢したいという私情は隠して、この件は閻魔様への貸しということにしておきましょう。
この貸しは大きいですよ、閻魔様。




