交渉に行ってきます。
すべての準備を整えた私と子鬼三兄弟は法廷――つまりはシンデレラ城の中を歩いていました。目指す場所は城の最上階、閻魔様の執務室です。
この城に来るのは初日以来、およそ一カ月ぶりですね。
あの時はあまり気にしていませんでしたが、この城って現世にあるシンデレラ城よりもかなり大きな造りになっているようです。閻魔様が無駄にでかいですから、彼に合わせてということなのでしょう。
――おっと、城の設計意図について考えている内に、閻魔様の執務室に着いてしまいましたね。
「ここで閻魔様が働いているわけですか。こんな眺めの良いところで……。――良い御身分ですね。ゴリラの分際で……」
あんなヒゲゴリラでも、一応『筆頭裁判官』なんていう御大層な肩書を持っていますからね。一等地に執務室が与えられているのも、当然なのですけど……。
とはいえ、私が地下であのゴリラが見晴らしの良い地上五階ですか。ウフフ……。
「ししょー、えんまさまとおはなししないの~?」
執務室の前で怪しく笑う私を見て、とまとさんが不思議そうに首を傾げました。
余談ですが、『ししょー』というのは当然私のことです。『司書』と『師匠』の掛け言葉ですね。
「ええ、お話しますよ。――色々と」
とまとさんへそう返事をしつつ、私は執務室のドアをノックしました。
そのまましばらく待ちますが、中から返答がありません。
おかしいですね。扉に掛かったプレートは『在室中』となっているのですが。
「失礼します。閻魔様、いらっしゃいますか?」
ガチャリと閻魔様サイズのビック扉を開け、部屋の中をのぞき込みます。
すると……。
「ぐごーっ、ぐごーっ!」
体に合わせた特大サイズの机に突っ伏し、気持ち良さそうに昼寝をしていらっしゃる原始人の姿が目に入りました。
「……………………。……みなさん、例のモノを」
「「「あい、あい、さ~!」」」
私がパチンと指を鳴らすと、子鬼三兄弟が機敏に動いて『例のモノ』を執務室に運び込みます。ブツの移動を終えた子鬼三兄弟は、テキパキと準備を始めました。
「たーげっと、ろっくおん!」
「ハアハア! 弾丸装填、完了!」
「せーふてぃ、かいじょ!」
「おーるぐりーん!」
すべての準備が整い、三つ子と弾丸が確認するようにこちらを見ます。
四人からの視線を受けた私は、バッ、と腕を振って命令を出しました。
「人間大砲兼定――発射!」
「「「はっしゃ~!」」」
「あふ~ん!」
「ぎゃああああああああああ!」
音速の弾丸と化した兼定さんが、瞬く間に閻魔様と執務机を吹き飛ばしました。
「殺りましたか!」
子鬼三兄弟と共に、立ち昇る煙の先を凝視します。
そしたら、煙の奥から……、
「ひ~ろ~み~く~ん~ッ!」
「ハアハア……。イエス、弾丸!」
恍惚とした表情の兼定さんを肩に担ぎ、怒り顔の閻魔様が姿を現しました。
二人とも、服が少し汚れているくらいで無傷のようです。
揃いも揃って無駄に頑丈ですね。あわよくばこのヒゲを亡き者として、この部屋をもらおうと思ったのですが……。実に残念です。
まあ、閻魔様も地獄の住人ですから、本当に亡き者にできるとは思っていませんけどね。
「おはようございます、閻魔様。ご機嫌いかがですか?」
「ハハハ。誰かさんのおかげで、史上最低の寝覚めだよ」
「それは良かったです。職務中に昼寝などしていた愚か者にふさわしい寝覚めですね」
現世の日本人が、『休日出勤・サービス残業、どんと来い!』で身を粉にして働いているのに、地獄の閻魔様がこの体たらくです。多少痛い目を見た上で、この部屋を私に明け渡すくらいして当然でしょう。
「ああ言えばこう言うね、君……」
「事実ですからね」
「確かに職務中に寝てしまったのは問題であったと思うが……。でも、ここまですることはないんじゃないかな?」
「アハハ! 何をおっしゃっているのですか? やるなら徹底的にやるべきでしょう。さあ、反省したならそこに直って、この部屋を明け渡しなさい」
「いや、わけわからないから! 部屋を明け渡しなさいって一体なんだよ!」
おやおや、ゴリラが激高し始めました。さすがは単細胞。日本語が通じないようです。
「君、今すごく失礼なこと考えていない?」
「私のような聖人君子が、上司を侮辱するようなことを考えるわけないじゃないですか。いやですね、ゴリラ様」
あら、いけない。心の中で「ゴリラ、ゴリラ」と言っていたら、口にまで出てしまいました。
――おや? 目の前から視認できそうなくらい強い怒気が……。
「反省の色なし、と……。もう謝ったって、許してあげないからね……。――くらえ、天罰!」
閻魔様が叫ぶと同時、私の頭上にミニサイズの雷雲が発生しました。
雷雲から放たれた雷は私に向かって落ち……、
「ぎゃああああああああああ!」
途中でとちーずさんとばじるさんがセットした避雷針へ進路変更。その後、とまとさんがセットしたアースを伝い、閻魔様へと帰って行きます。
結果、閻魔様――と彼に担がれていた兼定さんが、雷撃を受けて黒焦げになりました。
「皆さん、グッジョブですよ。ご苦労様です」
「「「いえ~い!」」」
子鬼三兄弟とハイタッチを交わします。三人とも、仕掛けがうまく作動したのがうれしいらしく、超ハイテンションです。
「んな……何をしてくれるのだ、君は!」
黒焦げになっていた閻魔様が、煤を振り落しながら、私に食って掛かってきました。
このオヤジ、姿だけでなく態度まで暑苦しいですね。
「『何をして』って、雷を避雷針で受け止めただけですが。あとついでに、弾丸になってくれた兼定さんへご褒美を上げようと思いまして。ほら、見てください」
私が指差した先、閻魔様の肩に担がれた兼定さんがやり切った漢の顔でサムズアップしました。どうやら彼も満足してくれたようですね。
「ムガーッ! 天罰受け流すなーっ! ご褒美に使うなーっ! 儂を巻き込むなーっ!」
おや? 突然、閻魔様が激高し始めましたよ。この唐変木、一体何が気に入らなかったのでしょう?
「怒りっぽい人ですね。閻魔様、カルシウムが足りてないのでは? 第一、不当な罰を受けるのは私の主義ではありません。今回のことの発端は、閻魔様の居眠りにあったことをお忘れなく」
「む、むぐう……」
自分の失態を思い出したのか、閻魔様が押し黙ります。迸るような怒気も一気に萎れていきました。
それでは一気に畳みかけて、ケリをつけてしまいましょうか。
「それなのに、逆ギレなど以ての外です。地獄の筆頭裁判官なら、もっと深海のように広く静かな心を持ってくださいな。――そう、この私のように」
「いや、君の心の場合、深海は深海でも『広く静か』ではなく『深く暗い』な気がするのだが……。――というか君、今更だけどよく天国に行けたね」
「日頃の行いが良かったのですから当然です。むしろ、神と崇められても良いくらいです」
「ああ、そう……」
肩を落としてうなだれる閻魔様。
どうやら反省したようですね。良い心掛けです。
ただ……このゴリラが肩を落としていると、猿回しを見ているみたいですけどね。




