苛めっ子のお嬢さまは酷く美しい
赤桃色のラムジュの花は、梅雨の明けた七月が最も美しい。ふくらかな花弁に凛と背筋の伸びた茎。酔うほどに甘やかな芳香を辺りに香らせ、色鮮やかに咲き誇る姿は、そこらの野に咲く花など引き立て役にもならない。誰もが目を奪われるが、美しい花はしかしてその身に毒を孕んでいる。
ユティの仕えるお嬢様は、そんなラムジュの花のようなお方だ。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
馬車から降り立つミランジュを、門で待ち構えていたユティは笑顔で迎え入れた。十七歳になるミランジュは帝都の学園で寮生活をしており、夏季休暇で久方ぶりに自邸へと帰ってきた。
ミランジュがツバ広の帽子を上げると、初夏の風に吹かれて旅行着のワンピースがはためく。
「ただいまユティ」
ミランジュが笑むと、帽子の影の中で翠の瞳が煌めく。
瑞々しい若さの季節、以前に増して美しいミランジュをユティは屋敷へと迎えた。
「きいてよユティ、ほんとうに腹の立つ子がいるの!」
鏡台の前に座るミランジュが頬をぷっくり膨らませて唸るたび、金髪が腰のあたりをすべる。ミランジュの髪をとかしながら、ユティは苦笑した。旅装はもちろん窮屈なコルセットも外し、身に纏うのは肌着のみだ。久々の自室で寛ぎながら、学園生活についてミランジュがとりとめなくしゃべってゆく。
ミランジュが通っている学校は良家の子女たちが多く集うが、十数年前に新航路が開拓されて南大陸から舶来の品や技術がしてから状況は変化しつつある。
着々と力を肥やした成り上がりの商人達が財に任せて自分等の子供を入り込ませ、学園内の秩序を乱してくるようになったのだ。
「だってあの子、どうしようもなく愚図なのよ。頭は半端だし、ダンスなんてワンテンポずれていて……あんなのが同じ貴婦人扱いされるだなんて、私耐えられないわ。」
ミランジュがぷりぷり怒っている「ほんとうに腹の立つ子」というのもそのうちの一人である。ミランジュが言うには、爵位の無い商家の娘が、野蛮人よろしく貴族のマナーを無視して学園内を荒らし回っているのだという。
母方が海向こうの異国出身で、この国では珍しい黒髪紫目が特徴。名前はフィノシェ。しかしミランジュはあえて名前で呼ばない。自らも同じ品位に貶められる気がして嫌なのだと愚痴る。
「それで女としては一人前にブラム様に取り入ろうだなんて。ほんと、身の程知らず」
ミランジュが蔑むように目を細めた。
ブラム・クリストンは十八歳になるまだ年若い青年だ。凛とした風貌に伯爵の家柄であり、人となりも素晴らしいために女性からの人気が高い。以前もらしたところを聞くにミランジュ自身、彼に悪しからず思っている風であったから、それも相まって気に入らないのだ。
笑いながらミランジュは紅い唇をつり上げる。
「だからね、私その子にそれとなく何度か助言差し上げたの。身分相応の態度をお取りになられたら、って。ええ、勿論周りの方にも彼女に教えてくださるよう取り計らったわ。御生家の教育が足りないばかりに、これ以上無様な思いをなさるのは可哀想だもの……クスクス、あぁほんとその時のあの子の顔といったらないわ」
今までの行いを思い返しながら、あれをやった、これをやったと目を輝かせて指折り数えるミランジュの様子は、微笑ましいのと同時に、毒を孕んだ笑みは恐ろしいほど美しい。ミランジュの髪に三つ編みを丁寧に編み込みながら、あらためてユティはうっとりした。
「楽しくお過ごしのようでよろしゅうございます」
たまらずユティがつい笑みを溢すと、ミランジュはふふっと笑い返した。思いついたようにふと、その丸く艶やかな緑の瞳で鏡越しにユティを覗き込む。
「ねぇユティは私のこと、すき?」
ミランジュは尋ねた。蜂蜜みたいな笑みを浮かべながら、その瞳の奥は恐ろしいほど冷たかった。ユティは口をつぐむ。戯れな問いで、けれど答えを間違えてはいけないことを悟り、静かにミランジュの髪を結い上げる手を止める。
ユティは美しいミランジュのことを敬愛している。一方でミランジュもよく仕えるユティのことを気に入ってはいるが、『ミランジュを盲目的に敬愛しているユティ』をミランジュは好いている。逆に言えば、ただのユティには全く興味が無いのだ。
ユティはミランジュの酷薄な胸のうちに気づいている訳ではない。ただ、自分の仕えるお嬢様が見た目ほど優しくはないことを知っているだけだ。そして、見た目のあまやかさと同じくらいの毒を孕む、そんなお嬢様のことを、ユティは愛しているのだから。
ユティは鏡に映るミランジュの瞳をまっすぐ見つめ返した。
「わたしは、どんなミランジュお嬢さまでも、その……か、可愛らしいと思います」
包み隠さず胸の内を申し上げよう。そうユティは思ったのに、恥ずかしくなり俯いてしまう。顔が熱くて仕方なく、髪はボンネットにきちんと仕舞われて、真っ赤な耳を覆い隠してはくれないのに歯噛みする。
ユティがずっと顔を上げられずにいると、唐突に「まぁ!」とミランジュが嬉しそうな声を上げた。
「ユティってば、ほんとかわいいっ!」
ユティがそろそろと顔を上げた。ミランジュが笑顔で手を合わせる。きゃっきゃと喜ぶ様子に、ユティの胸にふつふつとあたたかいものがこみ上げてくる。
「ねえユティ。今日のお菓子はなにかしら」
ミランジュの髪が結い終わると、ユティに振り向いて尋ねた。帰宅したミランジュのために紅茶と甘い菓子が用意されているのはいつもの常だ。ユティは笑って答えた。
「お嬢さまのいっとうお好きなフランボワーズ味のマカロンが用意されておりますよ」
お気に入りのメレンゲ菓子の名を聞くとミランジュは「本当?」と鈴なりに喉を震わせ娘らしく喜色全面にしてはしゃいだ。頬を紅潮させて笑んだ、花咲き誇る可憐な娘に見ほれながら、ユティは自然と顔をほころばせていた。




