心の住処
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もう無理だと、思っている。感じている。
だけど理解したくなかった。
まだ大丈夫だ。なんとか立って居られるから俺は彼の近くに居たい。
彼が俺を好いてくれているのかは知らないけれど。
俺自身彼のどこがこんなにも好きで傍に居たいのかは解らないけれど。
俺だって、モテない訳じゃ無いから告白の経験くらい有る。
木崎を思うのはやめて、必死な顔をして俺を好きだと言ってくる目の前の女の子と付き合ってみようかとも何度か考えた。
けれど口から「いいよ」と発せられる事は無かった。
どうしてだろう。
彼は他の女どもと付き合うのに。
だから俺だって何したって良い筈だ。
なのにそれをしないのは、きっと、俺がもう彼以外に興味を持てないからだ。
「二見クン」
下駄箱の靴に手を掛けた時、癇に障る言い方で俺の名前を呼ぶ声がした。
肩越しに振り返ると、木崎がにっこりと笑っていた。
「なに」
「なに、って冷たいな」
「何かご用ですか」
「別に……用は無いんだけど」
わずかに彼の笑顔が歪んだ。
八方美人の彼は、笑うフリが巧い。
だからこんな変な笑顔は滅多に見られない。
「今日は一緒に帰る女はいないのか?」
「……うん、だから一緒に帰ろうよ、二見」
「は? 嫌だよ阿呆」
一緒に帰る理由が「だから」ってなんだろう。
彼は俺を馬鹿にしている。
スニーカーを乱暴に投げ出しそうになったから、意識して地面に静かに置いた。
「二見さ、最近怒らなくなったよね」
「なにそれ」
「俺が彼女と居ても、二見との約束すっぽかしても、何も言わなくなった」
「……あのさ、それって言って何かなんのか? 変わんのか?」
こんな話、こんな所でするべきじゃない。
「前は、どうしてこんな事するんだって、怒っただろ」
「そうだっけ」
「そうだよ」
「木崎、俺はもう」
疲れちゃったんだよ。
いくら俺がお前の事好きでそれを伝えても、お前はちっとも受け取ってくれなくて。
愛の言葉のようなものを口にしながら口付けた翌日他のやつとキスをするから。
お前の髪から知らない匂いがして、誰かの想像をしてしまう。
そんな事が積み重なって、怒るのも哀しくなるのも嫉妬するのも疲れちゃったんだよ。
俺はお前に愛されたい。
でも俺の気持ちだけじゃ足りないなら、もう駄目だろう。
収まり切らなかった感情が、涙になって両目から溢れ出た。
我慢をしていたのに、なんでもない事のように振る舞いたいのに。
「だって、お前俺を愛してくれないだろ……」
自分が情けなくて掌で目蓋を覆う。
ずるずると下駄箱を背にしゃがみ込むと、彼の足音が近付いた。
「泣く程俺の事好きなの?」
「おっ前マジ馬鹿じゃねぇのか!? 殺すぞ!!」
空気を読まない台詞に心底腹が立って顔を上げると、すぐ近くに彼の顔があって口唇を奪われた。
「殺して良いよ。でも俺が死んだら、二見クンまた泣いちゃうね」
この怒りをどこに持っていったら良いのか解らない。
一周回って呆れてしまう程だった。
「二見、いつも俺を見てるよね」
眉を下げて、彼が微笑む。
「俺が何をしても、二見は俺を見てくれてるよね。付き合ってた女の子に“二見って木崎くんのなんなの?”って訊かれた事何回かあるよ。鋭いよね、女性って」
木崎は俺の手首を掴み、引き立たせた。
「二見、俺はお前の視線が心地好いよ。だって、好きだって伝わってくるからね。愛されたがりだからさ」
「それが厄介なんだよ」
「二見」
「なに」
「前に、俺の愛はどこにあるんだって訊いたよな」
「ああ」
答えはくれなかったけれど。
「どこにあるか、俺にも解らないんだ。だって愛が何か解らないから。でも、二見が嫉妬してくれるのが凄く嬉しい。怒っても傍に居てくれるのが嬉しい」
「だから……お前は彼女をつくるのか」
「そうなのかな、よく解らないけど。好きだって言われたら断れないよ」
「断れよ! 断って、俺の所に帰って来い!」
「帰ってるつもりなんだけど。俺から触りたいと思うのは二見くらいだよ」
だから帰ろう、と二見は言って俺と手を繋ぐ。
そのままずんずんと周りの目も気にせず進んで行って、彼の家に辿り着くと玄関扉を閉めた途端に鼻先に噛み付かれた。
「いてぇな」
「ただいま」
「木崎って、ほんと……」
「ただいま、二見」
下唇を柔らかく吸われた。
俺は彼を、殺してしまいたい。