始まりの世界Ⅴ
「気がつくと私は傘をさして歩いていて、周りを見ると歩いている人達がいた。その中に制服を着た人が何人か歩いていたから学校に向かっていたんだと思う。場所も私が普段通るところと一緒だった。しばらく歩いていると交差点あって信号が赤だったから青に変わるまで待っていた。少し経つと信号が青に変わって歩き始めた瞬間右側から猛スピードで走ってくる青い車に撥ねられて……。そこで目が覚めたわ」
さっきまで自分を見ていた立花の顔は話すに連れだんだん沈んでいきまた地面を見ていた。
そんな姿を見て自分はただ黙って話を聞いていた。
「それ以来、見る夢は全部自分が死ぬ夢だった。あるときは轢かれて死に、またあるときは見たことのない人に殺され……」
声音がだんだん弱くなりながらも話し続ける。
「いつかそんな日が来るのだと思うと最初は怖った。今までは全部夢で見たことと同じことが起きてたから。けどある日思ったの、夢で見たことと違う行動をとれば助かるのではないかって」
「結果は…まぁ聞くまでもないと思うが」
「ええ、見ての通り私は死ななかった。でもあの夢と同じ事故に遭った」
「ただの偶然じゃないのか?」
そう言ってみたが彼女の顔はさっきと同じく街灯で照らされている地面をただ見ていた。
「確かに夢で見たことと違う行動をとった。夢で見た道と違う道を通っていけば大丈夫だと思って。でも実際に事故は起き、私の目の前にいた人が轢かれて死んだ。」
「な!…」
重要なことをさらっと言われ驚くしかなかった。だが立花はそんな自分の反応を無視し話を続ける。
「その人が轢かれるのを目の前で見て最初は何が起こったかわからなかった。事故が起きてからしばらくして何故か轢かれた人のところへ歩いていたわ。そして、その人を見てこれが現実だと認識し私は……」
「お、おい!大丈夫か!?」
立花の瞳から小さな雫が次々とスカートに落ちていた。泣いていたのだ、まるであの事故が起きた雨のように。
そんな姿を見て声をかけてみたが、嗚咽を吐きながらも彼女は話し止めなかった。
「私は…逃げ出した!助けられたかもしれない人を見捨ててしまった!私は…私は!…うぅ…」
それからも立花は泣きながら話し続けた。轢かれた人の姿を見て恐怖しその場を逃げ出してしまったこと、その後警察に事情聴取を受けたこと、その事故が原因で一時期不登校になってしまったことなど多くのことを話してくれた。
そして自分はそれを黙って聞いていた。
やがて彼女は少し落ち着いてきたのか目に残っている涙を拭いつつまた話し始めた。
「…ごめんなさい。待たせてしまって。」
「いや、大丈夫だ。それよりも立花の方は大丈夫なのか?」
「ええ、少し落ち着いた。黙って聞いててくれてありがとう。」
「い、いや!俺は別に…」
さっきまで泣いていたのが嘘みたいに立花は笑顔でお礼を言ってきた。
その姿を見てドキっとしてしまい歯切れが悪い返事になってしまった。
(何ドキッとしてんだよ俺は!)
心の中でそう自分に言い聞かせ、一つ咳払いをしてさっきと同じ質問をしてみた。
「で、結局のところなぜ立花は俺の能力のことを知ってるんだ。…まぁ大体予想はつくけど」
「ええ、多分秀哉君が思っている通り夢で。でも、そのことを知ったのは予知夢ではなかった」
「どういうことだ?」
「あの事故以来私は部屋に閉じこもってた。外に出ると死ぬかもしれないと思ってたから。でも、私は毎日死んだ。夢の中で。だから部屋にいてもいなくても死ぬ運命だと思った。そんなある日、死ぬ夢以外の夢を見たの。周りがすべて真っ白で私はそこにいて辺りを見渡していると男の人が一人立ってた。その人が私にいろいろ教えてくれた。平行世界やあの悪夢のこと、そして、あなたの能力やその名前のことも」
「夢…真っ白な世界…男…」
立花が見た夢の話を聞いてこの世界に初めて来た時に見た不思議な夢を思い出していた。
(俺があの時見た夢に似ている。何か関係があるのか…)
自分の中であの夢について考えてみたが同じような夢だということしかわからなかった。
立花に話そうかとも思ったが明確な根拠がなかったので彼女の話を聞き続けた。
「その日以来、見る夢は変わった。自分が死ぬ夢からその人が現れる夢へ。その夢がきっかけでまた学校にも行けるようになった。その人には本当に感謝してる。そして、その夢を初めて見たのが五月十五日だった」
「五月十五日…この世界の俺が殺された日」
さっき受け取った新聞紙を握り締めながら自分の中で複雑な感情と同時にある疑問も沸いた。
(自分であって自分じゃない存在、か。この世界の俺はどんな奴だったのだろうか…。そして、この世界の俺が死んだ同じ日に立花の夢も変化した。これは単なる偶然なのか?…)
「でも、高二なったらその人はもう夢に出てこなくなった。そして”あの夢”見た」
「!」
自分の中で色々考えていた中、立花はいきなりそう言いながら立ち上がったので驚いた。
そして、二、三歩歩き体をこちらの方に向け自分の顔を真っ直ぐに見ていた。
「あの夢って?もしかして-」
「私と秀哉君が飛び降りてこの世界に来る夢」
「…なるほど、そういう事だったのか」
あの時、なぜ授業が終わるとすぐ帰ってしまう立花があの時間屋上に来たのかようやくわかった。
知っていたからだ。俺がいつどこで何をしているのか、飛び降りても死なないこと、俺の能力でこの世界に来ることも、そして何より俺が助けること全て。
だが、こう考えると重要な疑問が一つある。そしてその疑問は彼女、立花香理に対する最後の質問でもあった。
「じゃあ最後の質問だ。いいか?」
そう言いながら自分も立ち上がり聞いてみた。
「ええ」
了承を得たので最後の質問を立花と同じように顔を真っ直ぐに見て問いかけた。
「立花、お前の目的は何だ?」
立花はさっきこうなることを予知夢で見たと言った。言い換えるなら、俺の能力でこの世界に来ることも知っていたことになる。
つまり、彼女にはこの世界に何かしら目的があり、ここに行くために俺の力を使ったとも考えられるし、あの世界にいると自分が死んでしまうからほかの世界に行けば助かるのではないか、とも考えられる。
いずれにしろ、立花は何かしらの理由や目的があって行動し、その結果が今の状態だと言えるだろう。
そして何より、ただ単純に立花がしようとしていることに興味があった。
「私の目的は-」
そこまで言った時、それは起きた。
「ppppppppp」
「!」
突然音が聞こえてきて一瞬驚いてしまった。見ると立花はポケットから携帯電話を取り出していた。
その音は彼女の携帯電話から出ており、音を消したあとまたポケットにしまった。
「おい、今のってなん-」
「ごめんなさい。時間みたい」
「お、おい!」
さっきの音について聞こうとしたら突然立花が寄ってきて自分の手とベンチの置いてあったバッグを掴み、ドーム状の形をした遊具へ歩き出した。
「なぁ、一体どうなってるんだ?」
「とりあえずここに隠れて。入口の方を見てればわかるから」
「入口?」
立花はそう言ってドーム状の遊具に入っていった。入っていった穴を覗いてみると中は空洞になっておりよく見るといくつか大きな穴があいていた。自分も中に入ると彼女はその穴一つから入口の方を見ていた。
それを見て自分も彼女が見ているのとは違う穴で入口の方を見た。
(これに何の意味があるんだ?…あれ?)
そう思いながらも入口付近を見ていたら、一人の人影が歩いているのが見えた。
(暗がりでよく見えないが……なっ!?)
その人影が街灯の光に照らされた瞬間、目を疑った。
「おい!あれって」
自分の見たものが見間違えかどうか確かめるため立花に問いかけた。
「ええ。そして、あの人は私でもあり私じゃない人。つまり-」
そう、あの姿は間違いなく
「”この世界の”立花香理。そして、あの人を助けることが私の目的の一つ」
そう言って”この世界の”立花の姿が見えなくなったあと俺の隣にいたもう一人の立花は遊具から出て”彼女”を追いかけていった。
「お、おい、待ってて」
急に遊具から飛び出していったので自分も急いで遊具から出て彼女のあとを追った。