空に響くは……
――――昔の話。遠い、遥か彼方の国に悪逆のかぎりを尽くした悪人がいました。
名前はすでに忘れられ、皆は畏怖を込めて、
『魔王』
と呼びました。
しかし、世に大きな闇があれば光も生まれます。剣を片手に立ち上がった青年を、人々は希望を込め、
『勇者』
と呼びました。
希望を背負い、たくさんの人の思いと共に戦う『勇者』に一人で戦う『魔王』が勝てる筈もなく、『勇者』の前に倒れ伏します。
死に際、『魔王』はこう言い残しました。
「魔王は消えない……永遠に……お前も思い知る……」
『魔王』を倒した証として、『勇者』は『魔王』の首を持ち帰りました。
悪逆のかぎりを尽くした『魔王』が、死んだ事を知った国民は大喜び。三日三晩も飲めや歌えのお祭り騒ぎ。『勇者』は英雄として持て囃されました。
ですが、夢のような時間は過ぎ去るものです。
数ヶ月立った今、『勇者』は国中から迫害を受けていました。
『魔王』を倒すために青年は、鍛えすぎてしまったのです。
大き過ぎる力は疎まれ、忌み嫌われます。
徐々に迫害はエスカレートして行き、ついに青年は自らが守った人々に殺されてしまいそうになりました。
周囲に絶望した青年は逃避を始めました。
しかし、人々は追ってきたのです。
青年が逃げれば逃げるほど、追っ手の数は増えました。
ある日、青年はついに追っ手の一人を殺してしまいました。
自ら決意し、守った人を自らが殺してしまった。後悔と自責の念に苛まれ、青年はその事実から逃げ出したくて、ただ走りました。
走って走って、走り続けて、気がつくとそこは『魔王』と戦った場所でした。
そこで、青年は休むと共に考えました。
―――どうしてこんな事になってしまったんだろう?
―――何がいけなかったんだろう?
同時にある考えが頭をよぎりました。
―――自分は何も悪くないじゃないか。
―――悪いのは全部あいつらだ。
そう考えると、心が憎しみで溢れるのにそう時間は掛かりませんでした。
グツグツと臓腑が煮え繰り返るような憎しみの中、はっ、と何かに気がついた青年。
そう、彼が考えて居たのは追っ手の殺害方法。今彼を追っている人数は膨大です。つまり彼が考えて居たのは、たくさんの人を殺す方法なのです。
ここまで考えて彼が気がついたのは、
――――これじゃ、まるで『魔王』じゃないか。
ということ。
そして、『魔王』の最期の言葉が頭をよぎり、意味を理解しました。
意味を理解した青年は笑いました。それは、楽しい感情からの笑い声などではなく、肺の空気を吐き出すような空虚な笑い声。
どこまでも広がる青い空に、青年の笑い声が響きました。
ずっと、ずっと…………。
これは遠い昔、遥か彼方の国の話。
――――壊れてしまった青年の物語
読んで頂きありがとうございます。
まぁ、予想のつく終わりです。どんでん返しを期待していた方には申し訳ないです。
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