誰?
「今日の朝ご飯は何だろな~♪」
なぜか上機嫌なシャロが鼻歌を歌いながら食堂に向かって歩いて行く。
私はその後ろを着いて行きながら居心地の悪さを感じていた。
「ねえ、シャロ。何か視線を感じるんだけど?」
「……えーと、本気で言ってるそれ?」
ひょっとして冗談だとでも思っているのだろうか?
通りすがる人達にジロジロと見られて珍獣か何かになったかのような気分だ。
「やっぱり、見られてるよ。なにこれ?」
「あー……そういうことか。それね、皆アイナのことを妬んでんの」
妬む? なんで?
頭を傾げる私にシャロは呆れたようにため息を吐く。
「そりゃクラスで目立ったこともないあんたが憧れの黒騎士様付きになれば、そうなるでしょ」
なるほどそういうことか。
既に私の頭の中では言動がおかしい残念な上司になっているが皆の中では憧れのまま。
挨拶回りをした先では色々な人に心配されたものだから感覚が麻痺していたようだ。
それにしても。
「私、妬まれるなんて初めて……」
「こらこら、喜ぶな喜ぶな」
目立たないように生きてきた私が妬まれるなんて初めての体験。
熱くなった頬を両手で挟むように押さえていると目の前に影がさす。
「ちょっとアナタ!」
「うわまたメンドクサイのが……」
食堂の扉の前に立ちふさがるようにしてこちらを指さす一人の候補生。
長く伸ばした黒髪が麗しいが見覚えはない。シャロの知り合いだろうか?
どうでもいいが食堂に入るのに邪魔だから退いてほしい。
「って無視するな! アナタよアナタ!」
てっきりシャロを指さしているのかと思われたがどうやらこちらを向いているようだ。
とりあえず、後ろを振り返ってみるが誰もいない。
本当に私で間違いないようだ。
「この私を差し置いて黒騎士様の副官に選ばれるなんて……! 一体、何をやったのか正直に白状なさい! この恥知らず!」
さんざんな言われようだが一つ聞いておきたいことがある。
「誰? 『この私』って言われてもさっぱり知らないんだけど……」
隣にいるシャロに聞くと何故か黒髪の彼女が怒り出す。
周りに集まっていた野次馬が私の言葉にざわつき始めたからきっと有名人なのだろう。
でも、私は知らない。
「……! 覚えておきなさい!」
吐き捨てるように言って、こちらを睨みつけながら悠々と去っていく彼女を皆で見送る。
「で、誰?」
「うん、少しは本だけじゃなく周りも見るようにしようね」
天然は強いなー、と呟きながら食堂に歩く友人を見ながら「で、誰?」と心の中で呟くのだった。