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黒騎士と私  作者: みあ
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初日

 執務室は学生寮にある私とシャロの二人部屋よりも倍くらい大きい。 

 准将の座る執務用の机が入り口から見て真正面に、右側が私の座る副官用の机。 

 左側には来客用のソファーが用意されている。 

 その奥には炊事場もあり、簡単な料理なら作れそうだ。 

 今までさほど使用されたことは無いようで、新品そのものといった見た目である。 

 

「しばらくは引き継ぎのために自分も一緒にいる。一週間で全て覚えろ」 

「はっ! 了解いたしました」 

 

 先任の言葉に敬礼を返す。 

 そんな私の姿に彼は珍しく笑顔を向ける。 

 

「シューストー少尉、かしこまる必要はない。正式な辞令はまだとはいえ、これからは同じ階級になる。職場の同僚として扱ってくれ」 

「……分かりました。ですが、先輩であることは間違いありませんので。これからご指導よろしくお願いします」 

 

 敬礼を崩さない私に肩をすくめてみせる先任。 

 初対面の固っ苦しさとはまた違い、意外とまともな人だったようだ。 

 

「とは言っても、初日だ。軍務局の案内と顔合わせだけで潰れるだろうがな。早速だ、着いて来い」 

 

 そう言って足早に執務室を出て行こうとする先任の後を急いで追いかける。 

 ちらりと振り返った執務室の中で准将が『行ってらっしゃい』と書いた黒板を左右に振ってみせる。 

 

「はい、行ってきます」 

 

 准将に一礼すると、曲がり角の向こうに消えそうになっている先任を見失わないように急いだ。 

 

 

「はふー、疲れたー」 

「お疲れ、初めての仕事はどうだった?」  

 

 一日の仕事という名の挨拶回りを終え、学生寮へと戻った私をシャロが出迎えてくれた。 

 なぜ未だに学生寮に住んでいるかといえば、正式に辞令を受けていない以上は未だに学生の身分だからである。 

 その証拠に私の軍服には階級を示す徽章は付いていない。 

 代わりに付いているのは将官付きの副官の地位を示す赤色の腕章。 

 これを持つ者は特務士官扱いになり、場合によっては佐官ですら同等に扱うことが出来るのだそうだ。  

 もっとも、見習いでしかない私にそんな権力はない。 

 むしろ、今のところは唯一の身分証明証だから絶対に失くすなよと釘を差された。 

 

「今日は挨拶回りだけだから仕事っていうほどのことはしてないよ」 

 

 問題は先任の見切りの速さである。 

 私が挨拶しているうちに次の人へと移動しているのだ。 

 周りが上官ばかりで失礼があってはいけないと色々話している間に消えてしまう。 

 案内された先で見回している間に次の場所に向かっている。 

 延々と鬼ごっこを繰り広げた挙句に予定の場所を全て回り切れなかったと立腹されては立つ瀬がない。 

 おかげで明日も挨拶回りをする羽目になってしまった。 

 

「そのわりには疲れてるように見えるけどね」 

「先任がせっかちな人でね、すごく振り回されるんだ。でも意外と良い人みたいだった」 

 

 良かったね、と笑うシャロだが准将のことを聞いてこないのは何故だろう? 

 てっきり黒騎士様黒騎士様と質問攻めに遭うのかと思っていたんだけど。 

 

「で、どうしてアイナが選ばれたのかな?」 

 

 顔はにこやかに笑っているのに寒気を感じたのは何故だろう。 

 黙ってる私を前に呟くように続ける。 

 

「私が最初に狙ってたのに……横槍を入れたのは誰かしら……?」 

 

 冷たい声色が胸に刺さる。 

 これは弁解すべきだろう。いかに人間関係に疎い私でもそのくらいは分かる。 

 

「べ、別に志願とかしてないからね、私!」 

 

 声が震えるのは如何ともし難い。 

 全ては私の意図すべきところではない。 

 しかし、私の考えはどうやら外れていたようだ。 

 

「へ? あ……違う違う、アイナのことじゃないよ。いや、アイナのことでもあるのか……でも、謝る必要とかは全然これっぽっちも無いから!」 

 

 シャロがいったい何に憤ってるのかは分からないが、とりあえず私に対してではないことにホッとする。 

 准将の声のことは基本的には機密事項なのだそうだ。 

 理由は軍の士気や風紀を乱すから。 

 性的言動が女性に対してのみ働いているならまだいいが、男性に対して劇的な効果を生む場合を懸念しているという。 

 准将が鎧を脱がないのも周囲の人間を恐れているからではないかと推測している。 

 まるで、昔の私を見ているようにも思えてくる。想像の世界という鎧を通してからでないと外の世界と触れ合えなかった幼い頃の私のように。 

 

「ねえ、アイナ。昔みたいに一緒に寝ようか、なんて言ってみたりして……」 

「うん、いいよ」 

 

 運良くシャロという友人を得られた私は、彼女を通すことで世界との接点を持つことができた。 

 たまには子供の頃に戻ってみるのもいいと思う。 

 

「ほら早く、一緒に寝ようよ」 

「え……ホントに……夢じゃないよね?」 

 

 何故か挙動不審なシャロを先に布団に入って呼ぶ。 

 そうして、彼女と出会った頃を思い出しながら今日という日を終えたのだった。

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