英雄の力
こうして始まった演習だったが、私がこちら側にいる以外はほとんどいつもと変わらぬ光景。
おなじくこちら側にいる黒騎士の視線を皆が意識しているらしくどこかぎこちなくも見える。
「これがこの国の女性士官候補生か(性的な意味で)」
耳元で囁く准将の言葉に他意はないだろうと思いたい。
「そうです。ついさっきまでは私もあちら側にいたわけですが」
彼女たちの持つ武器の種類は様々。
もちろん模造品ではあるが剣もあれば槍もあり、剣と一括りにしても身の丈ほどの大剣を振り回すものもあり、小振りな剣を組み合わせて二刀流をしている者もいる。
私は左手の小型盾と右手の片手剣とで攻防一体の戦い方を採用している。
これはこの学校に入るにあたって真っ先に教えられる戦闘法でありもっともオーソドックスな戦法である。
単純に武術に関しては芽が出る余地もなく、別の戦法を試す理由も無かっただけ。
特に思い入れがあるわけでもない。
「君の目から見て、誰が一番優秀なのかな?(性的な意味で)」
他意はないと思うがいちいち耳元で囁くのは止めていただきたい。
「そちらの、はい、金髪のあの子です。おそらくは彼女が群を抜いて強いかと」
友人だと囁きながらそっと指をさす。
シャロが持つのは片手剣と逆手に持った小剣。
私と同じ戦闘スタイルを相手にしているようだ。
「あの娘は……いや、気のせいか……?(性的な意味で)」
「ご存知なんですか?」
逡巡するような様子に問い返してみる。
だが、素っ気なく返された。
「いや、気のせいだろう。あの子がこんな所にいるはずがない(性的な意味で)」
「そうですか」
そのやり取りの間にシャロは相手を討ち取ったようだ。
尻もちをついた相手の首元に片手剣を突きつけている。
「良いスタイルだ。なかなか良い動きをしている(性的な意味で)」
他意はないと信じたいがレポートにでもまとめて憲兵隊に提出してこようかと思ってしまう。
中佐を見ると、呆れたように首を振ってみせる。先任は相変わらずの直立不動だ。
「全体的に見てどうですか?」
今度はこちらから問いかけてみる。
彼はぐるりと全体を見回すようにしてぼそりと呟く。
「君も含めてなかなかレベルは高いな(性的な意味で)」
「ありがとうございます」
他意はないだろうから無難に礼を言っておく。
頭部をすっぽりと覆った黒い兜では表情は窺い知れないが、隙間から見えるその瞳は真剣そのもの。
例え言動がセクハラ上司でも中身までは染まってないようだ。
「さて、皆を集めてくれ(性的な意味で)」
准将の言葉を教官に伝えると、その号令で皆が集まってくる。
その中にはもちろんシャロの姿もある。
ふと目が合うと片目をつむってウィンクして見せてくれる。
どうやら怒ってはいないらしい。
黒騎士LOVEの彼女が抜け駆けされたなどと思っていないかと戦々恐々としていたのだが無用の心配だったようだ。
「これより、准将閣下が技を披露する。これが英雄の力だと各々心に刻み込んでくれ」
中佐の言葉に無言で応えると、准将は模造刀を受け取る。
教官が用意した、標的となる人形を見据えると無言ながら裂帛の気合で剣を振るう。
誰もが素振りだろうと思った剣閃が百歩ほどの距離にある人形を切り飛ばした。
「は?」
思わず声を上げてしまったが誰も気付かなかったようだ。
中佐や先任は知っていたのか驚いた様子は見せないが、その他は私も含めて驚きを隠せない。
「あー……そのー……准将、あまりの早業で見逃した者もいるかもしれませんのでもう一度お願いしたいのですが」
一足早く立ち直ったらしいシャロが好奇心一杯の瞳で准将を見つめる。
先任が怒鳴りつけようとする気配を感じたので機先を制して助け舟を出す。
「私からもお願いします。合図がなかったのでてっきり素振りかと思ってしまったもので……」
准将は片手を上げて私達の願いを制すると、再び剣を構える。
その剣は私がよく使用する模造の片手剣、それを右手で頭上に振り上げる。
そのままの姿勢で動きを止め、こちらを窺い見るような仕草をする。
合図を求めているのだと気付いたので「お願いします」と声を掛けた。
まさに一閃。
剣が振り下ろされたと気付いた時には既にそれは起こった後だった。
先ほどの剣閃で切り飛ばされて地面に転がっていた人形が再び真っ二つに切り裂かれた。
演習場の固く均された地面には亀裂のように裂けた痕。
何度も言うようだが模造刀である。木製で刃は無く、当然のことながら何かを切り裂くなんて真似は誰にもできないはずだった。
今、眼前にはそのまさかの光景が広がっているのであった。
「まあ、俄には信じ難いであろうが、これが我が国の英雄である黒騎士の力だ。この力を制する者は魔族にもそうは居るまい。しかし、戦争は英雄一人で行うものではない。我が国はいつでも優秀な人材を欲している。諸君らのこれからに期待する。以上、解散!」
中佐がそう締めくくると言葉も無く退場していく候補生たち。
それほどまでに先ほどの光景は衝撃的だったのだ。
呆然と立ち尽くす私に模造刀を手渡しつつ准将が囁きかける。
「シューストー少尉、僕のテクニックはどうだった?(性的な意味で)」
何も言えずにいる私に彼は言い募る。
「君にはもっと慣れてもらわなければいけないな(性的な意味で)」
その言葉を理解するより早く、彼はさらに言い募る。
「大丈夫、僕に身を任せてくれれば何も心配することはないから(性的な意味で)」
思わず模造刀で横っ面を張り倒した私は絶対に悪くないと信じたい。