失われた騎士
演習場に向かう時に、ふと気付く。
准将の姓であるエンテッザ、これは確か『失われた騎士の系譜』だったはず。
建国の際に多大な功績を残したとされているが既にその系譜は絶え、伝説の中にその名を残すのみとなった『失われた騎士』。
本の虫だった私が建国史を読んで、想像の世界でほのかに憧れた存在である。
毎日のように空いた時間があれば本を読んでいたので友達がいない、という現実は忘れたい。
「准将、一つお聞きしたいのですがよろしいですか?」
思い立ったが吉日とばかりに疑問はすぐに解消するに限る。
前を歩く准将は振り返らずに応える。
「構わない(性的な意味で)」
私は構いたいところではあるが真面目な疑問なのでとりあえず黙殺する。
「エンテッザというのは『失われた騎士の系譜』ではないのですか?」
疑問を投げかけると私以外の全員が立ち止まり、驚いたような表情を見せる。
「知っているのか?!」
これは少尉、姓を問うとサイオンと名乗ったのでサイオン少尉と呼ぶのが正解だろうが絶対に呼んでやらないと決めたので、これからは『先任』と呼ぶことにする。
階級の面では同格だが一応、前の副官らしいので表向きには敬意を表したい。
「建国史の初版にしかない名なのだが……」
セイエル中佐の言葉に驚く。
確かに持ち出し禁止の棚にはありましたが普通に読めましたよ、的な驚きである。
初版なのは知っていたが、第二版以降は読んだことないけど削られてたのか、的な驚きでもある。
「王立図書館の本はほとんど読みました。その……無料開放されていましたもので」
学校に行くのにもお金が掛かる。
特に私は難民の出であり、母一人娘一人の家庭だったので学校に行くお金にも事欠くほど。
現在では難民に対して手厚い保護が為されており、私もその恩恵を受けてこの士官学校に入学し今日に至るわけだが。
当時は読み書きは誰かに教わるか、自力で修得するかしか方法がなくて、私は後者を選んだだけ。
そのために無料で開放されていた図書館に入り浸っていた。
読み書きを修得した後は想像の世界に入り浸っていたわけだが、そこは言わないでおく。
「僕は訳あって元の家名を名乗れない身だからね。失われた騎士の名を拝借したんだ。今回はその説明で勘弁してくれないかな(性的な意味で)」
今回は、ということはそれ以外にも理由があるということなのだろう。
しかも『失われた騎士』が本当の意味で失われていたとは思いもよらなかった。
「わかりました。お手数をお掛けして申し訳ありませんでした」
半年の間に絶対にその秘密を掴んでやると思いつつ、『失われた騎士』の伝説に思いを馳せる。
世界が危機に陥った時にどこからともなく現れ、全ての魔物を駆逐した後、歴史から姿を消したと言われている伝説の英雄エンテッザ。
その英雄と同じ名を持つ英雄の後ろを歩きながら、演習場へと急ぐのだった。