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黒騎士と私  作者: みあ
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二人っきり

 ……無言。 

 不思議なくらい私も准将も無言だった。 

 鎧を脱いだ准将の腕はとても温かくて、まるでひだまりのようで。 

 緊張でこわばった腕をさする。 

 

「今はまだ授業中ですから誰もいませんよ」 

 

 何故かその言葉で余計に挙動不審になる准将を不思議に思いながら顔を見上げる。 

 サラサラの長髪がどこかから入り込んだ風で揺れる。 

 私の顔にまで被さってくるそれを右手の包帯の上で弄ぶ。 

 白と黒の対比がどこか不思議で面白い。 

 

「僕の髪がそんなに珍しい?(性的な意味で)」 

 

 笑いかけてくる准将の笑顔が眩しい。 

 普段は鎧の下に隠れている表情はまるで太陽のようで直視できない。 

 目を伏せて小声になってしまったのも当然のことだろうと思う。 

 

「珍しいというわけではないです。綺麗な色、ですね」 

「そう? ありがとう(性的な意味で)」 

 

 私の部屋は三階にある。 

 そこに向かうまでの階段はかなり急で鎧を着てると危ないからと脱いでもらったわけだが。 

 こんなに気恥ずかしい想いをするなら何故そこで帰ってもらわなかったのかと不思議に思う。 

 しかも何故准将も断ることなく律儀に横抱きで運んでくれるのか。 

 別に足を怪我してるわけでもないのに、ただの我侭なのに、どうしてこんなにもしてくれるんだろう。 

 ……どうして、こんなにも温かいんだろう。 

 

「泣きそうな顔になってるよ(性的な意味で)」 

「えっ?」 

 

 驚いてつい准将の顔を近くで見てしまった。 

 顔が熱くなってくる。 

 

「その、恥ずかしい話なんですが、お父さんってこんな感じなのかなって思って……」 

 

 准将は息を呑んだように無言だった。 

 きっと変なことを言ってしまったんだろう。 

 

「そ、その、すみません。変、ですよね、私。わ、忘れてください!」 

 

 よりにもよって准将を父親と同一視するなんて。 

 でも、そんな私に彼は微笑んで見せた。 

 

「僕はお父さんと同じように、きっと君を守るから。お父さんが守ってくれた君を絶対に守ると剣に誓ったから(性的な意味で)」 

 

 目の前で誓いの言葉を口にする彼の姿につい見蕩れてしまった。 

 誓いの言葉が過去形だったことに気付かないままで。 

 

「三階に着いたけど、部屋はどこ?(性的な意味で)」 

 

 その声に現実に引き戻される。 

 

「左側の一番奥の部屋です」 

 

 扉の前で下ろされる。 

 温かいひだまりから急に日陰に放り込まれたような気分。 

 夢うつつだった私は准将の腕を掴んで言う。 

 

「少し寄って行きませんか?」 

 

 

 何か、今日の私はおかしい。 

 何故自室に帰ってまで准将にお茶を入れているのか。 

 候補生の寮室は簡単な調理が出来るようになっている。 

 それでも術式が完備されている准将の執務室とは違い、さすがにポットにまで刻み込まれてはいない。 

 『発熱』と刻み込まれた金属プレートに水を入れたヤカンを置いてしばらく待つ。 

 士官学校に入学すると一部屋に一つあてがわれたこれも准将のお手製らしい。 

 これ一つで調理が出来るのだから時代は変わったものだと思う。 

 

「どうぞ」 

「あ、ありがとう(性的な意味で)」 

 

 客用のカップを手渡すと再び挙動不審の准将。 

 普通の寮室だと思うんだが珍しいのだろうか? 

 ……確かに壁や寝台の下、机の下に至るまで本棚が完備されていてしかも中身がみっちり詰まっている部屋は珍しいかもしれないが。 


「これでも整理した方なんですよ。入り切らない本は図書館に寄付したり」 

 

 身を切られるような思いで寄付に同意したのだ。 

 図書館に専用の棚が作られたほどの量ではあったが司書さんには結構喜ばれた。 

 魔王の侵攻が始まって以来、新書の購入が滞っていたらしい。 

 給料が入ったら、収納部屋を街のどこかに借りる予定である。 

 休日になったら一日中入り浸って本三昧の生活をするのが夢だったりする。 

 

「いや、うん、別に本のことじゃなくて(性的な意味で)」 

「本のことじゃないなら何ですか?」 

 

 自分の分のお茶を小さな机に置いて対面の椅子に座る。 

 小さな物を摘んだりはまだ無理だがこれくらいの大きさなら掴める。 

 お茶の温もりが傷に沁みるのは仕方がない。 

 腕の骨が折れただけの左手なら細かい動きは出来るが、腕を伸ばせないし重い物は持てないと右手とは逆で非常に歯がゆい所。 

 

「女の子の部屋ってこんな感じなのかなって(性的な意味で)」 

「普通はこんなに本はないと思います」 

 

 率直に申し上げたのだが准将はお気に召さなかった様子。 

 何を求めていたのかが分からないまま無言でお茶をすする音だけが響く。 

 

「えっと、こういうふうにお客さんを呼んでお茶を飲むことってあるの?(性的な意味で)」 

「いえ、いつもはルームメイトと二人だけで過ごすことが多いです。たまに同級生とか呼んだりするけど、男の人は初めてで……」 

 

 自分の言葉にハッとした。 

 今、誰もいない部屋で男の人と二人っきり。 

 思えば准将の挙動不審はそれが原因だったのだろう。 

 気付いてしまった。 

 気付かされてしまった。 

 

「ひょっとして、今気付いた?(性的な意味で)」 

「……はい」 

 

 誰かに見られたらマズいんじゃなかろうか、主に准将が。 

 寮に足を踏み入れさせる時に気付いて然るべきだったのだ。 

 街中を女連れで馬に乗ってたなんて噂どころじゃない。 

 女性の部屋に招かれて密室で二人きりという状況はあまりにもマズい。 

 

「誰かに見られる前に早く……」 

 

 慌ててドアに手を掛けると、手の中でドアノブが回る。 

 誰かが開けようとしている! 

 

「隠れてください、早く!」 

 

 部屋の中に声を掛けると同時くらいにドアが開かれ、向こう側にいた人物が姿を見せた。 

 

「帰ってたんだ、アイナ。お帰りー」 

 

 抱きついて来るルームメイトをあやしながら、どう収拾を付けようかと悩む。 

 どうやったら見つからずに准将を外に出せるのだろう。 

 私の頭の中はそんな考えでいっぱいだった。

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