殺気、そして狂気
戦場の赤を彩るのは逃げ遅れた人々の血。
もう随分な数が街に入り込んだようだ。
街の中にまで緑色の魔物の血が散らばっている。
目の前に飛び出してきた小型種を切り裂きながら進む。
准将のお手製だけあって信じられないほどの切れ味を見せる私の剣。
まさか私の腕が上がったわけではないだろう。
斬った感触すらほとんど無く、バターを切るように刃が通る。
「皆はどこ?」
たったこれだけの時間離れただけなのに状況が分からない。
あちこちから剣戟が響いているから舞台は街へと移動したのだろう。
しかし、北の方角でもまだ戦闘が続いているようでもある。
どちらへ行くべきなのだろうか?
「伏せなさい!」
ミラ少尉の声!
言われるがままに咄嗟に伏せると、何かが頭の上を通り過ぎたのが分かった。
彼女が緑色の血に濡れた大剣を手に駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「今のは……?」
見回すと、背後にあった建物がズレている。
見ているうちに石壁が斜めに断ち切られ、上半分が崩れ落ちた。
「准将の剣よ」
「は?」
え? あの距離からここまで?
それを放っただろう准将の姿はここからでは豆粒ほどにしか見えない。
「乱戦になると危険なのよ。だから私たちは街に入り込んだ小型種の掃討をするの」
ある程度以上の大きさの魔物を准将が抑えてくれているから、私たちの仕事はそれをすり抜けた魔物の一掃。
ミラ少尉も大剣遣いのためにあまり細い路地には潜れないらしい。
それがここにいる理由。私に声を掛けられた理由。
彼女がいなければ、私も今頃は先程の魔物のように真っ二つに切り裂かれていたことだろう。
「ありがとうございます」
「礼を言うのは早いわ。生きて帰ったらまたその時にね」
襲い掛かってくる小型種を剣の腹で吹き飛ばして石壁へと叩きつけるミラ少尉。
魔物は緑色の血と内臓を撒き散らして絶命する。
「『展開』」
私も盾を展開して新たな戦闘に備える。
まずは魔物の掃討、そして生存者の確認。
道すがら頼まれた迷子探しもある。
「では、ご武運を!」
「ええ! また会いましょう!」
ミラ少尉をその場に残し、私は手近な路地に飛び込んだ。
どこから飛び出してくるかも分からない恐怖と戦いながら慎重に歩を進める。
「キぇーーー!」
悲鳴とも雄叫びとも取れるような声を上げて頭上から襲い掛かってくる魔物。
咄嗟に盾で殴り付け、怯んだ所を剣で突き刺す。
血を吐き、痙攣しながらも手にした鈍器をこちらに向かって振り上げようとする魔物を剣を振って投げ捨てる。
死を目前にしても向けられる殺気、そして狂気。
何故魔物はここまで人間を憎むのか。
立ち上がろうとしていた魔物は、ついに立ち上がること無くその場で息絶える。
戦争と言えば通りは良いかもしれないが、実際にはただの殺し合いだ。
殺されたくないから殺して、仲間が殺されたから殺し返す。
人間だ魔物だといっても結局は同じ事を繰り返しているだけ。
どちらが正義かなんて関係ない。
どちらも正しいと思うことをやっているだけなんだろう。
「准将は大丈夫かな?」
これほどの狂気に晒されて、あの繊細な人が果たして正気でいられるのか。
首を振ってその考えを振り払う。
私よりもずっと昔から戦ってきた人だ。
私の心配なんて取るに足らないだろう。
今は自分のことだけを考えよう。
再び奥へと歩き出そうとすると、背後で何かが崩れる音がした。
驚いて振り向くと、その影に男性が背を預けて座り込んでいるのが見えた。
「大丈夫ですか?!」
「お、もしかして嬢ちゃん……か?」
砦から一緒に来た部隊の人!
……名前は忘れたけど。
「怪我してるんですか?」
「おうよ。ガキ庇ってたら足をやられちまってな。ここに隠れてたってわけだ」
よく見ると一人じゃなく、うずくまる子供を庇うようにしていた。
子供は憔悴しているようだが怪我はないようだ。
メモ帳から『治癒』を千切ると足のキズに押し当てる。
「おっと、嬢ちゃんは戦闘に戻りな」
「でも」
術力注ぐだけなら俺でも出来る、そう言って私の手を払う。
「無理すんなって言ったろ? よう、ガキ。この嬢ちゃんに付いて行きな」
子供を立たせると、そっと背中を押す。
心配するように振り返る子供に親指を立ててみせる男。
「俺たちは黒騎士直属の騎士隊だぜ? こんな所で死にやしねえよ」
「……分かりました。絶対にまた会いましょうね」
男の子に後ろから付いてくるように言うと、今度は大通りに向かって来た道を戻る。
件の隊員を一人で残すことに一抹の不安を感じたが、本人がいいと言うからには残るわけにも行かない。
「ヒゃはハハーーー!」
笑い声のような声を上げながら走り寄る魔物に向かって走り、すれ違いざまに剣を振るう。
声にならない悲鳴を上げた男の子の目の前で血を噴き出して動きを止める魔物。
内臓と血を地面に塗り付けながら上半身だけが勢い余って転がっていく。
やがて下半身もその場に倒れ、辺りを緑色に染めた。
もう、魔物の気配は無いようだ。
男の子と手をつないで、大通りの様子を確かめながらそっと歩み出る。
あれほど響いていた剣戟ももう聞こえない。
街は再び静寂を取り戻していた。
「ありがとうございます! ありがとうございます、騎士様!」
どうやらこの男の子が探し人だったらしい。
安全なところと思い立って連れて来たわけだがまさに怪我の功名。
男の子を母親に預けると、また元の戦場に舞い戻る。
街の北口にはミラ少尉率いる遊撃部隊が十数人揃っていた。
「ミラ少尉!」
声を掛けると、笑顔を見せる少尉。
他の部隊員たちも笑顔を見せてくれた。
口々に、よく頑張ったなと労ってくれる様子に戦いが一段落付いたのだと悟る。
北の戦場に目を向けると、こちらに向かって手を振る准将の姿が見えた。
全てが終わったと皆が思ったことだろう。
准将が街の入口に差し掛かった時、光の柱がその背後に立ち昇った。
光の中から巨大な魔物が歩み出し、大地が震えるかのような雄叫びを上げる。
それが第二回戦の始まりの合図だった。




