呪い
彼の言葉を理解すると同時に激しい怒りを覚えた。
「すみません、先ほどの話は無かったことにしたいのですが」
その言葉に慌てる中佐と少尉。
原因となった言葉を発した真っ黒鎧はガシャンと大きな音を立てて地面に崩れ落ちる。
それ一人で立ち上がれるんですか、などと思ったり。
「待ってくれたまえ。これには深い訳が……」
「とてもナチュラルにセクハラ発言があったように感じたのですが、どこに深い訳が?」
そう言うと黙ってしまう中佐。
少尉は苦虫を噛み潰したような表情で黙っている。
「シューストー少尉、少し話を聞いてくれ(性的な意味で)」
地面に倒れた真っ黒鎧が再び声を発する。
やはりどこかいやらしい響きを感じるのだが。
「君は少し黙っていたまえ」
中佐の制止に再び鎧の彫像と化す准将。
「それで、深い訳とは何でしょうか? 事と次第によってはこのまま憲兵隊に駆け込みますが」
憲兵隊は軍隊内の秩序を維持する部隊のこと。
女性の比率が多くなった今日ではセクハラおよびパワハラも扱うようになっている。
いかに将官であろうと憲兵の手を逃れることは出来ず、軍法裁判に掛けられることすらあるという。
「憲兵は困る(性的な意味で)」
再び聞こえた声に少し違和感を覚えた。
声の調子とは裏腹に言葉自体は普通の物だったからだ。
「気付いたかね?」
中佐の話によると、准将はとある呪いに掛かっているらしい。
その呪いとは「全ての言動が性的な意味合いを持つこと」。
何でも英雄的な力と引き換えにそのような呪いを背負わされたとのことだが、それを施した相手が誰だか分からないという状態なのだそうだ。
にわかには信じられない話なのだが黒騎士が無口だと言うのは周知の事実。
まさか、理由がそのような物だとは思いもよらなかったが。
「それで、私に何をさせたいんですか?」
おそらくは私が選ばれた理由は彼の呪いに関することだろう。
私には何ら心当たりはないがそのくらいの見当はつく。
「君には折衝役を頼みたい」
むやみに言葉を発せられない彼に代わって交渉等をさせたいということだろうが、何故私なのだろうか?
それこそ私などよりよほどシャロの方が向いていると思うし、そこの少尉どのに任せたって良いのだ。 そんな私の心の声が聞こえたのか、今まで黙っていた少尉が口を開く。
「自分では閣下の意思を正確に伝えることが出来ん。残念なことにな……」
「うむ、彼は少々人間不信な部分があってな。威厳を感じられない人間の方が都合が良いと……ゲフンゲフン」
わざとらしく咳払いで誤魔化しているがはっきりと聞こえた。
確かに軍人らしくないとよく言われるし、母にすら「食事係?」などと揶揄されたのは事実。
しかしながら、ここまで言われるのはやはり我慢がならない。
「やはり、この話は無かったことに……」
「そうか、残念だな。半年ほど勤め上げれば近衛騎士団への推薦状を書いてもよいと思っていたのだが」
近衛騎士団?!
近衛といえば王宮で来ることのない敵を迎え撃つために結成されたエリート部隊。
当然のことながら王族を守るために設立された近衛騎士は清廉潔白でなければならず、佐官以上の推薦を二通用意しなければ入れないと言われる非常に狭き門。
戦場に出ることなく、毎日食っちゃ寝で給料も並の士官の倍以上というまさに夢の職場なのだ。
「やります! ぜひやらせてください!」
平穏を望む私が思わずそう叫んだのも無理は無いだろう。
「では改めてよろしく頼む(性的な意味で)」
こうして私は黒騎士、エンテッザ准将のもとで副官として働くことになったのだった。
主人公の容姿を描いてないのは想像で補ってほしいからです。
自らの姿を当てはめるもよし、身近な人を当てはめるもよし。
ご自由にどうぞ。