揺蕩う海
「今さらだけど、そのワンピースよく似合ってるね(性的な意味で)」
覆面付けてる人に言われても嬉しくないんですが、と本当のことを言いたい。
これはデート、これはデート、と自分に言い聞かせて抑える。
「ありがとうございます。准しょ……マコトもその覆め……服、似合ってますね」
「そう? 鎧脱いだだけなんだけど……(性的な意味で)」
そうでしょうね! 分かってますよ、そんなこと!
准将がそういう女心を理解してないのは分かってますとも!
そういう時は嘘でもいいから、この日のために着飾ってきたとか言えばいいのに。
……平常心、平常心と。
「で、これからどこに行きます?」
「君と一緒ならどこへでも行くよ(性的な意味で)」
……まずは治安部隊の詰所に行きましょうか。
中身が女顔の美形と分かっていても覆面男に言われるのは気持ちが悪い。
「デートって経験ないのでエスコートしてもらえると嬉しいんですが」
「僕もデートなんてしたことないからそんなこと言われても困る(性的な意味で)」
二人して顔を突き合わせて悩んでいると、何やら視線を感じる。
遠巻きに擦れ違う人々の視線。
「絡まれてるんじゃない?」とか、「いやあれ二人とも軍人だろ? 何かの訓練だろ」とか聞こえてくる。
……私も覆面を付けてきた方がいいのだろうか。
このままだと誰かに通報されかねない。
「とりあえず、覆面は取りましょう。怪しすぎます」
「うーん……仕方ないなー(性的な意味で)」
選んだのはフード付きの上着。
フードを深く被っていれば、覗きこまれでもしない限りは顔も見えない。
怪しいことには変わりないが覆面と比べればマシだろう。
「これ、見えない? 大丈夫?(性的な意味で)」
「大丈夫ですよ。店員さんも大丈夫って言ってたじゃないですか」
服屋に入った時も一悶着あったり。
強盗と間違えられたとかそういうのは本当に恥ずかしいので止めて欲しい。
説明する身にもなってほしいものだ。
「じゃあ、お昼ごはん食べに行きましょう。昨日は朝しか食べてないし、今日も病み上がりだからって少ししか食べさせてもらえなかったんです」
「そういえばそうだね。昨夜はそんな状態でも無かったし(性的な意味で)」
そう、昨夜は……准将は昨夜のことを覚えてるのだろうか?
恥ずかしい。もう恥ずかしいとしか言い様がない。
あんな格好で准将に抱き付いて……それ以上、何にもしてないよね?!
「その、昨日のことはどこまで覚えてますか?」
「いや、昨日は少し話をして、そのまま寝ちゃったから、寝台に寝かせて布団掛けておいたけど(性的な意味で)」
おおむね私の記憶通り。
まあ、准将が何かをするとかそういうことを心配しているわけではなく。
「いえ、そういうことではなく。その、何と言えばいいのか、私の格好……とか?」
「ああ、暗かったし、鎧も着てたから、そんなには見てないよ、大丈夫(性的な意味で)」
しっかり見てるじゃないですか!
そんなには、って何。
「アイナって意外と着痩せする方だね(性的な意味で)」
「やっぱりそのフード切り取りましょうか」
いい加減、お腹も空いてきたので涙目の准将を食事処に連行する。
やっぱりここはガッツリと肉で行くべきだろう。
少し値段は高いがステーキ定食なるものを頼んでみる。
准将はというと、パンケーキ?
「そのくらいで足りるんですか?」
「昼はこれって決めてるんだ(性的な意味で)」
私の頼んだ物よりも早く運ばれてくるパンケーキ。
准将は手を付けずにこちらを窺っている。
「食べないんですか?」
「先に食べ始めるわけにも行かないよ(性的な意味で)」
何でそういう微妙な所は紳士的なのか。
やがて私の料理が運ばれてくると、ようやく備え付けられたシロップを手に取った。
久しぶりの肉を頬張ると肉汁が口の中に溢れ出す。
「んー美味しい」
「こっちも美味しいよ(性的な意味で)」
彼の手元にはパンケーキ。
そのはずだったが、皿を見て絶句する。
まんべんなく掛けられたシロップ……どころではなく、まさに海。
むしろシロップ漬けのパンケーキと形容した方が早いか。
ドロドロに溶けかけたソレをフォークで掬って口に入れる。
「それは料理に対する冒涜だと思います」
「ん? 何か言った?(性的な意味で)」
ぼそっと呟いた突っ込みは彼には届かなかったようだ。
見ただけで甘さで胸がいっぱいになる。
最後のひとくちとして残していたステーキも食べられそうにない。
「それ、ひとつもらってもいい?(性的な意味で)」
「……ええ、どうぞ」
ステーキ定食はパン食べ放題だそうで、いくつかのパンがカゴに盛られてあった。
そのひとつを手に取ると、小さく千切って皿の上に残ったシロップを拭いつつ口に運ぶ。
見ている間に皿の上のパンケーキ揺蕩う海は准将のお腹の中に消えていった。
「准しょ……マコト、一つ頼みがあるのですが」
准将の返事を聞かない内に最後の一切れをフォークに刺して目の前に運ぶ。
「はい、あーん」
「え? あ、あーん(性的な意味で)」
口を開ける声すらいやらしく聞こえるとかどうなってんのと思いつつ、フォークを突っ込む。
シロップと肉の組み合わせってどんな味がするんだろ?
いや、意外と美味しいのか?
「美味しい、ですか?」
「う、うん! すごく美味しかったよ!(性的な意味で)」
何故か慌てふためくのが謎だったが美味しいらしい。
今度試してみよう。
後日、シャロにこの時の話をしてみたのだが「私も!」とえらく食いつきが良かった。
シロップ漬けのお肉は私が知らないだけで意外とポピュラーな料理だったのかもしれない。




