着任
少し時間を戻そう。
昼食を終え、演習場に急いでいると男に声を掛けられた。
女性士官学校に男性が入ることは滅多にない。特別に許された人間なのだろう。
「君がアイナ=シューストー?」
立ち止まる私の頭から爪先まで無遠慮にジロジロと眺める男に嫌悪感を抱く。
「確かに私がアイナ=シューストーですが、あなたは?」
少し身構えながら返事をすると、彼は直立不動で敬礼する。
首と袖に付いた階級章は少尉の物。
慌ててこちらも敬礼を返すと緊張感を孕んだ顔でこう告げた。
「セイエル中佐が君を呼んでいる。私は伝言を預かっただけだ」
そう言って踵を返して去っていく彼の姿に呆気に取られながら、先ほどの言葉を反芻する。
セイエル中佐と言えばこの士官学校の校長である。その人が私を呼んでいる?
演習場に向かう他の候補生にシャロへの伝言を頼むと、その足で校長室に赴いたのだった。
「遅い!」
深呼吸をして校長室に入った私に開口一番、先ほどの少尉による怒声が浴びせられた。
思わず身を竦めた私に彼はさらに言い募る。
「私が君に伝言を届けてからいったいどれだけの時間が流れたと思っている? 戦場においては速度こそが重要視されるのだ! 大体、私はこんな小娘を選ぶような……」
「それ以上口にすれば上官に対する批判と受け取るぞ」
少尉の言葉を止めたのは校長、もといセイエル中佐の言葉だった。
ただその一言で彼は再び直立して敬礼をしながら後ろに下がる。
「突然ですまなかったな、シューストー候補生」
「いえ、先ほどの少尉殿の仰られた通り、まだまだ未熟であります! 遅れて申し訳ございません!」
少々の皮肉を混じえつつ返すと、後ろの少尉が睨んでくる。こわいこわい。
「構わん。それよりも本題に入る」
一体どんな無理難題を仰せつかるのかと心の準備をしておく。
「シューストー候補生!」
「はっ!」
中佐が私の名を呼び、それに応える。
「これより君に少尉の階級を与える!」
「はっ!」
卒業前の任官、これはそれほど珍しいことではない。
軍の任務につくにあたって階級があることでメリットは多いがデメリットはさほどない。
任務の種類にもよるが。つまりこれからその任務が言い渡されるのだ。
「エンテッザ准将の副官として頑張ってくれたまえ。以上!」
「はっ?」
え? は? あ? え?
混乱する私に後ろで控えていた少尉が鋭く声を上げる。
「復唱っ!」
「はっ! これよりアイナ=シューストーはエンテッザ准将の副官として頑張ります!」
あれほど憎らしかった少尉に今だけは礼を言いたい。
彼のおかげで混乱が収まった。
収まった……が、さらなる疑問が湧き上がる。
副官はまあいい。ある程度階級が高い人間が秘書的な役割を期待してか、そういった人間を置くことは珍しくもないからだ。
ただ、何故私が選ばれたのかという疑問は残る。
自分で言うのも何だが容姿は中の上くらい、当然シャロには敵わない。
武術も候補生の中では中の上くらい、これまたシャロには敵わない。
頭脳の方はちょっと自信があって三番手以内にはつけていると自負しているが、常にトップのシャロには敵わない。
比較対象がシャロしかいないのは私に友達と呼べる人間がシャロしかいないからだがこれは選考理由とは関係無いだろうから詳細は止めておく。
それよりも何よりもエンテッザ准将って誰?
「では、エンテッザ准将、後はよろしくお願いします」
セイエル中佐が名を呼ぶと部屋の中に飾られていた鎧が動き出す。
真っ黒な全身鎧……ってまさか!?
「シューストー少尉、これからよろしく頼む(性的な意味で)」
「はっ?」
初めて聞く黒騎士様の声は深く静かな音でいやらしく響くのだった。