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黒騎士と私  作者: みあ
18/45

あの人のように

「明日から遠征に行くから(性的な意味で)」 

 

 出勤した私を待ち受けていたのは准将の唐突な言葉。 

 いつか来ることだと分かっていたが、いざとなると胸が騒ぐ。 

 

「初めてだろうけど、気を楽にしてね(性的な意味で)」 

「大丈夫。ドキドキするのは最初だけですぐに慣れるから(性的な意味で)」 

「怖くなったら僕に身を任せて。目を瞑っててもいいよ(性的な意味で)」 

 

 胸を押さえて気を落ち着かせようとしている私に准将が次々と声を掛けてくる。 

 准将の心遣いはとても嬉しい。 

 ……嬉しいんだが。 

 

「憲兵隊に行って来ていいですか?」 

「どうして?!(性的な意味で)」 

 

 准将の事情は理解しているし、出来る限り受け入れようとは思っているのだが、本人にあまり自覚がないというのも考えものである。 

 

「わざとやってるんですか、その言い回し」 

「え? 何かおかしかった?(性的な意味で)」 

 

 おかしかったんですよ、その、性的な意味で。 

 彼氏いない歴=年齢であり、シャロ以外の友人がいない歴=年齢でもある私に恋愛経験はない。 

 しかし、ここで今までに読んだ恋愛小説で培った知識がところどころに顔を出す。 

 

「おかしいんです。初めてだとかそういう言い回しは止めて下さい」 

 

 言ってしまった。 

 私とて一応は乙女なのだ。考えているだけならともかく『初めて』などという単語を男性に対して口にすることになろうとは。 

 

「え? 初めてだよね? これが初体験じゃないの?(性的な意味で)」 

 

 私の抜剣初体験は執務室で上司を相手に、でした。 

 

 

「というわけなんですよ」 

「まぁ、それは准将が悪いのぅ」 

 

 今はお茶菓子を手土産にルクセン中将の執務室にお邪魔している。 

 名目上は戦場に出る際の心構えを指南されること。 

 実際には准将の前にいたくなかったからである。 

 

「それで、准将はどうした?」 

「咄嗟に後ろに飛び退って、机と本棚を巻き込んで下敷きになってます」 

 

 自力で起き上がれそうだったからほっぽって来たけど。 

 中将はほっほっほと笑うと小さなクッキーを一口で頬張る。 

 

「反則ですよ、あの真っ黒鎧。軽量化が刻まれてるんでしょうけど何だってあんな動けるんだか」 

「お嬢ちゃんは戦場でのあやつを見たことがないからの」 

 

 明日からは嫌でも見せ付けられるのだろう。 

 私の前で剣を握ったのは初日の演習場のみ。 

 それすらも模造刀で、剣を抜いた所は見たことがない。 

 

「戦場を縦横無尽に駆け回り、剣を振るえば魔物の軍勢が吹き飛ばされる。連中にとっては悪夢だろうよ」 

 

 彼が味方で良かったとは中将の弁。 

 あの英雄ルクセンにここまで言わせる准将の戦いぶりに興味はある。 

 しかしながら、私の知っている准将はほんわかセクハラ上司。 

 とても同一人物とは思えない。 

 

「准将は抜き身の剣。お嬢ちゃんはさしずめ鞘かの。ずいぶんと丸くなったものじゃて」 

「はあ……?」 

 

 中将の話によると、准将も少し前まではもっと尖っていたらしい。 

 丸くなる、尖る、という単語で鎧のことかとも思ったが、准将の周りに対する態度のことのようだ。 

 

「昔は誰も寄せ付けず、誰も信用せず、誰とも会話せず、と随分気を揉んだものじゃ」 

「えっ、あの准将が?! ……嘘、ですよね?」 

 

 あの気の弱い子犬のような准将が? 

 私が少しでも怒るような素振りを見せるとビクビク震えてる准将が? 

 口を開けばセクハラ三昧、とても反省しているように見えない准将が? 

 

「当時、軍の指揮下に無かったことにサイオンが腹を立てての」 

 

 サイオン中尉、当時はルクセン中将の副官だったそうだ。 

 軍の指示を無視して戦場を駆け巡る准将に真正面から戦いを挑んだらしい。 

 規律を誰よりも重んじる先任らしい行動に苦笑を禁じ得ない。 

 

「当然のことながら敗れおったが、サイオンを側に付けるようになったのでな」 

「あ、それで副官に」 

 

 頷く中将を見て、色々と納得する。 

 男の人は殴りあって友情を築くって本に書いてあったけど本当だったんだ。 

 数々の物語との一致に胸が震える。 

 

「ほれ、もう昼じゃ。そろそろ戻りなさい」 

「……そうですね。准将もそろそろ反省しているだろうし戻ります」

 

 ありがとうございましたと頭を下げる私に中将が言う。 

 

「冷静に冷静に、平常心で行け。戦場でもどこでもな」 

 

 再び頭を下げながら退室する私にほっほっほと笑いながら「若いのぉ」と中将が呟く。 

 平常心、平常心、と。 

 心に命じながら准将の執務室に向かう。 

 心に重いものを感じながら執務室の扉を開けると床に突っ伏して土下座らしきものをしている准将の姿があった。 

 見回すと机と本棚はきちんと元の位置に戻されていたが本は床の上に積み重ねてある。 

 さすがにこれだけの時間では片付けられなかったらしい。 

 

『ごめんなさい』 

 

 不意に視界の片隅で黒板の文字が踊る。 

 突っ伏しながら片手で振っているのに気付いて、器用だなと思う。  

 つ、と引っ込めて顔を床に伏せながら文字を消すと、再び何かを書き始める。 

 

『もう黒板でないと会話しません』 

 

 見ながら書いてないのであちこちが歪んでいる。 

 中将の話を聞いて思う。 

 おそらくは、彼も私と同じなのだ。 

 私が本の世界に閉じこもっていたように、彼は鎧の中に閉じこもることを選んだのだろう。 

 けれど先任がその殻を壊したのだ。シャロが私にしてくれたように。 

 だから、私はあの人のように受け入れてあげるべきだと思う。 

 准将の頭の前にしゃがみこんで声を掛ける。 

 

「私の方こそ、ごめんなさい。准将も苦しんでいたんですよね。分かってあげられなくてごめんなさい」 

  

 兜を撫でさするようにすると、彼は顔を上げる。 

 しかし、またすぐに伏せてしまう。 

 

「こんな虫のいい事ばっかり言って怒ってらっしゃいますよね? どうすればいいんですか? どうしたら許してもらえるんですか?」 

 

 シャロはこんな想いをしていたのかと泣きそうになりながら矢継ぎ早に疑問を投げ掛ける私に対して、准将の手が黒板に何かを書き付ける。 

 

『僕は水色より白の方がいいな』 

 

 白……? 水色……? 

 しばし考えて、思い当たる。 

 

「……私の下着、見ましたね准将?」 

「わざとじゃない! わざとじゃないんだ!こう、顔を上げたらちょこっと(性的な意味で)」 

 

 スカートを押さえつつ、准将の頭を全体重をもって床に押し付ける。 

 兜のせいで本人には何の痛痒もないのが気に入らない。 

 

「黒板越しの会話は止めにしようかと思ってましたけど、これから一生、黒板以外での会話は無しでよろしいですね!」 

「一生?! えっ、一生僕のそばにいてくれるの?(性的な意味で)」

「言葉のあやです!」 

 

 真っ黒鎧の兜を目掛けて鞘に入ったままの剣を何度も叩き付けながら、そんな会話を繰り広げた遠征前日だった。

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