適性
「こう、ですか?」
『もう少し術力を込めながら少しずつ刻んで』
今日は紋章術式の講習。
准将が黒板に書いた『水』という文字を木製の模造盾に刻む。
これが完成すると紋章から水が滲み出してくるらしい。
水筒の内側に刻めば汲む必要も無くなる便利な発明だと思うのだが、紋章に直接術力を流す必要があるので物理的に使えないそうだ。
手が入る大きさの水筒を作ればと言った所、一つの紋章から出来るのは微々たる量だし疲れるし何より手を突っ込んだ水飲むの嫌だ、などと言われたら反論のしようもない。
「これでどうかな?」
出来上がった紋章に指を当てて術力を流し込もうとしたのだが、いつものような吸い込まれる感じがしない。
むしろ反発して指が浮き上がりそうになるほど。
准将の方を見ると『失敗だね』と書かれた黒板を見せてくれた。
「あー! もー! 分かんない!」
これで朝から数えて四度目の失敗。
刻み方も教わった通りにやってるし、道具だって准将の物を使わせてもらってる。
『水』の意味も読み方だって分かってるし意識下のイメージも完璧なはず。
これでいったいどうして失敗するのかが分からない。
『反発してるってことは術力が素材に適してないんだと思う』
私の術力の質が木材に馴染んでいない。
だからこそ反発される。
逆に言えば術式自体は上手く刻めているらしい。
武具に適性があり、その他の物にもある程度なら術力を行使できる准将が紋章を撫でると水滴が指の先から垂れている。
私でも紋章が刻めることは分かったが、私自身にその紋章が使えないのでは話にならない。
准将によって既に刻まれている物に対しては刻む際に込められた彼の術力が橋渡しをしてくれるらしいが、私の術力で刻んだ物には私自身の術力が馴染んでいないので適正のある者にしか起動できないということらしい。
「他の物で試せばいいってことですよね?」
そして銅板や鉄板、ガラスや地面や、目に付いたありとあらゆる物で試してみたが一向に上手く行かない。
『他に何かあったかな』
「……もういいです」
ずっと付き合ってくれた准将には悪いが、適性が見つからないなら仕方がない。
とりあえず、その日の成果をノートに書き写す。
今日一日ずっと書き続けた『水』という文字を特に念入りに憎しみすら込めながら書く。
「ちょっと待って(性的な意味で)」
「何ですか?」
黒板も使わずに……と思いながら見上げると、こちらに伸びてきた指がノートに書いた文字をなぞる。
指が通った後には濡れた跡が次々と付いて行く。
「ちょっ?! 何してるんですか! イタズラするなんて酷い!」
「い、いたずら?! 違うよ、そんなことしてない(性的な意味で)」
准将の指を払い除けた私の手が『水』の文字の上を勢い余って滑ると、パシャリと水を張ったタライに手を入れたかのように水が跳ねる。
「え? 何これ……?」
「君の適性は多分、紙だ(性的な意味で)」
ノートに描いた『水』に術力を込めるとこんこんと水が湧きだしてくると同時にノートが使い物にならなくなった。
乾かせばまた使えるようになると信じたい。
意外とノート一冊というのは高いのだ。経費で落ちないかどうか今度経理担当に聞いてみよう。
それはさておき。
「やったーーー! これで私も魔法使い!」
嬉しさの余りはしゃぐ私に准将が『おめでとう』の黒板を振ってくれた。
今回は『水』だったが、これから『火』や『雷』を書いてみよう。
そうと分かれば話は早い。
まだ濡れていない部分を探して『火』を書き込もうとして気が付いた。
紙に『火』? 燃えて跡形も無くなるんじゃ……? 紙に『雷』、やっぱり燃えてなくなるんじゃ……?
いや、こういう自然的な物じゃなくて、武具に付けられてた紋章はどうだろう。
『尖鋭』……ダメだ、指が切れそうで怖い。『軽量化』……これ以上何を軽くするというのか。
『硬化』……紙を硬くして何の意味がある。『展開』……何を展開するのか、動く絵本か? 動く絵本なのか?!
「使えない……手品くらいにしか使えない……」
喜んですぐに床に崩れ落ちた私を、准将が『おめでとう』を掲げたまま不思議そうに見ていた。




