黒騎士
見慣れた街並みが炎に包まれていく。
真っ黒な空には炎に照らされた翼の生えた異形の魔物達が訳の分からない言語で囁き合っている。
地面では犬や豚のような顔をした魔物達が剣や槍を振り回し、その度に真っ赤な液体が飛び散っている。
馬に乗って必死に逃げる母親に抱かれ、私は肩越しにその光景を眺めていた。
それが、私の見た故郷の最後の姿である。
あれから十余年の時が流れた。
故郷は魔族の領土となり、未だ帰ることはできていない。
ため息を吐きつつ皿の上の肉を突付く。
「なーにやってんの、アイナ?」
ルームメイトのシャロが食事のトレイを持って目の前に座る。
「うん、ちょっとね……」
皿に盛られた豚肉を見て、故郷が蹂躙された夜のことを思い出したなんて誰に言えようか。
駄目だ……食欲が無くなってきた。
「はいはい、いつものアレね。じゃあこのチョコケーキとお肉交換でね」
そう言いながら彼女は何の断りもなくフォークで刺すと自分の口に放り込み咀嚼する。
彼女の甘い物嫌いは長年の付き合いで知っているがここまで無遠慮な人間ではない。
おそらくは私の激昂を狙っているのだろうが、それほど気落ちしてるように見えるのだろうか。
「ありがと……ごめんね」
「ん」
気を持ち直して目の前のチョコケーキをひとかけら口に含む。
甘い……苦味もあるがやはり甘みが際立つ。
甘い物はここ数年で急速に出回りつつあったが、まだまだ貴重品である。
どうやって手に入れたのかは大体予想は付くが一応聞いておいたほうがいいだろう。
「これ、どうしたの?」
「こないだ一緒に演習した騎士が持って来た。プレゼントだって」
その言葉を聞いて再びため息を吐く。
金髪碧眼の彼女はとても見目麗しく、こうしてプレゼントをもらってきたことは一度や二度ではない。 おそらくはその騎士も彼女に恋をしたのだろう。
だが、彼女は甘い物が嫌いなのだ。逆効果であることを教えてあげればいいのに。
もちろん、こうして恩恵に与っている私がそんなことを公言する必要性は感じない。
この食堂にいる皆がそう思っていることは想像に難くない。
共同演習の度に行われるケーキパーティーは既にこの寮の日常となっているのだ。
見回せば、あちこちでチョコケーキに舌鼓を打っている士官候補生達の姿がある。
「ため息ばかりだと幸せが逃げてくよ?」
あっけらかんと笑う彼女を前にしてため息ばかり吐いている自分が恥ずかしく思えてくる。
「はいはい、あなたも早く食べないと午後の演習に間に合わないわよ」
「そうだった! 黒騎士様のためにもバッチリ決めないと!」
黒騎士様と呼ばれているのは突如としてこの国に現れた英雄のことだ。
剣の一振りで数十体の魔物を吹き飛ばし、その歩みは城壁でさえも止められないと言われている。
実際にはいくらかの誇張はあるだろうが、その功績は本物。
魔物達に蹂躙されたこの国の領土を瞬く間に奪い返し、他国との連合を取り付けることに成功した立役者なのだから。
今食べているこのチョコケーキだって隣国との交易が回復されたからこそ私達の口に入っている。
それはさておき。
黒騎士と呼ばれている彼だが、その姿を知る者はいないと言われている。
常に真っ黒な全身鎧に身を包み、戦場以外であってもそれを脱ぐことはなく、唯一その瞳が黒曜石のようだと讃えられているのみ。
言葉を発することさえなく、常に無言実行な姿は軍人の鑑であるとも言える。
私も含めて、この士官学校にいる者全ての憧れの対象である。
「アイナ、ご飯食べたら練習に付き合ってよ。頑張ってる所を黒騎士様にアピールしなきゃ!」
だが、その願い事を受理することは出来なかった。
突然の呼び出しに続いて、突然の配属命令が私に言い渡されたのである。
シャロも含めて、皆の驚く顔が見える。
「えー……この度、副官を務めることとなりましたアイナ=シューストーと申します。突然のことで私も何が何だかよく分からなく……ではなくて、あー……そのー……以後、よろしくお願いします」
士官学校の演習場で、件の黒騎士の隣に立って挨拶する自分の姿がそこにはあった。