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青い死神

常世の神様と死神

作者: 悠凪

「お前は本当に…なんてことをしてくれたんですか」

 溜息と共に、心底呆れ返った声を投げられて、青紫の瞳を持つその死神は俯き加減に視線を落とした。

 真っ白な世界の中に、今アンリはいる。眩しさすら感じるくらいのただ白い世界の、その金色の玉座の上に腰を下ろした、銀髪に緑の瞳を持った美しい神の視線が痛いと思いながら。

 黒に近い青の髪の毛と、宝石のように綺麗な青紫の瞳を持つ黒衣の死神の姿は、ここでは目立ちすぎる。どこにも隠れる場所のない広い世界に、真っ黒な自分が逃げるところもないと諦めたアンリは、大きな死神の鎌に縋りつくように立っていた。

「何か言い訳をしたいなら聞きますよ?」

 寒気のするような低くて冷たい声に、アンリはちらりと玉座に視線を上げた。そこに見えたのは、聖堂の店主に良く似た雰囲気の、美しい男神。その鮮やかな深緑の瞳がアンリを見下ろして微笑んでいる。それはそれは美しく残忍に、切れ味の良すぎる刃のような視線に、アンリは震え上がって身を縮こまらせた。

「どうしたのですか?早く言ってごらんなさい。聞いて差し上げますよ?」

 典雅な微笑を湛えたまま、神は死神に問う。長くて艶のある銀髪を細い指で遊びながら、舐めるような視線でアンリを見下ろした。

「だって…言っても怒られるんでしょ?」

「それはどうでしょうか?私にも慈悲の心はありますよ。お前の言い分が正しければ、私もお前を許しましょう」

 その猟奇的とも取れる美しい笑みとは対照的に、声は穏やかな神の様子に、アンリはしばらく黙っていたが、そっと唇を開いた。

「僕は、一緒にここに連れてきてあげたかったんです。だってあの子達は一緒じゃないとダメだから」

「ほう…」

「魂を僕が持っていることはダメな事くらい分かります」

「それくらいは覚えていてもらわないと…当然でしょう?お前はどこまで馬鹿なのですか」

 どこかで聞いたことのある言い方をされて、アンリは思わず目を見張った。どこまでもこの神と骨董屋の怪しい男は似ているようだ。

「でもっ。どうしても一緒じゃないとダメなんです。あの子達は一緒にここに来て、また次も一緒にいないとっ」

 アンリは思わず声を大にして訴えていた。死神がここまで魂に入れ込んでしまっては、仕事にならないのでないかと、神は思う。形の良い額にそっと長い指を当てて、軽い眩暈を感じながら神は呟いた。

「お前に高い位を与えたのは誰ですか…。こんな馬鹿とは思わずにした事でしょうけど、私は神を殺しても良い身分です。どうですか、馬鹿が治るかも知れませんよ?私に殺されてみますか?」

 神殺しは大罪。しかしこの男神だけは許されている。なぜならこの神は冥府の神だからだ。そしてこの白すぎる世界は常世の入り口。

 アンリは今、自分の失態が常世の神に知られてお説教を受けているところだった。怖さどころではないその神の眼差しに、アンリは泣き出しそうなほどに震え上がりながらそれでも自分の意見は曲げない。薔薇の蔦の絡まる鎌を持つ手もふるふると震える。

 アンリは回収した魂を数日間ではあるが隠し持っていた。それはその魂のためを思ってした事ではあるが、明らかにルール違反で、未だ持ってそんな事をした死神はいない。ましてアンリは他の死神に比べても位が高く、そのアンリがこんな事をしては、他のものに示しがつかない。常世の神はそんな馬鹿で美しい死神を呼び出して、その理由を聞いてやるくらいはかまわないだろうと思ってのことだった。

 そしてアンリはこの男神が果てしなく苦手である。遠い昔に自分が死に掛けたときに、死期を先延ばしにしてもらった事があり、それが多大なる迷惑をかけることになった。自分から先延ばしにしてくれと頼んだわけではない。でも実際自分のことで迷惑をかけたのだし、しかもそれまでは真面目に死神などと言う仕事をしていなかった事もあり、アンリは迷惑をかけはしたが、貢献はしていない後ろめたさもある。

 そして今回この有様で、とうとう神自ら呼び出されて、出頭となった。

「死ぬのは怖くはないけど…酷いことをするんでしょ?」

 情けないほどに弱々しいアンリの声に、神は優雅な唇に弧を描き、言う。

「そうですねぇ。お前には迷惑をかけられてばかりですし…少しくらいはね」

「…僕、何されるの?」

 涙をためた死神は、もう子供のように小さくなっている。その姿に神は心底楽しそうに声を立てて笑った。

「その綺麗な瞳をくり抜くのも良いでしょうね。私の部屋に飾ってあげましょうか?それから、皮膚を剥いで…爪も剥がしましょうか?お前の体は綺麗なものばかり持っていますから、その下に何があるのか確かめるのもまた一興でしょう」

「…悪魔」

「なにか言いましたか?」

 ポツリと呟いたアンリの声はしっかりと神に聞こえているようだった。その冷酷な顔に更なる闇が生じ、もはや神ではなく悪魔のように黒いオーラが見えた。

「何も…言ってない。それに、僕の中なんてたいしたことないもん」

 声にまで涙が混じる。でもアンリは自分のした事に対して後悔はしていない。そこまでその魂に入れ込んでしまった事も、もちろん後悔はしていない。

 死神の鎌を抱きしめるようにして、跪いたアンリに、神はクスクス笑って静かに立ち上がった。優美な白い、ゆったりとした服の裾をたゆたわせて、玉座から降りてくる。近づいてくるその気配に、アンリの全身の感覚が悲鳴を上げそうなくらいに逆立った。その長身の体を可能な限り小さくして震えるアンリの肩に、そっと何かが触れた。ビクッと体を跳ねさせた死神に、声は優しく降り注ぐ。

「お前を殺す事など、私には造作もないことですが…今回は特別に許して差し上げます」

「……へ?」

 間の抜けた返事をしたアンリは、その青白い顔を声のしたほうに上げた。長い睫毛に囲まれた青紫の瞳の先には、銀髪の神がいた。その深緑の瞳がアンリを捉えて、そして微笑む。優しく優雅に。

「お前は馬鹿でどうしようもない子ですが、それでもそこまで魂のことを考えられるのも、また良いことです。ですが、これからは自重しなさい。ここに運ばれてくる魂全てにそんな事はできないでしょう?」

「それは…はい」

「誰かを特別扱いするなど、本来は死神にあってはならないことです。ですから、今回だけは、一つお前から罰としてもらいます」

「もらう…?何を?」

 きょとんとしたアンリに、神は意地悪げに微笑む。ぞっとするくらいに妖しい笑みを浮かべて。

「お前の大切なものです」

「僕の大切なもの…?」

 大切なもの。それは一つしかない。

 今手にする、死神の鎌だ。鎌というよりは、そこに絡みつく薔薇。アンリは思わず抱き込むようにそれに腕を絡めた。

「これはダメですッ」

「なぜですか?」

「これは、僕の命と同じです。この薔薇だけはダメ!絶対ダメだからッ。たとえあなたでもダメなもんはダメですーッ!!」

 駄々っ子のようにアンリは何度も同じ事を繰り返す。鎌を抱きしめ、そこに絡まる蔦と神を交互に見ながら、美しい青紫の瞳から涙をポロポロと零して訴えた。

「お前はいい年をして…子供ですか」

 神の、先ほどよりも呆れた声がしたが、アンリには関係ないことだ。この薔薇があるから、今自分は生きていける。それくらいアンリにとって薔薇は宝物で支えになっている。

「ダメ…これだけはダメです。お願いです。僕からこの薔薇だけは取らないで。他のものなら何でもあげるから」

 嗚咽を漏らして、アンリは神に懇願する。しばらくその様子を見ていた常世の神は、小さな溜息をつくと、アンリの黒に近い青の髪の毛をそっと撫でた。すると、青い光がアンリを突然包み込んだ。

 自分の体に妙な浮遊感を感じる。アンリは慌てて神を見上げた。

「取らないでっ。薔薇だけはお願いだから!」

 鎌を抱きしめてアンリは神を見る。目の前にいる男神が、にっこりと笑い光が消えると、アンリの頭を軽く叩いた。

「馬鹿ですね、お前は。私はお前の大切なものを一つ頂くと言ったのですよ?」

「…だから…薔薇なんでしょ?」

 でも鎌には何の変化もない。薔薇もそこにある。

「お前はこの薔薇と命は同じだと言いましたね」

「はい…」

「ならば、私はお前の命を頂きました」

「は?」

 アンリの涙に濡れた瞳が虚をつかれたようになる、それを見た神は穏やかに微笑んで、言葉を続けた。

「一つだけ、と言ったので、お前の命…寿命を少しだけ頂きました。ですがかまわないでしょう?どうせ私達は飽きるほどに長い時間を持っているのですから。少しくらい短くなっても」 

 最後は意地悪げに微笑む神に、アンリは全身の力が抜けていくのを感じて、その場にへたり込んだ。

「さあ、今日はもうこれで帰りなさい」

「…はい。ありがとうございます」

 ポツリとお礼を言ったアンリに、神は思い出したように言葉を返した。

「お礼なら、あの方に言いなさい」

「あの方?」

「そうです。お前の事を可愛がってくれる、龍神にです。今回もあの方が私の元にやってきましたよ。『馬鹿を怒らないでやって欲しい』と」

 その言葉にアンリの顔が綻んだ。花のようなあどけない笑顔が神に向けられる。

「分かりました。でも、あなたにもお礼が言いたいです」

「お前のお礼などいりません。その分しっかりと働きなさい」

「…はい」

 アンリの心底ホッとした様子に、神は優しく微笑んだ。

「お前は馬鹿で可愛い子ですね」

 その口調も、骨董屋の店主に良く似ていた。

 それがおかしくて、アンリは神に見られないように小さく笑った。

 僕って、案外幸せなのかも…。

 青紫の綺麗な瞳に、幸福の色が混ざり合い、より一層美しさが増して神の目に映った。

 


(おわり)

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