弱肉
軽自動車がやって来た。猫の額ほどの駐車場に停めてエンジンを切ったから、街灯も無いこの辺りは再び蒼白い闇が支配した。俺は近づいて中の人を呼んだ。
「おい!」
こんな所で呼び止められて、ビックリしているのだろう。
「あんたケータイ持ってないか!? 大変な事が起きたんだ! 警察に電話してくれ!」
車内に反応は無い。後部座席の方を見たが、狼が遠吠えしてそうな気味悪い満月の夜だし、ガラススモークが濃くて中は全く見えない。
とにかく、俺は窓を叩いてまた声を掛けた。
「聞いてるのか!? 大変なんだよ!」
関わりたくないのも無理はない。何故なら俺は全身に血を浴びていて、真っ暗闇でも更に黒く浮かび上がりそうなほどだ。
すると、急にドアが開いた。辺りが暗すぎて男か女かすら判らないが、中からは肉が緩み切ったような、なんだかぶよぶよとした奴が出てきた。
降りて来てくれた事は都合が良かった。
「なぁ、大変なんだ。ケータイを少し貸してくれないか?」
「……持っていない」
声からして男だろうか。しかし、ケータイを持っていないのは丁度いい。俺は心の中でニヤリと笑った。
「そうか、なら仕方ない。それじゃとりあえずこっちに来てくれないか、大変なんだよ」
俺が歩き出すと、男もついて来た。こいつは莫迦だ。俺ならのこのこついて来たりはしない。
森の中を二百メートル程歩くと俺は振り返った。右手にはナイフを隠し持っている。
「なぁアンタ、そこに死体があるのがわかるかい? 俺が殺したんだよそいつ。悪いがあんたもああなる運命だ」
そう言ってナイフを振りかざし襲い掛かった。
同時に両足が鋭い痛みに襲われた。硝煙の臭いで初めて俺は撃たれたと判った。
「ああ、傷ついちゃったよ。まさか襲ってくるなんて思ってなかった」
のんびりした声でそいつは言った。そして朦朧としている俺を車まで引き摺り、鞄でも投げるように俺を後部座席に押し込んだ。そこで俺は気絶した。
次に目が覚めると、薄暗い部屋の中、裸で手術台に寝転がっていた。
「やっと目が覚めたか。薬が効いてきた証拠だな、うん」
喚き散らそうと思ったが、声帯が潰されたらしくポコポコと液体が沸騰したような音しか出てこなかった。
「ほんとは絶叫も聞きたいんだけど、そうもいかないからね。でも、これからいっぱい鳴いてもらうよぉ」
そういってデブは、俺の真皮を剥ぎ始めた。
脳味噌がショートして意識を切断しようとするのだが、奴が打った薬のせいか失神すらできない。
今まで苦痛を与える側だった俺が、今じゃ与えられる側になっちまった。作業は順調に進んでるようだ。
一向に薄れない意識。激痛の狭間で聞こえて来るのは、デブの不快な笑い声と俺の皮を剥がす音だけだった。
2008/6




