01
青い空、ポコポコ浮かぶ積雲。球形のモービル。
逆光で透けるキラキラの髪。
「あなたの瞳は 夜明けの空のようね。私と一緒。でも同じではないわ」
喉に絡みつく指先。
「ごめんね」
ジェームズ・ジョンソンに母の記憶はあまり無い。
三歳のある日、朝起きると姿が見えなくなっていたからだ。
父に聞けば「あれの事は忘れなさい」とだけ返ってきた。
三歳にしては物わかりの良い子供であったので「そういうものか」と納得した。
彼の父は地球のラグランジュポイントに浮かぶ、通称『ステーション』の所長だった。
地球と外宇宙を飛び回る交易船の入出審査や貨物検査を行う施設だ。
父は業務に忙しく、ジェームズの事などほとんど放置状態だった。
彼の居場所は、もっぱら審査待ちの商人や交易船の運転手がたむろするカフェテリアだった。
上品な大会社の商人などは自船で待つので、そこを利用するのは大抵の場合ガラのあまり良くない連中であった。
それを相手にするカフェテリアの料理人や給仕も上品とは言い難かったが、一人ぽつんと座るジェームズに大層優しく、かつおおらかに接した。
恰幅の良い料理人の女性(彼の母親というよりは祖母くらいの年齢)は特にジェームズを可愛がり、何くれと世話をした。
彼女の手から渡されるトレーに乗せられた液状の栄養食は、彼の心にいつまでも残る事となった。
彼は成長するにつれ頭の良さを発露していった。
大人たちの興じるテーブルゲームに興味を示し、彼らの勝負を観察した。
時には彼らの誘いを受け勝負に参加することもあったが、戦歴は芳しくなかった。
その頃にはデータベースから情報を得る術を身につけていたので、ひとつひとつ学習していった。
大人たちから隠れてこっそり習得してはゲームに参戦し、掛け金を巻き上げる事に成功していった。
ある時、勝ち誇って大笑いしている所に父親が通りかかり、父親は頭を抱えた。
放置している間にもうすっかりローティーンになっていたのだ。
彼は小銭をせっせと稼いで、デザイナーズチャイルドをある女に産ませた。
将来、自分の仕事の補佐にしようとしたのだ。
それがジェームズだ。
女は彼の幼馴染みで頭の出来は普通だったが、見てくれが良かった。
豪華な金の髪に綺麗な青紫の目をしていた。
後にジェームズは勘違いしていたようだが、彼の髪と目は彼女譲りのものだった。
ともあれ父親は言葉巧みに彼女を妻にし、遺伝子操作して妊娠させた。
期待通りなかなか出来の良さそうな子供に満足したが、産んだ女の事はどうでも良かった。
気付いたらその女は姿を消していた。
いつから居なくなったのか解らないが、女の実家から何も言われないので「聞けば藪蛇」と知らぬふりをして仕事に忙殺された。
そしてまた気付けば、子供は大きくなりガラの悪い連中と賭け事に興じているではないか。
頭が良いはずだからと、カレッジ入学まで行きつけるよう家庭教師を雇い入れた。
案の定何事も覚えがよく、数年基礎からみっちり学習させて無事カレッジの経済学科へ放り込むことに成功した。
知識を取り入れる事に抵抗のなかったジェームズは、難なくカレッジで進級していった。
デザイナーズチャイルドだと父親から聞いていたので、この時も「そんなものか」と、納得した。
カレッジの連中はとてもお行儀が良かったのでしばらくの間は孤立していたが、ある時カフェテリアでその様子を不憫に思ったのか一人の生徒が声を掛けてきた。
「僕はミシェール・ギルランド。前に座ってもいいかな?」
手足の長い身体を存分に美しく見せるスタイリッシュなスーツを着込んだ優男、それがジェームズが抱いた印象だ。
「構わないが、⋯⋯何?」
「君の読んでいる本、何の本? ああ、君の名前を聞いていいかい?」
覗き込むように身を屈めた女顔、長いパープルグレーで天然の巻き毛。
名前も知らない奴に声をかけてくるなんて酔狂な男だとジェームズは思った。
「ジェームズ・ジョンソン。明日の朝に起きたらきっと忘れてる名前だよ」
「ふふ、そうかい? 逆に覚えやすくていいじゃないか。⋯⋯占星術の本? 占いやるの? 今時紙の本なんて重いし珍しい。図書館で借りたの?」
「占いはやらない、ここに来てから図書館の奥、左上から順番に読んでる」
授業に必要な本は真っ先に読んですべて覚えた。
ジェームズは一度読めば忘れない。
退屈しのぎに図書館の奥の左上から順番に読む事にした。
「すごいね。それにしてもこんな五月蝿いところでよく読めるね」
「ああ、俺は静かな場所が苦手なんだよ」
「君さ、凄く目立つんだよ。これだけ人が居ても何故か目が行く。ゴージャスなルックスのせいで」
人の事言えないくらいアンタも目立ってないか? と思ったが「そりゃどうも」と返す。
「僕の専攻はクラシカルアート。古典を学ぶと一周回って新しいんだ。それより、さ、君に話しかけたいと思ってたのは、僕だけじゃないんだよ」
「⋯⋯」
ジェームズは周りからの視線に気づかない訳ではなかった。
ステーションと違って、お上品な様子の紳士・淑女にいまひとつ馴染めなかった。
服装ひとつとってもそうだ。
ジェームズは首回りが閉まるような服が何故か苦手だった。
家庭教師にある程度所作や言葉遣いを教えられていたが、そうそう直るものではない。
しかもステーションに出入りするのは大人達で、同じ年頃の子供などいなかったのだ。
まず、会話についていけない。
仕方なしに喧騒の中、本を読んでいたのだ。
「あそこにいる女の子たちなんてずっと君の様子をうかがってたよ」
「ああ、知ってる。けど、女に興味ないし」
実際には性的に男女問わずまったく興味がなかった。
「え、そうなの? それなら恋愛抜きでひとまず皆と話してみるのはどう?」
「どっちでも。先に言っておくけど、俺は育ちが悪い。上品なのは向かないよ」
「オーケイ。⋯⋯ならこうするか」
言うやいなやミシェールは巻き毛を靡かせくるりと周りを見渡し、
「さあ! みんな! 王子の許可が下りたよ! 謁見したければ寄りたまえ!」
両手を広げて宣言した。
「は? 王子?」




