皆で一緒に
「悠介、行ってらっしゃい。」
「あぁ、行ってきます。」
浩介と生活を初めてから半年、だいぶ色々と慣れてきた。
浩介が夜泣く事も少なくなってきた、たまに泣いてるけど、それでも少なくなってきた事に変わりはない。
俺は俺で仕事が複雑になってきて、ちょっと忙しいって言うか、浩介に構いきれてない部分があるけど、そこは晴也先輩と悠治先輩、それに同じ学部になった同級生、宮本さんなんかが埋めてくれてる。
通勤もだいぶ慣れてきた、満員電車に揺られて、三十分位で済んでるのはまだ楽な方だろう。
ちょっと毎日履いてるから革靴の手入れが必要かな、スーツはまだまだいけるけど、なんて考えながら、出勤する。
「おはようございます。」
「お、坂入君おはよー。」
元教育係の高橋さんが、先に出勤してた。
この人、俺も早めに出勤する様にしてるけど、それより早く来てフロアの掃除とかをしてくれてるって話だ。
NPOの会長とかは、そこまでしなくても業者がやってくれるよ、って言ってるらしいんだけど、そこは高橋さんのこだわりらしい。
「今日も張り切っていこうか!そうだ、坂入君今日は終業後時間ある?ご飯いかない?」
「そうですね、浩介も今日はバイトで賄食べてくると思いますし、お誘いしていただいてありがとうございます。」
「何が食べたい?寿司とか好きかな?」
「基本的に発酵食品じゃ無ければ、なんでも食べますよ。」
高橋さんは、なら寿司にしよう、って言って、スマホをいじる。
多分、どっかの予約かなんかしてくれてるんだろうな、って思うと、有難い話だ。
「じゃ、今日は終わったらご飯!今日も一日頑張ろー!」
「はい。」
そろそろほかの先輩達も出社する、俺も準備をして始業時間を待つ。
ふと外を見ると、夏もだいぶ終わりに近くなってきたのか、外を歩く人達の洋服も衣替えの時期みたいだ。
「浩ちゃん、こっちお願いねぇ。」
「はーい!」
宮本の伴侶、奥さんは結局、入院と退院を繰り返していて、復帰出来ていなかった。
復帰したとしても、浩介を雇い続ける予定ではあったが、宮本は妻が心配なのか、毎日必ず病院に顔を出している、と言う話で、悠介も宮本の妻には会っていた。
快く受け入れてくれて、主人をお願い、と言われていた浩介は、今まで以上にバイトに精を出していた。
勿論、野球も続けている、晴也とバッテリーを組んで、一年だからとまだレギュラーにはなっていないが、中々筋が良い、と褒められていた。
「浩ちゃん、お酒ちょーだいな!」
「もう、ほどほどにしないと体に悪いですよ?」
「かみさんにばれない位にしておくからだいじょーぶだよ!」
「はい、どうぞ。」
常連の男性客のグラスにビールを注ぎながら、浩介は冗談交じりに談笑をする。
最初は動きがぎこちなく、ビールの注ぎ方も下手だったが、半年もすれば慣れてくると言うものらしい、浩介はまだ十八の為飲まないが、お酌と言うのも上手くなってきた。
常連にも顔を覚えてもらっていて、浩ちゃんの愛称で呼ばれていて、親しまれていた。
「やってるかしらー?」
「あ、晶子おばさんこんばんは!」
「浩ちゃん、こんばんは。席空いてるかしら?」
「はい、ここどうぞ!」
以前のお隣さん、晶子も、浩介がここで働いている事を知っていて、ちょくちょく顔を出していた。
浩介の事を心配していたが、今なら大丈夫だろう、とは思っていたが、晶子も義理深い性格なのだろう、その後も顔を出していて、交流を続けていた。
「生姜焼き定食と、日本酒いただこうかしら。」
「はーい!おじいちゃん!生姜焼き定食一丁!」
「はいよー。」
宮本の事をおじいちゃんと呼ぶ様になったのは、いつからだろうか。
三か月経った頃だろうか、悠介が宮本のおじいちゃん、と言う様になってから、浩介もおじいちゃんと呼ぶ様になって、子供や孫のいない宮本はそれを喜んでいた。
妻の事はおばあちゃんと呼んでいて、おばあちゃんのお見舞い、についていく事もままあった。
「もう、ホントに浩ちゃんも板についてきたわねぇ。あの頃が嘘みたいだわ?」
「そうですか?」
「えぇ。浩ちゃんは生きていくのに精一杯だと思っていたから、ここまで元気になってくれるとは思っていなかったの。きっと、悠介君が献身的だったのね。それに、周りの人にも恵まれたのね。」
「そうですね。本当に、周りの人達には助けられてばっかりですよ。」
晶子が保護した頃の浩介の憔悴具合は、本当に酷かった、と晶子は覚えていて、今の浩介の笑顔は奇跡だと思っていた。
事実、奇跡に近いだろう。
両親に捨てられ、生きる場所を失ってしまった浩介が、こんなにも笑顔を取り戻した、それは奇跡の産物と言っても、過言ではないだろう。
「浩ちゃん!こっちもー!」
「はーい!」
元気な子だった、元気に戻ってくれた、それが晶子は嬉しかった。
ずっとは面倒を見れない、と思っていたから、安心していた。
「坂入君、だいぶ仕事も慣れて来たねぇ。来年には大学受験するんだろう?応援してるよ。」
「ありがとうございます、高橋さん。大学って言っても、通信ですけどね。良い職場に出会えたおかげで、こうして夢を叶えられそうです。」
「うん、やっぱり君は良い子だ。会長がね、面接した時に、きっと良い子だよ、って言ってたんだ。あの人の見る目って言うのは、落ちてないんだねぇ。」
「あはは……。ありがとうございます、高橋さんの教育のおかげですよ。」
終業時間が終わって、高橋さんの行きつけって言う寿司屋に来た。
老舗の店らしくて、一見さんはお断り、って言う話だし、高いんだろうなとは思うけど、それに見合った美味しさのネタだ。
「高橋さん、そう言えば奥さんはお元気ですか?」
「そうだねぇ、里帰りしてからもうすぐ三か月経つけど、会いに行くと元気そうだよ。今妊娠八か月、もうそろそろ臨月だ。坂入君には紹介した事が無かったね、ほら、これが僕のかみさんだよ。」
スマホの待ち受け、奥さんの写真らしくて、パッと見せてくれたんだけど、中々に美人さんだ。
高橋さんがおっとりした雰囲気なんだけど、それとは対照的で、ハキハキしてそうな、そんな顔立ちの女性で、俺が所謂ノンケだったら、惚れてたかもな。
ノンケ、って言う言葉は最近知った、なんでも異性愛者の事を言うらしい、SNSを通じて色んな人と関わり始めたけど、その人達がノンケに惚れただ腫れただ言ってたから、なんの事なんだろう?って聞いたら、そうだって言ってた。
俺は根っからのゲイ、女性に惚れる事も無いんだろうけど、でも、素敵な人なんだろうなって言うのは、よくわかる。
「美人さんですね。」
「でしょー?気立てが良くて、僕には勿体ない位優しくてね。子供が生まれたら、何て名前をつけてあげようか、って悩んでる所なんだよ。」
「そうなんですか?子供って、俺には縁がないですから、そういう悩みって言うのも新鮮って言うか、逆か。普通はそういう悩みを持つものなんですもんね。」
「坂入君はゲイって言ってたもんねぇ。でも、恋人さんと仲は良いんだろう?なら、それで良いじゃないか。無理して僕達と一緒にする必要はない、君達なりの愛の育み方をすれば良いんだからね。」
マグロの握りを食べながら、高橋さんはっちょっと酔っぱらってきてるみたいだ。
多分、寂しいんだろうな、奥さんの事大好きだから、里帰り出産で少し離れてるのが、寂しいんだろう。
俺も他人の感情の機微に気づく様になってきた、半年間そういう仕事を手伝いとはいえしてきたんだから、わかる様にもなる。
「美味しいですね、ここ。回らない寿司って、初めて来ましたけど、美味しいです。」
「だろう?ここは会長が紹介してくれてね、一見さんお断りだって言う話だから、紹介してるんだよ。今度、恋人君を連れて来るのも良いかもしれないね。」
高橋さんはビールを飲みながら、寂しそうに笑ってる。
生まれてくる子供は楽しみだ、でも奥さんと離れ離れになってるのが寂しい、そんな顔をしてる。
「ただいまー。」
「あ、悠介お帰り。遅かったね?」
「会社の先輩が飯連れて行ってくれたんだけどな、酔っぱらっちゃったから送って来たんだよ。」
「そうなんだ、お疲れ様。」
夜十一時、浩介は独りで洗濯物を干していて、悠介が帰ってくる。
悠介から少しアルコールの匂いがする、と言うのは、介抱してきたからなのだろうな、と浩介は考える。
高橋があの後飲んで、べろべろに酔っぱらっていた為、家まで送ってきた悠介は、帰りが遅くなった、と言う所だ。
「お酒って美味しいのかなぁ。お店でも、皆さん美味しそうにビールとか日本酒とか飲んでたりするけど。」
「どうだろうな?俺も飲んだ事ないからな。あと一年ちょっとしたら、飲める様になるから、それまでの楽しみだな。」
「そうだね。」
浩介と悠介は誕生日が一日違いだ、十二月の十二日が浩介、十三日が悠介で、最初に聞いた時はお互い驚いていた。
運命めいたものを感じる、と言っていたが、それもそうだろう。
「そろそろ誕生日が近いのかぁ。十代最後って言われても、ピンとこないや。」
「晴也先輩が言ってたな、後ちょっとで酒が飲める様になるー、って。って言ってもあの人隠れて飲んでるだろ、多分。」
「お酒ちょっと詳しいもんね、晴也先輩。本当は駄目なんだろうけど、隠れてる分には駄目とも言えないしね。」
晴也は自宅でこっそり飲んでいる、それが悠介と浩介の共通認識だった。
晴也は自慢している訳ではないが、嘘が下手くそな為、ぽろっと酒の味に関する事を話しているのだ。
それを咎めるつもりはないが、未成年飲酒は親に迷惑がかかるからほどほどに、とは思っていた。
「そうだ、悠治先輩がさ、今度またご飯行かない?って。悠介、月曜日の夜空いてる?」
「ん?空いてるな。月曜の夜ね、了解。」
今日は金曜日、所謂華金と言う日で、皆飲みに出ていたりする、と言うの認識が悠介にはあった。
事実、浩介のバイトしている店にも、酒を飲みに来た客がいつもより多かった、明日が休みだからと、少し気を緩めているのだろう。
「だいぶ暑さも落ち着いてきたしさ、明日はデートでも行くか?」
「明日気温下がるって予報だったから、パーカーとか着た方が良いかもね。」
今年の夏は例年より暑く、残暑が十月まで残っていた、しかし、それもだいぶん和らいできた。
明日は北風が吹いて急に寒くなる、と言う予報を浩介は見ていて、パーカー類を洗濯しておいて良かったな、と考えていた。
「じゃ、風呂入ってくる。」
「はーい。」
悠介がスーツを脱いで、風呂に入る。
まだ入居して半年少しだが、そろそろ新しい家を借りるかな、と考えながら、悠介はシャワーを浴びる。
「ふー。やっぱり、ユニットバスって不便だな。湯船に入りたい時に入れないって言うのは、ちょっと嫌だな。」
「僕はだいぶ慣れて来たよ?」
「そうか?」
風呂上り、坊主頭だから髪の毛はすぐ乾く、ドライヤーも使わないし、必要もない。
少し寒くなって来たから、寝間着を長袖にして、風呂上りの牛乳を一杯飲んで、ため息。
「明日風呂でも入りに行くか。浩介がバイト入る前に帰ってきて、浩介がバイトから帰ってきたら風呂行くか。」
「うん、楽しみにしてる。」
今日はもう寝る時間、いつもの様に浩介に腕枕をしながら、うとうとする。
浩介は布団に入るとすぐに寝付いて、俺は少し寝付けない。
「……。」
これからもずっと、こうしていたい。
これからもずっと、こうして二人で、なんなら皆で、生きて生きたい。
「ふあぁ……。」
なんて事を考えてる間に、眠気が来る。
目を瞑って、眠りに落ちる。




