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お前、捨てられたんだってな。  作者: 悠介


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5/13

孤独

「それじゃ、行ってくるな。」

「うん、行ってらっしゃい。」

 二週間位時間が過ぎた、浩介はバイトが始まって、覚える事が多いやって楽しそうにしてる。

 後五日したら大学も始まる、部活も続けるって言ってたし、忙しくなるだろうな。

 俺は今日から出勤、四月一日、今日は初出勤の日だ。

 卒業式の次の日に買いに行ったスーツを着て、ちょっと苦しいけどネクタイを締めて、革靴を履いて家を出る。

「ふー……。」

 家から駅まで十分位、電車を三十分位乗って、そこから五分で職場につく。

 まだちょっと肌寒い中、緊張とかで少し暑い気がする、そんな事を思いながら、家を出た。

「はぁ……。」

 浩介が、夜になると暗くなると言うか、夜中に泣いてるのは変わらない。

 まだ、立ち直れてないんだろう、それは浩介自身が良く自覚してると思う、ただ、俺は傍にいる事しか出来ない。

 気の利いたセリフの一つでも言えれば良かったんだろうけど、生憎と俺は気が利かないって言うか、そういう類の話が苦手だ。

「電車、混んでるかな。」

 でも、今は切り替えていかないと。

 今日から仕事、社会人としてスタートを切る事になる、浩介の事は心配だけど、それはそれ、これはこれ。

 社会はそんな甘い事を許してはくれない、しっかりしないと、足元を掬われて転げ落ちる事になる。

 じいちゃんの言ってた事だ、周りの人間の半分は、自分の敵になり得るもんだ、だから、あと半分の人達を見つけて、強くなれ、って。

「……。」

 電車は混んでる、今日から社会人って言う子達もいるだろう、緊張してる顔がいくらか見える、俺もきっとそのうちの一人だろう。


「まもなく、上野ー、上野ー。」

「……。」

 目的地についた、降りなきゃ。

 上野で降りる人は多いだろうし、人の流れに乗っちゃえばなんとなくで降りられるだろうな。

「ふぅ……。」

 朝八時半、通勤の時間だって言うのはわかってるけど、結構最初は辛いな。

 人ごみを潜り抜けながら、目的地に向かっていく。


 ピンポーン

「はーい!」

「今日から就職させていただきました、坂入悠介です。」

「あ、はーい!」

 八時四十分、悠介は新しい職場に到着する。

 特定非営利法人、それが悠介の職場だ。

 主に青少年のお悩み相談のホットライン、場合によっては赴いて相談業務をしたり、電話で相談業務をしたり、と言う場所だ。

 何故悠介がそこを選んだのか、選ぶのであれば、大学の心理学科を卒業した後の方が、就職的には有利であり、幅も広がる中、そこを選んだ理由は、主に二つだ。

「よろしくお願いします。」

「はーい、皆ー!今日から一緒に仕事する、坂入君だよー!」

「おー、新入社員なんて数年ぶりじゃないですか?この子が噂の、ほー。」

 一つは、高卒で家を出たかったから。

 家族との折り合いが悪かった悠介は、大学進学を許されていなかった。

 奨学金を借りる、と言っても保証人もいない、親戚付き合いがあったわけでもない。

 もう一つは、悠介がいつか、そういった仕事がしてみたいと、高校生の頃に考えたからだ。

 単純な理由かもしれないが、それだけの理由で、この法人の求人を見つけ、面接を何とかして、入社するにあたった。

「俺は高橋、君の教育係になるから、よろしくね。」

「はい、よろしくお願いします、高橋さん。」

「じゃあ、まずは席を……。」

 先輩社員、高橋が悠介の教育係になる、と言う事を覚える。

 悠介は人の名前を覚えるのが少し苦手だ、こっそりとメモを用意して、高橋の容姿の特徴と名前をメモしている。

「ここが君のデスクね。ちょっと前まで使ってた人がいたんだけど、辞めちゃってね。まあ、綺麗に使ってくれてたから、問題はないかな?」

「はい、わかりました。」

 高橋に案内されたデスクは、少し使用感はあるものの、綺麗に使われていたのだろう、十年以上前の物とは思えない程綺麗だった。

 この法人が出来てから十年と言う説明は面接の時に受けていて、その時に買ったのであろう、とは予想がつく。

「さて、坂入君は高卒だったね。最初は電話がかかってきたら、各それぞれに繋いでもらって、それで名前を覚えようか。」

「はい。」

 まずは簡単な事から、覚えていかなければならない。

 バイトである程度の対人スキルは身に着けてきた、しかし、これから相手するのは、心に陰りを持っている相手だ。

 今まで以上に神経を使わなければいけない、今までよりずっと、心を使わないといけないだろう。

 悠介は、それを理解したうえで、ここにいる。


「悠介、今頃頑張ってるのかなぁ……。」

 昼頃、悠介が作り置きをしてくれていたチャーハンをレンジで温めながら、浩介は独り呟いた。

 今までは自分がバイトに行く以外の時間はずっと一緒にいた、しかし、これからはこういう時間も増えるだろう、独りで過ごす時間と言うのも、増えていくだろう。

「……。」

 寂しい、それは仕方のない感情なのだろう。

 独りっきりになる事が無かった、悠介がこの数週間気を利かせて、浩介を独りにしなかった。

 だから、寂しい。

「……。」

 駄目だ、これ以上考えてはいけない。

 浩介は、自身の思考の危うさに気づいた、それを止めようとした。

「……。」

 止まらない。

 なぜ自分は捨てられたのか、何故置いて行かれたのか、何故、何故、何故。

 悠介がいてくれたから、考えずに済んでいた事、無意識に封をしていた事。

 それらの封が開いてしまった。

「なんで……。」

 ぽたぽたと、涙が流れ落ちる。

 今は独り、涙を拭いてくれる人はいない。

「駄目だ……。」

 死のうとまでは思わない、それは悠介に対する暴力だと考えているから。

 しかし、辛いと思う事は止められない。

 あれだけ仲が良かった家族だったのに、あれだけ良くしてくれた両親と祖父だったのに、三人は浩介を置いて何処かに行ってしまった。

「なんで……?」

 何故、こんな思いをしなければならないのか。

 自問自答した所で、答えは出てはくれない。

 悲しい気持ちは消えてくれない、もしかしたら、生涯その感情は付きまとうのかもしれない。

 悠介がそれを知ったら、どう思うのだろう。

 怒るのだろうか、悲しむのだろうか。

 違う。

 きっと、悠介は受け入れるだろう。

 浩介の感情を、浩介の悲しみを、受け入れて一緒に歩いてくれるだろう。

 それがわかっていたとしても、悲しい事に変わりはない。

 それだけ、大きな存在を失ってしまった、それが浩介の感情だった。


「ただいまー、疲れたぁ……。」

「悠介……。お帰り、お仕事、どうだった?」

 夜の七時、また満員電車に揉まれて、くたくたになって帰って来ると、浩介は少し驚いたって言うか、びっくりした感じで出迎えてくれる。

「チャーハン、美味しかったか?」

「あ……。あのね、食べて、無いんだ……。」

 部屋の電気もつけてなかった、浩介はそんな中で何をしてたのか。

 容易に想像がつく、きっと悲しいんだ。

「お腹空いただろ。今、ご飯作るから。」

「えっと……、悠介……。」

「ん?」

「今は、こうしてたい……。」

 スーツを脱いで夕飯を、と思ってたんだけど、浩介が後ろから抱き着いてきて、すすり泣く声が聞こえてくる。

「……。」

 振り向いて、浩介の頭を撫でる。

 浩介が大丈夫だって思えるまで、前を向けるまで。

 ずっとずっと、ここにいよう。

 浩介の隣にいよう、浩介と共にあろう。

 愛しているから、誰よりも愛しているんだから。


「ごめんね、悠介……。」

「良いんだ。浩介が辛いのはわかってる、俺はそれを受け止めるって決めたんだ、いくらでも付き合うよ。さ、飯作るか。何がいい?」

「悠介のお料理はどれも美味しいから、なんでも。」

「じゃあ、ハンバーグにでもしようか。」

 暫くして、浩介が落ち着いて、俺はスーツを脱いで私服に着替えて、飯を作り始める。

 浩介は、安心したからかなのか、腹をグーグー鳴らして、恥ずかしそうに笑ってる。

「お米洗ってもらっても良いか?」

「うん。」

 浩介にちょっとした事を任せて、少し気が紛れればいいんだけど、と思いながら、冷蔵庫から肉と玉ねぎを出して、料理を始める。

 もう慣れたもんだ、家庭科の授業云々の前に、俺は自分で飯を作ってた人間だし、材料なんかも自分で選んでた。

 母親は最低限虐待にならない様に、って金だけ出してきたけど、高校に入って以来はそれも自分でまかなう様になった。

「何合炊けばいい?」

「三合でいいかな。明日の朝の分は、またあとでで良いだろ。」

「わかった。」

 浩介が米櫃から米を軽量してる横で、玉ねぎをみじん切りにしながら考える。

 これまでは、ずっと一緒にいられたって言うか、浩介が独りになる時間って言うのは無かったけど、そうか、これからは独りで過ごす時間も増えるのか。

 寂しい思いはさせたくないけど、でも仕事はしないと共倒れになっちゃうし、どうしたもんかなと。

「うーん……。」

「どうかした?」

「いや、何でもないよ。ちょっと考え事って言うか、なんていうかな。」

「そっか。」

 お米を炊飯ジャーにセットして、浩介は俺の作業を眺めてる。

 これから先、浩介も自炊をしなきゃいけない事があるかもしれない、その為の準備として、見ておきたいんだろう。

 ちょっと恥ずかしい様な気もするけど、まあ見られて困るもんでもない。


「それじゃ、いただきます。」

「いただきます。」

 夕食が出来上がり、浩介と悠介は食事をしていた。

 意図せず昼食を抜いていた浩介は、腹が減っているからか、かきこむ様にハンバーグを口に放り込み、白米をもぐもぐと食べている。

「お腹空いてたんだな、浩介。」

「ん?うん。」

「残ったチャーハンも食べるか?」

「うん。」

 昼にレンジで温めたままだったチャーハンも、勿体ないからと悠介が温め、食卓に出す。

「悠介ってさ、お料理上手だよね。中学生からずっと作ってたって言ってたけど、お母さんは作ってくれなかったの?」

「そうだな……。俺と母親って、壊滅的に好みが合わなくてな。小学生の頃はある程度合わせてくれてたんだけど、中学入ってから、それをしてくれなくなったんだ。なら、いっその事自分で作る、って言って作り始めたのがきっかけだな。高校入ってからは、自分の食費なんだから、って思って、自分で稼いでたな。」

「悠介、お弁当も自分で作ってたって言ってたもんね。夜ご飯はバイト先の賄が殆どだって。」

 悠介は、それも家族仲が悪くなった理由の一つだろうな、と考えてた。

 母親と味覚が合わない、家族と味の好みが合わない、すれ違って、亀裂が入った、と。

 小さな積み重ね、それが今の人間関係を作っている、それは良くも悪くも、と。

「なんだか寂しいね。でも、悠介のご飯美味しいから嬉しいや。」

「そうか?それは聞けて良かったな。」

 浩介は、美味しい美味しいと言いながら、ご飯をかきこんでいる。

 食べ盛りの十代だ、ご飯が三合で足りると良いが、と悠介はチャーハンに口をつけた。

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