俺はここにいる。
「ふあぁ……。」
「おはよう、浩介。」
「悠介、おはよー……。」
浩介は目を覚ますと、悠介はもう起きていて、朝食を用意していた。
昨日大量に食料を買ってきている、昨日の様にパンしかない、という事態にはならなそうだ。
「何か手伝う?」
「お風呂入っておいで。」
「うん。」
悠介に言われて、浩介は風呂に向かう。
浩介は気づいているのだろうか、昨晩の涙の跡が残っている事を。
だいぶん泣いたのだろう、涙の跡がうっすらと顔に残っている、それを悠介は見たくなかったのだろう。
手伝いではなく、風呂に入ってくる様に言った、さっぱりして少し落ち着いてくれたら、と言う心だ。
「あ……。」
浩介は寝間着を脱いで、ユニットバスに入って鏡を見て気づく。
「泣いてたのかな……。」
涙の跡、自分は左を向いて寝ている、だから左側にかけて、うっすらと。
「……。」
何故泣いていたのか、寝ている間の事だから、わからない。
けれど、悠介はその理由を知っている、と浩介は直感していた。
でなければ、風呂に入っておいで、とは言わないだろう。
「……。」
揺り起こされる、眠っている間の感情。
両親の事を夢に見ていた、それは仕方のない事なのかも知れない。
「ごめん……、ごめんね……。」
しかし、それは悠介に対する侮辱の様な気がしてしまう。
悠介が、こうして受け入れてくれて、生きる意味を与えてくれて、生きる場所を与えてくれて。
それなのに、自分は両親の事に執着している、と。
「ごめんね……。」
涙が、溢れてくる。
止めたい、悠介はきっと喜ばない、泣かなくたって良いと言うだろう。
けれど、涙が止まってくれない、ぽたぽたと、ぽたぽたと。
「浩介?」
「悠、介……。」
「悲しいよな、そりゃそうだ。……。浩介、泣く事は悪い事じゃない、泣いていいんだ。だから、今は思いっきり泣くんだ。」
「悠介……、ごめんね……、ごめんね……!」
何かを察したのか、悠介が入ってきて、裸になっていた浩介の頭を撫でる。
浩介は大きな声で泣きながら、ごめんねと繰り返す。
「謝る事なんて何もないよ、浩介。お前は悪くない、何も悪くない。だから、泣いていいんだ。……。浩介、俺はここにいる、ずっとここにいる。浩介の傍にいる、浩介の隣で、一緒に笑って、一緒に泣いて、いつか死んでお別れの日が来るまで、絶対に離したりしない。絶対に、離してたまるもんか。誰に何を言われたとしても、俺は浩介を離さない。」
「悠……、介……。」
悠介は、浩介が掛けてほしい言葉を言っている様に聞こえてしまうかもしれない、しかし、それは自分の本心であり、信念でもある、と浩介に声を掛け続ける。
浩介にとって耳障りのいい言葉を言っている訳ではない、自分の中の、浩介に対する想いを言っているんだ、と。
「ごめんね……、ごめんね……!」
「謝るな。」
「でも……!」
涙は止まってくれない、嬉しくもあり、寂しくもあり、悲しくもあり、喜ばしくもあり、そして何より、そう言ってくれる悠介の事を、恋人と言える事が、誇らしいと。
ただただ、それらが涙となって流れていく、浩介は、それ以外の方法を知らないかの様に、泣き続けた。
「もう平気か?」
「うん……。ありがとう、悠介。」
十分位浩介が泣き続けてたけど、何とかって感じで泣き止んだ。
でも、まだまだ涙の跡は残ってて、裸んぼでずっといるのも寒いだろうし、そろそろ一旦離さないと。
「さ、風呂浴びて飯食おう。今日から、バイト探すんだろ?」
「うん……。悠介、本当にありがとう。」
「良いんだ、俺がそうしたいってだけなんだから。」
それだけ伝えて、浩介に風呂に入る様に促す。
浩介は、どっかホッとした様な顔を見せて、風呂に入っていった。
「えーっと、ここは……。」
「ちょっと遠いんじゃないか?こっちはどうだ?」
昼過ぎ、浩介のバイト探しを手伝いながら、チョコを食べる。
浩介は今までバイトとかはした事が無い、初めての経験だから、どういうバイト先が良いのかとか、どういうバイトがあるのかとか、そういうのもわからないんだろう。
「ここは?」
「良いんじゃないか?個人経営って事は、潰れた時は大変だけどな。」
「わかった、じゃあここに連絡してみるね。」
バイト先の目途を立てて、浩介は連絡を入れる。
個人経営の飲食店だから、電話番号が書いてあって、そこに電話をして面接の予定を立てる。
「はい、はい、よろしくお願いします。はい、今度の四月から大学生になります。」
「……。」
バイトの面接、って言うのも懐かしい、ちょっと前までは俺はバイト三昧の日々を送ってた、高校一年の時に何件も連絡した覚えがある。
それを、今浩介は初めて経験してるんだろうな、って思いながら、コーヒーを啜る。
「明後日面接来て欲しいって、優しそうなおじいちゃんの声だったよ。」
「そっか。上手くいくと良いな。」
「うん。」
コーヒーとチョコで、ちょっと一息。
浩介は部活柄甘いものはあんまり食べてこなかったって言ってたけど、結構甘党なのは知ってて、バレンタインなんかはこっそりチョコを渡してて。
部活が終わって、枷が外れたんだろうな、ポイポイとチョコを食べながら、甘めのミルクコーヒーを飲んでる。
「なんだか、こうしてるのが嘘って言うか、夢みたいって言うか……。なんだろう、こう出来ると思ってなかったから、嬉しいなぁ。」
「ん?」
「半年前、悠介とお別れしたでしょ?その時、もう僕は駄目なんだって思ったんだ。悠介と一緒の道を歩けない、ずっとお別れしたままで生きていくんだって。でも、違ったんだよね。僕……、僕、勘違いしてた。悠介は、そんなこと言う人じゃないって、皆に伝えたかったのに、僕が勘違いしてたんじゃ、駄目だよね。」
「……。仕方ない事だよ。俺はあんまり口が上手い方じゃないし、別れ方も一方的だったんだから。」
別れた日の事を思い出す。
「なぁ、浩介。俺達、一回別れようか。」
「え?なんで……?」
「俺は就職、浩介は大学進学。違う道を進むだろう?だから、一旦お別れして、また道が重なったら、付き合いたいと思ってるんだ。」
「でも……。」
でも、の後は浩介は言わなかった。
ショックだったんだろう、ずっと一緒に入れると思ったって言ってたし、それなりにショックだったんだろう。
俺は俺で、これから先の事が不安だったり、浩介にも新しい恋人でも出来たらな、って思ってたから、それ以上を言うつもりになれなくて。
言葉足らずもいい所だ、あれで勘違いしない方が難しい。
「俺はさ、浩介に新しい恋をして欲しかったんだ。大学に進学して、一緒に学ぶ学友と恋に発展して、新しい恋愛をして。それで、大人になってから、もしもまだ俺と付き合いたいって言ってくれたら、もう一回告白しようと思ってたんだ。だから、ごめん。そんな事、浩介が考えるなんて思っちゃったんだ。捨てられるのが怖くて、浩介から離れたいって言われるのが怖くてさ。それならいっそ、自分から切り出した方が良いと思ったんだ。」
「……。悠介ってさ、自分を大事に出来ない人だよね。いっつもそうだった、誰かの為にって、ちょっと不器用で、勘違いされちゃって。僕、悠介が優しいの知ってたから、勘違いされたままだったのが嫌だったんだ。ずっと傍で見てきて、悠介の魅力はいっぱいあるのにって。きっと、半年前もそうだったんだよ。僕に悪いからって、自分が悪役になって別れようとしたんだ、って思った。でも、僕は悠介が好きなんだ、誰よりも、いつまでも。だから、こうして今一緒に居られて、嬉しいよ。」
「俺もだ。誰よりも、いつまでも、俺は浩介が好きだ。誰に何を言われたとしても、誰が浩介を見捨てたとしても、誰が浩介を嫌ったりしても。それでも、俺は最期まで浩介を愛し続けるよ。」
「うん、僕も。」
手を繋いで、温もりを感じる。
この温もりが一生続けばいいのに、この心が一生変わらずに、一生ずっと一緒にいられたら良いのに、って思う。




