浅草にて
「浩介、今日どこ行く?」
「どこが良いかな、うーん……。悠介のお仕事って、上野でしょ?そのあたりで良い所とか、ある?」
「動物園か、浅草まで行くか、公園でも回るか、だな。」
「浅草って、行った事無いから、行ってみたい!」
「じゃあ向こうの方行くか。」
朝起きて、十時位までまったりして、お揃いのパーカーを着て出かける。
今日は車は使わない、東京に出るなら電車の方が楽だし、早いし、安全だし。
車の運転も慣れてきて、高速乗ってどっかに遊びに行くのも良いかな、なんて思ったけど、もうちょっと練習してからかな。
「電車混んでるかな。」
「土曜日だし、そんなでもないだろ。平日朝のラッシュに比べれば、楽だろうな。」
手を繋いで歩きながら、そろそろ冬支度をしなきゃなって考える。
パーカー類は浩介が一気に洗濯してくれてたみたいだから大丈夫だけど、ジャケットとかは一回クリーニングに出さないと、洗濯は出来ないし、よれちゃうし、明日行くかな。
「そうだ浩介、誕生日何欲しい?そろそろ考えとかないと、あっという間だぞ?」
「え?うーん……。特に欲しいものも無いかなぁ。だって、こうしていられるだけで良いんだもん。」
「そうか?」
「そういう悠介は、何か欲しいもの無いの?」
そう返されると、確かに欲しいものが見当たらない、思いつかない。
こうしていられるだけで良い、こうして一緒にいられるだけで幸せなんだから、それ以上を望む理由も無いな、って。
「そう言われると、確かに思いつかないな。うーむ、どうしたもんか。」
「一緒にいられるだけで十分だよ、悠介。僕は、隣に悠介がいてくれれば、それで良いんだ。」
電車に乗って、車窓から景色を眺めながら、浩介は笑ってる。
確かにそうだ、一緒にいられるだけで十分だ、これ以上の幸せはない。
高橋さんが子供を持つ事を喜んでるみたいに、宮本のおじいちゃんが俺達を孫って言ってくれてるみたいに、普通の幸せでないのかもしれないけど、それでも、俺達はこれで良いって思える。
「混んでるな。」
「外国人さんが多いんだね。」
上野で電車を降りて、浅草は浅草寺に着いた。
雷門の前で二人で写真を撮って、中に入ると、海外の方が多い印象を受ける、それだけ観光地として有名なのは知ってたけど、初めて来たから圧倒される。
「あ、揚げまんじゅうだって。」
「人形焼きもあるな。」
「買っていこうよ!」
揚げまんじゅうと人形焼きを買って、一緒に食べながら、浅草寺の本堂に向かう。
「美味しいね。」
「揚げてるまんじゅうって、不思議な感じだな。」
揚げまんじゅうを頬張って、人形焼きを食べてると、ちょっと口の中の水分が持っていかれる、買っておいたペットボトルのお茶で口を潤して、お清めの水の場所に向かう。
「えっと、右手からだっけ?」
「左手からじゃなかったか?」
清め水のルールなんて、暫く神社とかに行ってないもんだから、忘れちゃってる。
「あ、書いてあったよ。左手で右手、口で左手、最後に柄だって。」
「ほうほう。」
ガイドに従って、まずは左手を水で濡らして、次に右手を清めて、左手に水を貯めて口を洗って、左手をもう一回洗って、最後に柄を洗って戻す。
「じゃ、行こうか。」
「うん。」
小銭を出して、本堂にお参りする。
そう言えば、何かを願う時は何かを捨てなきゃいけないんだっけ。
願い事、って言われても思いつかないから、普段の無事を感謝するだけで終わらせたけど、浩介は何かお願いしてるみたいだった。
暫く黙って両手を合わせて下を向いて、目を瞑って。
「うん、お待たせ。」
「何かお願いしたのか?」
「内緒だよ、こういうのは話しちゃうと叶わなくなる、って言うでしょ?」
「それもそっか。」
本堂でお参りを済ませて、お守りの販売所に向かう。
一口にお守り、って言っても色々あって、どれを買うかなって、ちょっと悩む。
「心願成就のお守り一つ下さい!」
「はい、千円の奉納になります。」
「はい、お願いします。」
悩んでるうちに、浩介は心願成就のお守りを選んだみたいだ。
俺はどうしようかな、来年から大学に通うし、学業守にしとこうかな。
「すみません、学業守一つ下さい。」
「はい、五百円の奉納になります。」
「はい。」
お守りを買って、浩介と合流する。
「浩介は心願成就にしたんだな、何かお願い事でもあるのか?」
「うん、ちょっとね。悠介は?」
「来年から大学行くからさ、学業のにしたよ。」
「そっか、もうあと半年で悠介も大学行くんだっけ。」
本通りを避けて、横道から歩いて浅草寺を抜ける。
「そう言えば、悠介ってタバコ吸いたいって言ってたよね。なんでなんだろう、ってあの頃思ったけど、なんでなの?」
「ん?そんな事言ったっけか。」
「うん、二年生の頃だったかな。タバコ吸うのに憧れがあるんだ、って言ってたよ。」
浅草寺の中には喫煙所があって、そこの横を通って行く時に、浩介が思い出したって顔して、聞いてくる。
俺は、話した事自体を忘れてたけど、そう言えば話した事があったっけ。
「じいちゃんが吸ってたんだよ。煙の匂いって、なんだかじいちゃんを思い出すみたいでさ。それで、吸いたいなって思ったんだ。」
「そうだったんだ。でも、未成年で吸い始めるってならなくて良かったよ。悪い事しちゃいけないからね。」
「そうだな。あと一年ちょい我慢だな。」
タバコの匂いって言うのは懐かしい、昔じいちゃんが吸ってたのは、ゴールデンバットって言う旧三級品って言われるタバコだった。
今では販売されてない、生産終了したのが一昨年だったかな、ちょっとショックだったけど、でもタバコを吸ってみたいって言う気持ちは変わらなくて、二十歳になったら手を出してみようと思ってる。
「ご飯どこ行く?お店いっぱいあるから、悩むね。」
「ん?そうだな。取り合えず浅草メンチは外せないな、名物らしいし。」
「どっちかな?」
「えっとな、向こうだ。」
浅草メンチを食べに、店をマップで調べて向かう。
人だかりが出来てて、そこに浅草メンチって言う老舗の看板があった。
「ならぼっか。」
「そうだな。」
ちょっと待ち時間が出来て、浩介は何をお願いしたのかな、なんて考える。
心願成就のお守りを買ってたって事は、何か叶えたい願いがあるのかな、とは思うけど、それが何かがわからない。
プロになりたい、って話なら、まだちょっと先の話だし、バイトなんかもうまく行ってるって話だから、それ以上を望むとも思えない。
浩介は無欲って言うか、あんまり欲を出すタイプでもないから、尚更珍しい。
「進んでるよ、悠介。」
「ん?あぁ。」
考えた所で答えは出ない、それ以上を考えた所で、仕方がないのかもしれない。
「二つ下さい。」
「はい、七百円です。」
「はい、ありがとうございます。」
そんな事を考えてる間に、浩介が浅草メンチを買って、売り場を離れてから渡される。
「払ったのに、良いのか?」
「たまにはね、悠介にお返ししないと罰が
当たっちゃうよ。」
「そっか。」
浩介の想いを尊重して、ここは払ってもらう。
浅草メンチはちょっと塩味が強くて、ソースが無くても美味しく食べられる味だった。
「美味しいな。」
「うん、美味しい。」
歩きながら、色々と眺めながら、メンチを食べて、話をして。
何気ない日常の一ページ、それを忘れないんだろうな、って感じる。
「ちょっと疲れたなぁ……。」
「悠介、運動不足なんじゃない?ジムでも通ってみたら?」
少し時間が経ち、浅草で有名と言う蕎麦屋に来ていた浩介と悠介。
昼時を少し過ぎていたが、人気店なのだろう、店内は混んでいて、がやがやと色々な言語が聞こえてくる。
「ジムなぁ。通うって言っても、時間がなぁ。」
「あー、そっか。じゃあ、朝と夜ちょっとウォーキングしようよ。一緒に歩くからさ。」
「それが良いかもな。」
注文した蕎麦を待ちながら、二人はあーでもないこーでもないと話している。
悠介の運動不足、それは学生時代からそうだったのだが、学生時代はまだバイトで動き回っていたのが、今ではデスクワークだ。
それが祟って、悠介の体力が落ちているのだろう、と浩介は予想を立てていた。
事実、それは間違っていないだろう、体力が無いとは昔から言っていたが、悠介はバイトで立ち仕事が主で、ここまで体力が落ちている訳では無かった。
「少し痩せないとかなぁとは思うんだよ。ほら、悠治先輩に会う度に言われるだろ?もうちょっと痩せれば良いのにって。」
「気にしてるの?」
「ちょっとだけな。」
浩介は、珍しい事もあるのだな、と感じていた。
悠介は基本我が強く、良くも悪くも他人の意見に耳を傾けない、それが良い方向に行く事があれば、悪い結果になる事もあった。
働き出してから、少しずつ変わろうとしているんだな、と言う印象だ。
「お待たせしました、せいろになります。」
「はい、ありがとうございます。浩介、食べようか。」
「うん、食べよう。」
そんな話をしているうちに、蕎麦が配膳される。
一旦話はお終い、食べる時間だ。
「写真撮らなくて良いの?」
「あ、そうか、忘れてた。浅草メンチの写真、撮るの忘れてたな……。」
「僕写真撮ってあるけど、後で送ろうか?」
「ありがとな。」
今日浅草に来る事は、SNSに掲載していた、それを見ていた人達から、何か食べたら写真を掲載してくれと言われていた事を、悠介は今の今まで忘れていた様だ。
蕎麦の写真を撮ると、パパっとSNSに投稿し、蕎麦を口に運ぶ。
「美味いな。」
「美味しいね、結構老舗って書いてあったけど、理由がわかるね。」
満足そうな顔をしている浩介、こういう時は本心からそう思っている、それが悠介の認識だった。
浩介は良くも悪くも嘘をつけない、どうしても顔に出てしまう、それがネックだと自分でも言っていて、悠介的には浩介の個性だと思っているのだが、と言う話だ。
そんな浩介が満足そうな顔をしている、ならば間違いはないだろう、と悠介は安心していた。
「疲れたぁ。」
「お疲れ様、悠介。」
帰ってきて、寝間着に着替えてだらだらする。
一日歩きっぱなしで、足が棒になったみたいだ、なんて思いながら、これは本格的に運動をしないとまずいな、とか考える。
浩介が言ってくれたウォーキングと、後は何かちょっとした方が良いのかな、運動に通勤で一駅前で降りてなんて話はよく聞くけど、それをやってみようかな。
「悠治先輩にメニュー組んでもらう?でも、悠治先輩に任せてたら、悠介ムキムキになっちゃいそうだね。」
「ムキムキな俺って、想像出来ないな。浩介、想像出来るか?」
「うーん……。悠介ってずっとぽっちゃりしてたから、わかんないや。」
そう言いながら、浩介は俺の腹を揉んでくる。
くすぐったさがありつつ、やっぱりこの感覚は暖かい、なんて思う。
「さ、浩介そろそろバイトの時間じゃないか?行っておいで、帰ってきたら風呂に行こうか。」
「あ、もうそんな時間?」
「五時回ってるよ。」
浩介はもうちょっとこうしてたい、って言いながら、でもバイトに遅刻する訳には行かないし、と準備をして、風の様に家を出た。
「まったく……。」
だいぶ浩介のメンタルも落ち着いてきた、もう大丈夫かな、なんて。
そんな事を考えながら、でももうちょっとだけ、様子を見ないとな、って考え直して、浩介が帰ってくるまではゴロゴロする。
「浩ちゃん、今日はいつもよりもっと元気だねぇ。」
「浅草にデートしてきたんですよ、これ、お土産です、おじいちゃん。」
「あらあら、人形焼きかい?これ美味しいんだよねぇ。良し、今日のお客さん達に振舞って、後はかみさんにでも上げようかな。」
「おじいちゃんも一個位食べて下さいよ!」
三角巾と前掛けをして、浩介は準備万端だ。
店の外に出て、商い中の看板を出して、暖簾を掛けて、営業開始だ。
「今日もお疲れ様だねぇ。人形焼き、喜んでもらえて良かったね。」
「はい!いっぱい買ってきて良かったです。おばあちゃんにも持って行って上げてください。」
「浩ちゃんは良い子だねぇ。おじいちゃん、嬉しいよ。」
あっという間に営業時間が過ぎ、夜十時半。
浩介は、今日は賄はいらない、悠介と予定があるから、と伝えていて、足早に店を出た。
「良かったぁ……。」
バイト先で、ちゃんと受け入れられている、ちゃんと出来ている、と言う自信がなかった浩介は、最近よくこの言葉を漏らしていた。
今日もちゃんと出来た、お客さん達にも受け入れて貰えた、と言うのが、浩介の中では嬉しいのだろう。
「ふー……。」
十月半ば、だいぶ残暑も落ち着いて、夜は冷える様になってきた。
パーカーを着てきて良かった、と浩介はため息を着きながら、帰路に就く。
「ただいまー。」
「お帰り、浩介。今日のバイトどうだった?」
「人形焼き、皆喜んでくれたよ。」
「そっか、良かったな。」
浩介が帰ってきて、すぐに銭湯に出かけられる様にって準備をしておいた。
まずは銭湯の食事処で飯を食べて、ゆっくり風呂に浸かろう、って言う算段だ。
「んじゃ、行くか。」
「うん。」
車を出して、近所のスーパー銭湯に向かう。
浩介は、今日のバイトでは何があったか、どんなお客さんが来て、何を話したか、なんて事を話してくれる。
俺はそれを聞きながら、浩介もちゃんと周りとの関係を構築出来ているんだな、って安心する。
そもそも浩介は社交的だ、そんな心配をする必要は無かったのかもしれないけど、新しい環境って言うのは、良くも悪くも人間を変える。
俺がある程度の社交性を身に着けて、人と話せる様になった様に、逆に離せなくなる環境に行ってしまったら、って言う話だ。
高橋さんが言ってた、法人に電話をしてくる子の中には、環境の変化についていけなくて、って言う子もいるんだって。
「ふー。」
「だいぶ寒くなって来たから、お風呂が有難いね。」
「そうだな、家の湯船に入れれば、一番なんだけどな。」
銭湯の食事処で飯を食べて、それからゆっくりと湯に入る。
露天風呂はあんまり人はいなくて、話をするのには丁度良いって言うか、話しやすい感じだ。
「そうだ浩介、大学の勉強ってどんな感じだ?ほら、俺も来年から入ろうと思ってるからさ、どんな感じか知りたいんだ。」
「うーん、一個の授業が九十分って事以外は、大体変わらないよ?最初は一限が九十分って長く感じたけど、慣れるよ。」
「そっか、高校は一限五十分だもんな。倍位になるのか、ちょっと大変そうだな。」
「でもさ、悠介って通信制の所行くんでしょ?なら、通学よりも自宅での勉強の方が多くなるんじゃない?家で勉強って僕はあんまり集中出来ないけど、そうは言ってられないんだもんね。」
そうか、通信制はスクーリングはたまになのか。
でも、家で勉強って言うのは楽で良い、とは思う、学校に行って仕事に行って、だと時間どどれだけあても足りないし、家帰ってきてから勉強して、は高校時代にもしてたから、多分そっちの方が俺のやり方には合ってる。
「あ!浩介に悠介じゃねぇか!」
「ん?あ、晴也先輩と悠治先輩。奇遇ですね、どうも二か月ぶりです。」
「お二人もここに来るんですか?」
「そうだよ?月一位で来るんだ、ご一緒良いかな?」
そんな話をしてると、声を掛けられるもんだからそっちを見たら、晴也先輩と悠治先輩の姿が。
やっぱり悠治先輩はゴリマッチョって言うか、ゴリゴリに鍛えてあって、身長の割に多分体重は重たいんじゃいかな、って思う。
晴也先輩も、中々に筋肉質だけど、それを言ったら浩介だって筋肉質なんだけど、悠治先輩は別格って言うか、文字通り別物だ。
「悠介と会うの二か月ぶりか!いやぁ、時間が経つのははえぇな。」
「そうですね。中々会いに行けなくて、すみません。」
「良いんだよー?晴也君は寂しがってるけど、悠介君はお仕事が忙しいんだろう?無茶しちゃいけない、体を壊しちゃったら全部が駄目になっちゃうからね。にしても悠介君、ぽっちゃりしてるんだねぇ。服着てる時も思ったけど、やっぱりちょっと痩せた方が良いんじゃないかい?」
悠治先輩は、心配してくれてるんだろうけど、会う度に痩せなきゃねって言ってくる。
俺もちょっとダイエットしなきゃなとは思ってるけど、悠治先輩について行ったらムキムキになるまで辞めさせてくれなさそう、とは思ってた。
「あはは……。悠治先輩はホントに筋肉凄いですね。ウェイトリフティング系のスポーツやってるって言っても、通用しそうですよ?」
「そうかな?僕はまだまだだと思うんだけどね。もっと筋肉つけて、ってやっていきたいんだ。」
「そうなんですか?でも悠治先輩、将来は学校の先生目指してるって言ってませんでしたっけ?確か、国語科のって。」
「うん、将来的にはね。でも、筋トレを止めるつもりもないんだよ、浩介君。生徒に何かあった時、担いで運べる位担っておきたいんだ、その方が頼りがいがありそうだろう?」
「悠治はさ、昔体型の事からかわれたのが嫌だったんだとよ。だから、今こうして鍛えてるってわけだ。俺もよ、そろそろ良いんじゃねぇの?って言ってるんだけどよ、本人がはまってんじゃなんも言えねぇよな。」
コンプレックスだった、とは聞いていたけど、コンプレックスが転じて趣味になって、ここまで立派に鍛えるって言うのは、ホントに適性があったからなんだろうな。
それ位悠治先輩の筋肉量は多くて、多分俺でも持ち上げられる位には鍛えてるんじゃないかな。
「悠介君にレクチャーしようか?ある程度痩せる所まで、でも良いよ?」
「そうですね……。うーん、でも俺、今の体型結構気に入ってるので、ダイエットはちょっとだけにしようと思ってるんです。健康に影響が出ない程度、って。浩介も気に入ってくれてますしね。」
「浩介は相変わらず腹揉んでんのか?」
「はい、悠介のお腹大好きですから。」
そう言えば、晴也先輩が教室に遊びに来た時に、浩介が俺の腹を揉んでる事があったっけ。
あの頃はまだ晴也先輩がバチバチって言うか、敵対心が残ってた頃だったから、あの頃から俺太る!って宣言して飯食べる量とか無理して増やそうとしてた、って話は風の噂で聞いた事がある。
浩介がそれを止めて、結局未遂に終わったんだけど、もし止まらなかったら、無駄に太って体壊してたんじゃないか、って。
「確かに、悠介君のお腹はもちもちしてて心地良さそうだね……。触ってみても良い?」
「え?良いですよ?」
「ではちょっとだけ。」
悠治先輩がそう言って、俺の方に来て腹を揉む。
うーんって唸りながら揉んで、ちょっとだけして離して、またうーんって唸ってる。
「悠治?どかしたんか?」
「いや、懐かしいなって思ってね。昔、体型の事で虐められてたんだけどね?一人だけ、僕のお腹を揉むのが気持ちいいんだ!って言ってくれる子がいたんだ。女の子だったから、僕は恋愛対象としては見れなかったけど……。でも、嬉しかったよ。僕は駄目な子なんだ、ってずっと思ってたから、それを良いって言ってくる子もいるんだ、ってね。」
「悠治先輩、のほほんとしてるって言うか、穏やかですからね。そういう人の方が、虐められやすいとは思いますよ。俺なんかは気がたってたって言うか、近寄りがたいって言われるタイプでしたけど。」
「そうなのかい?悠介君、とても良い子だと思うんだけど、そんな時期があったのかい?」
そう言えば、悠治先輩には話した事が無かったっけ。
若干湯にのぼせながら、俺はちょっとした昔話をする。
小学生時代、変わり者って言われて周りから引かれてて、友達もいなくて、それで浩介が手を差し伸べてくれて、それから好きになって、付き合って。
なんて話をして、悠治先輩はうんうんって聞いてる。
「そういやそんな話もあったな。俺が悠介の事知った頃はよ、もう今の感じだったからさ、よくわかんねぇって思ったんだ。でも、昔と今が違うってのは、悠治も似てんな。」
「そうだね。悠介君が人付き合いが苦手だったって言うのは意外だけど、人間って変わるものだからね。じゃあ、浩介君と悠介君はお互い恩人同士って事なんだ。なんだか甘酸っぱいね、晴也君。晴也君が勝てなかった理由、ちょっとわかるよ。勿論、晴也君も素敵で可愛いんだけどね?でも、高校に入った頃には、もう二人の関係性は強固になってたんだろうね。」
「それでも一回別れたんですけどね。」
「それは、悠介君が浩介君の事を想って、だろう?それは別れたうちに入らないよ、だって、ずっと二人揃って想いあってたんだろう?」
流石は教師を目指してるだけあるのか、そもそもの性格がそうなのか、悠治先輩は諭す様に話をしてくれる。
俺の後悔、浩介と別れた事を、そういう風に言ってくれるのは、ちょっと嬉しい。
「そろそろあがろっか。悠介顔真っ赤だよ?」
「そうだな、そろそろのぼせてきた。それじゃ、晴也先輩、悠治先輩、帰りは送っていきますんで、先に出て待ってますね。」
「良いのか?」
「はい、それ位はお返ししとかないと、罰が当たっちゃいますから。」
「ありがとう、悠介君。」
先に上がって、アイスでも食べようか、なんて話をしながら、俺と浩介は風呂を上がる。
脱衣所で体を拭いて、服を着て、コーヒー牛乳を買って、一気飲みしてロビーに行く。
「ふー。」
「熱かった?」
「ちょっとのぼせたな。晴也先輩達が戻ってくるまでには、冷めるだろ。」
「アイス、何味にする?」
ソフトクリームを食事処で買って、俺はチョコレートとミルクのミックス、浩介はミルク味だ。
それを食べながら、そう言えば悠治先輩は虐めを受けてた、って話を思い出して、そこからあの明るさと言うか、あの穏やかさを手に入れるまでには、結構辛い道のりがあったんだろうな、って察する。
元々穏やかではあったんだろう、だからこそ虐めに合ってたんだろうけど、でもそれは悲しい。
「悠介、どうかした?」
「ううん、何でもないよ。」
一歩間違えたら、俺も同じだったかもしれない。
距離を置かれてただけだった俺は、虐めの辛さは知らない、そう言う事をされる前の段階にいたから、わからない。
でも、辛いとは思う。
距離を置かれて遠巻きにされるだけで、辛かったんだから。




